58 誤解
校門をくぐり、僕は駐輪場へ自転車を停めに向かう。
「先に教室行ってていいよ」という僕に対し「鎧戸君は目を離すとバッテリーを切らして倒れたり、薄着の女性を観察したりするので待っています」と言われてしまった。
……薄着の女性の観察なんかしないのになぁ。
で、自転車を停めて下駄箱に戻ると、出入り口に高名瀬さんが立っていた。
御岳連国君と一緒に。
「え、どゆこと?」
「ん? ……ふっ」
御岳連国君は、僕を見つけるとこちらに視線を向け、右手をピストルの形にして突きつけ、「バンッ!」と一発発砲して、不敵な笑みを残して立ち去った。
去り際に、高名瀬さんの肩をぽんと叩いて。
……なんなんだ?
あぁ、学校で無暗に接触しないでって条件を守ってくれたのか。
でもね、今の、めっちゃ目立ってたから。
あの人、自分が派手な存在だって気付いてないのかな?
……高名瀬さんと同じ系統の人だったらどうしよう?
「何話してたの?」
高名瀬さんに近付き、こそっと耳打ちする。
「えっと……モンバスには握力が必要だから、可能な限り鍛えておけと……」
あぁ、初心者にアドバイスしてあげてたんだ。
でもごめん、この人、トップランカーなんだ。
あなたの憧れのデスゲート様、そのお方なのです。
「握力必要なの?」
「いえ、全然」
めっちゃ怪訝な顔してるなぁ……
まぁ、プレイスタイルの違いってことなんだろうな。
「握力よりも、指の器用さが重要です。鎧戸君には指運動をお勧めします」
と、両手をパーにしてこちらに向ける高名瀬さん。
並んだ十指がそれぞれ別の生き物のようにうごめいている!?
えっ、なに!?
どうなってるのそれ!?
人差し指がウェーブしてる隣で中指がインドの舞踊でよく見る首をくいっくいってする『スンダリ』みたいな動きをしていて、その隣では薬指が高速で五芒星を描いてるし、親指と小指はそれぞれサンバとよさこいをバラバラに踊ってるのかってくらいにはっちゃけてるよ!?
「あなたは人間ですか?」
「練習すれば誰にでも出来ることです」
「えっと、握力を鍛える方向で頑張ってみようと思います」
「いや、本当に、全然握力なんか関係なくて……ちょっと待ってください、鎧戸君」
僕、体内バッテリーを消費して『集中』を使っても出来ないから、それ。
するりと高名瀬さんをかわして下駄箱へ行き、靴を履き替えて教室へ向かう。
えぇい、指をうにうにさせながら追ってこない!
無意識で目立ち過ぎだよ、高名瀬さん!
軽く暴走気味の高名瀬さんをいなして教室へ向かった僕は、まったく気が付いていなかった。
この時、この一連をずっと見つめていた人がいたことに。
人って、案外他人に見られてるものなんだよ――なんて話をしていたくせに、まったく気付いていなかったんだ。
◆◆◆◆◆
意味分かんない。
朝、駅で高名瀬を見かけた。
最初は高名瀬だって気付いてなくて、なんか嬉しそうな顔でパスケースを見てるヤツがいるな~って思って、何気なく手元を見たら、すっげぇ懐かしいお菓子のパッケージのパスケースで、思わず声に出ちゃったわけ。
「初恋味じゃん」って。
チョリッツの初恋味は、あたしらが小学生だったころに流行ったお菓子で、あたしらの周りでも結構盛り上がってて、それを男子にプレゼントされると愛の告白と同じ意味なんだって、きゃーきゃー騒いでた。
なんか懐かしいことしてんな~って思って、「あぁ、そうか。こいつ、あのパスケースを男にもらって喜んでんのか」って、「おめでたいヤツ~」とか思ってたら、それが高名瀬で、正直「ゲッ」って思った。
そういやこいつ、最近鎧戸と仲いいなって思って、じゃあ送り主は鎧戸かって、「あっそ、どーでもいいし、勝手にすれば」って思って、さっさと学校行ったわけ。
で、校門の傍でレンゴクを待つ。
レンゴクは、いつも始業ベルのギリギリに来るから、これくらいの時間に校門に着いて待ってると確実に会える。
あたしの日課なわけ。
で、遅いな~って待ってて、……ちょっとだけね、「あたしもレンゴクに初恋味のパスケースもらえたらな~」とか思ったわけ。
だって、めっちゃ憧れてたから。
したら、高名瀬と鎧戸が並んで登校してきて、「あ、やっぱデキてんじゃん」「はい、確定~」って思ってたんね?
顔合わせたくないから校門の陰に身を隠して、あいつらをやり過ごして、「レンゴク遅いな~」とか思ってたら、鎧戸が自転車を置きに行くのを見送って、高名瀬が下駄箱の前で待ってんの。
は?
どんだけラブラブなん、お前ら?
バッカくさ。
見てらんね――って、視線逸らそうとしたら……
レンゴクが下駄箱から出てきて、高名瀬に話しかけたんだよね。
それも、あたしには見せたこともないような柔らかい笑顔でさ。
明らかにレンゴクから話に行ってんの。
あたしが話しかけても、いつもダルそうにスルーすんのに。
そんで、そんでさ……
鎧戸が来てからさ、レンゴクがさ、鎧戸に向けて拳銃で撃つみたいなジェスチャーしてさ、その後……高名瀬の肩に手を置いて微笑みかけたんだよね。
すっごい至近距離で。
なんかもう、すっごい楽しそうに。
……は?
あり得なくない?
だって、高名瀬は鎧戸とデキてて…………え、まさか、あの銃で撃つようなジェスチャーって、宣戦布告?
そういえば、昨日レンゴクは高名瀬から手紙もらって、そんでそのあと、あたしが高名瀬を詰めたら高名瀬のことかばって………………え、待って。考えたくないんだけど……
あのパスケースって、まさか、レンゴクから?
そんなこと考えたら、目の前が真っ暗になって……
「ざっけんなっ!」
気付いたら、吠えてた。