13 高名瀬さんの憂鬱
翌朝。
いつものように自転車に乗って登校していると、学校のそばで高名瀬さんを見つけた。
ずどーんと肩を落として、盛大にうなだれている。
二日酔いの姉でも、あそこまで灰にはなっていないだろうというような燃え尽き方だ。
背後から近寄り、徐行して、声を掛ける。
「高名瀬さん、おはよう」
「…………」
生ける屍が、重々しそうにクビをこちらに向ける。
「あ……」
こちらを認識した途端、高名瀬さんの足が止まる。
自転車に乗っていた僕はそのままゆるゆると数メートル進んでしまい、高名瀬さんを置き去りにしてしまう。
動きが、生きている人のそれではないな。
自転車から降りて、数歩戻り、高名瀬さんに合流する。
「どうしたの? 物凄い死相が出てるけど?」
本当に、物凄い落ち込みようだ。
一体何があったのか……
「……鎧戸君のせいです」
まさかの、僕が黒幕説!?
「昨日、電話で妹から『チョリッツを買ってきて』っておねだりをされたんですが……」
あぁ、昨日部室にいる時にかかってきた電話がそれなんだろう。
何かを買ってってあげるとか言ってたし。
「……なのに、昨日……買い忘れてしまったんです」
わぁ、悲惨。
「どうしてくれるんですか!? 昨日から妹が口をきいてくれないんですよ!?」
「それって、僕のせい?」
「だって、昨日はあんなことがあって……下校中も、家に帰ってからも鎧戸君のことばっかり考えてしまって……頭の中が鎧戸君のことでいっぱいで!」
「そんなに僕のこと考えててくれたんだ?」
「なっ!? ち、違いますよ!? 衝撃的な出来事だったので、それでですからね!? べ、別に他意はありませんので!」
僕のことで頭いっぱいとか言われてちょっと嬉しかったのに、高名瀬さんは真っ赤な顔で否定する。
そんな全力で否定しなくても。
「僕も、昨日はずっと高名瀬さんのことばっかり考えちゃってたな」
「……へ?」
もう一段階、高名瀬さんの顔が赤みを増す。
うっすら発光してないか、高名瀬さんの顔?
「考えれば考えるほど、高名瀬さんって変な人なんじゃないかなって」
「そっくりそのまま、熨斗付けてお返ししますよ、その言葉!?」
ぺちーん! と、何かを叩きつけるような素振りを見せて、高名瀬さんは頬を膨らませる。
いつか「ぷしっ」ってしてやろう、あのほっぺた。
「けどまぁ、僕のせいだというのなら、責任は取りましょうかね」
一日の遅延がどれほどの罪なのかは分からないが、遅れた分を取り返せるくらいのインパクトはあると思う秘密兵器を高名瀬さんに進呈する。
「これ、ウチの両親が地方に行く度に送ってくる地域限定のチョリッツで、中でも美味しい京都と金沢と福岡の限定品です」
「えっ!? こんなのがあるんですか!?」
お土産屋さんとかに行けば、結構売ってるよ?
「これで機嫌直るかな、妹ちゃん?」
「はい! たぶん大丈夫だと思います。……あ、でぇーじょうぶだと思います」
「あれ、もしかしてまだ僕の名前『しゅうまい』って呼ぼうと画策してる?」
いらないからね、そんな無駄な根回し。
こちらの指摘など聞いていないようで、初めて見る限定品のパッケージを「わぁ~」とかいって眺めている。
目がきらきらしてますよ、高名瀬さん。
……うん、これは釘を刺しておこう。
「帰る前に食べちゃダメだよ?」
「わ………………わかってますよ?」
危ねっ!?
絶対分かってなかっただろ、今!?
「妹ちゃんに嫌われちゃうよ?」
「食べませんってば」
「『どれか一個くらいなら~』って顔してるよ?」
「…………」
「図星かよ」
この娘は危険だな。
よし、手紙を添えておこう。
「三つの中でどれが美味しかった? 一番美味しかったヤツを今度またプレゼントするね」ってな。