60 折衷案
「いいですか、鎧戸君。敵は10メートルを超える巨大なモンスターなんですよ? こんな貧弱な筋肉では一瞬で喰われます!」
「ヴィジュアルはステータスに直接関係しないはずだよね!?」
「気持ちの問題です!」
言いながらも、高名瀬さんは慣れた手つきで新たなキャラクターをビルドしていく。
どこにどんなパーツがあるのかを完全に把握しているように、迷いなく指を動かし続け、物の四十秒で新たなキャラクターが誕生した。
「このようなキャラクターでいかがでしょうか?」
そこに表示されていたのは、色違いの魔王デスゲートだった。
「じゃ、リテイクで」
「ヒドイです!?」
有無を言わさずキャラクターをリセットする。
ヒドイ?
これで貸し借りはチャラだよ。
「いいかな、高名瀬さん。君が、先日行われたモンバス世界大会の覇者、魔王デスゲートであるということを隠すための作戦なんだよ、これは? なのに、君自らが魔王に寄せに行ってどうするの? むしろ、最初に僕が提示したような、魔王とは真逆のキャラクターを使っていると思い込ませることこそが、君の正体を隠すことにつながるんだよ!」
「それは……そのとおり、なのですが……」
なんでそんな不服そうな顔してるのかな?
そんなに筋肉キャラにしたいの?
どうしても!?
「ミズ・タカナセ! リピート、アフター、ミー!」
「へっ、い、イエス!」
「ノー筋肉! ノーライフ!」
「鎧戸君、それだと、筋肉至上主義になっていますよ」
あれ、そうだっけ?
筋肉がなけりゃ人生じゃない――って意味になるんだって、高名瀬さんが若干優しい口調で教えてくれた。
……憐れまれた?
「とりあえず、魔王とはイメージがダブらないキャラにしとこうよ」
「では、折衷案として、ムキムキの女性キャラではどうでしょうか?」
「どんだけ好きなの、筋肉!?」
高名瀬さんの理想の男性ってマッチョなのかな?
あ、そうか、魔王なのか。
「分かった。高名瀬さんがそこまで言うなら、マッチョは譲りましょう」
別に、僕がずっとそのキャラを使ってプレイするわけではない。
次の日曜日、一回だけ御岳連国君とプレイする時に使用するだけのキャラだ。
ムキムキで妥協しましょう。
「ただし、魔王のイメージからかけ離れるように、語尾には『にゃん☆』をつけるように!」
「なんでですか!? 嫌ですよ、そんなの!」
「『嫌です』じゃない! 『嫌にゃん☆』だよ! はい、リピート、アフター、ミー、『嫌にゃん☆』」
「い、いやにゃん……」
「スパシーボ! ミズ・タカナセ!」
「スパシーボは英語じゃありません!」
ちょっと赤く染まった頬で抗議してくる高名瀬さん。
ゲーム内ではチャット機能を使ってプレーヤー間で会話が出来るらしい。
プレイ中、ずっと高名瀬さんが語尾に『にゃん☆』をつけていてくれると、個人的には物凄く嬉しい!
「……分かりました。鎧戸君の初期案で構いませんので、語尾は普通にします」
言うが早いか、先程無慈悲にもリセットされ、完全にこの世から消え去ったと思われたネコ耳ロリ巨乳白魔道士が画面上に復活していた。
え、一回作ったキャラメイクは記録されるの?
あ、そうなんだ。
便利だね~。
……そんなに嫌かな、『にゃん☆』?
「ただ、ステータスを均等に割り振ると成長が遅くなるので、そこは手を加えさせてもらいます。大丈夫です。守備力など、攻撃をすべて躱せば『0』でも問題ありません」
などと、自分の所属する隊の部隊長だったら闇討ちしてでもその座から引き摺り下ろしたくなるような恐ろしいことを言って、高名瀬さんは僕のキャラのステータスを変更していった。
素早さと魔法力を大きく上げ、気持ち程度にHPを増やす。
「これで、ひたすら逃げ続ければデスペナを食らうことはないでしょう」
デスペナとは、敵にやられてキャラクターが戦闘不能になると、蘇生する代わりにステータスに制限がかけられる『デスペナルティ』の略だ。
貴重なアイテムをロストすることもあるらしく、プレーヤーはなるべくモンスターにやられないようにプレイするものらしい。
「では、食事をとりながら特訓開始です!」
「いや、食べてからにしようよ!?」
どちらにせよ、パンを食べながらコントローラーは握れないんだから。
「では、時間がありませんので補給時間は二分とします。開始!」
「どこの特殊部隊なの、ここ!? そして高名瀬さん、食べるの早い! ちゃんと噛んで!」
鬼の高名瀬教官に急かされ、二分でパンを二つ食べ終えた僕は、予鈴が鳴るまでひたすらゲームの操作を反復練習した。