57 案外人は見られてる
よかった。
とりあえず、使うのに苦痛を覚えるようなことはないようだ。
「もし、汚れたり壊れたりしたらすぐ言ってね。三年保証ついてるから」
「三年保証ついてるんですか、このパスケース?」
「機種変……じゃなくて、ガラ変も対応可能だから」
「至れり尽くせりですね」
「お客様に快適なサービスを、が当社のモットーですので」
「なんのお店なんですか」
くすくすと肩を揺らす高名瀬さん。
うん、よかった。
これで高校在学中は、ずっと僕の選んだパスケースを使ってくれそうだ。
……二度とゲームの世界大会トップランカーしか入手できないような限定品は使わせない。
他人の持ち物を見てる人って、結構いるからね?
高名瀬さんのパスケースが変わったって気付いてる人、きっと結構な数いるからね!
話しかけてこないだけで。
「他人の服装とか持ち物とか、やたらと見ている人っているよね?」
「そうですか? わたしは、他人がどんな服を着ていても、何を持っていても一切気になりませんけれど」
それは、あなたが周りを完全にシャットアウトして生きてきたからだよ。
僕も以前一回言われたもん。
制服のシャツの下に着てたTシャツが、たまたま同じクラスの男子とお揃いだったみたいで、朝のショートホームルームが終わった直後に「被ってんじゃねぇよ」って。
男のシャツなんか、よく見てるな~って思ったもん。
そんな派手なガラでもなかったのに。
まぁ、それ以降は結構気になるようになっちゃったんだけどね。
白いシャツの下から透けてるTシャツのガラとか見て、「あ、同じの持ってるな~」とか。
「鎧戸君は結構見る方なんですか、他人の服装とか」
「うん。最近になってからだけどね。シャツの下から透けて見える――」
という会話をしていた時、たまたま前を歩いていたのが同じ学校の女子生徒三人組で、その三人が三人ともベストも着ずにブラ紐がシャツの下から透けて見える、いわゆる透けブラ状態だったことに気付いたのだが、時すでに遅し!
その三人組の女子は思いっきりこちらを振り返り、親の仇を見るような鋭い目で睨みつけて、足早に僕の前から立ち去り、隣からは凍てつくような冷たい目で高名瀬さんが圧をかけてきていた。
「最近、急に暑くなりましたからね。観察にお忙しいようで」
「いや、そういう意味じゃ……」
「鎧戸君のスケベ」
「……すみません」
ここは、謝っておくべき場面なのだろう、きっと。
透けブラは見てないんだけどなぁ、別に。
でも、もうスケベ認定されたんだから、今後は積極的に観察しに行ってみようか……いや、そういうことじゃないんだろうな、きっと。
「あの、高名瀬さん」
「はい、なんでしょうか鎧戸君?」
「誤解のないように言っておきますが」
「伺いましょう」
「僕、ブラジャーなら毎日姉のを見てますからね?」
「末期ですね」
違うんだけどなぁー!
趣味嗜好に則って見て楽しんでいるというわけではなく、姉が恥じらいもなく下着姿でうろついているためすでに見飽きているという段階に突入しており、それゆえに女性の下着姿に特別強い好奇心を抱いているわけではないということの証明をしたかっただけなんだけどなぁ!
うむ。
この話題はよくない。
話を変えよう。
「話は変わりますが」
「なんでしょうか」
「高名瀬さんはベストとか着ないんですか?」
「話が変わってませんよ、鎧戸君」
いや、だって、ちょっと気になっちゃって。
「高名瀬さんは、その…………………………大きいので視線を集めやすいのではないかと」
「頑張って言葉を探したのなら、何かいいワードを見つけ出してくださいよ」
うん。
直接的な表現はちょっとどうかと思って、濁した表現を探してみたんだけれど、僕のつたない語彙力では見つけ出せなかったよ。
「少し……理由があって、ベストやセーターは着られないんです」
ベストが着られない理由?
そんなものが存在するのか………………あ、汗疹か。
「ベビーパウダー……」
「そんな理由じゃないです! 即刻その口を閉じてください」
違うらしい。
だって、各所、いろいろ、汗かきそうだし。
そうか、違うのか。
「ベストやセーターを着るとですね、充電のコードをブラウスのボタンの隙間から出した時に裾が捲れ上がってしまって違和感がすごく、発見されるリスクが跳ね上がるんです」
「授業中のゲームをやめれば済む話だね、それは?」
「どちらを取るか天秤にかけた結果、ベストを捨てました」
「天秤の傾きが逆だよ……」
「大丈夫です。存在感を消せば、誰もわたしのことなんか見ませんから。授業中の教師以外は」
この人のその自信はどこから来るんだろうか。
その自信のせいで、部室であんな事故が起こったっていうのに……
…………ボタン、大丈夫だろうか?
「そんなにジッと見ないでください! 怒りますよ!?」
「いや、心配で」
「心配なのは鎧戸君の将来です!」
顔の向きを強引に変えられ、「いいですか? 前科が付くと就職に響きますよ?」と説教をされた。
……この人、僕のこと告発する気なんだ。度が過ぎないように気を付けよう。