12 高名瀬さんは変な人
「あたっ!」
風呂上がりの姉が、リビングでコードに躓いて声を上げる。
「シュウ! じゃま!」
「しょうがないだろ、充電中なんだから」
ちゃんと前を向いて歩いてほしいものだ。
充電コードなんて、どこのご家庭でも大抵邪魔になっているものなのだから。
かくいう姉も、スマホを充電しながらリビングをウロウロするからコードがぴーんっと張って宙に浮いており「リンボーダンスか!?」みたいな状況になっていることが多々ある。
文句など言う資格はないのだ、この姉には。
しかも姉は、充電しながら自由に行動したいからと、5メートルの充電コードを使用している。
そんだけコードにつながってたら、それもう家電じゃん。固定電話使え、貴様など。
「あぁ~、暑い。シュウ、扇いで」
「扇風機使え」
「つれない弟だなぁ、一日の労働を終え疲労困憊の姉に対して」
疲労困憊ならさっさと部屋に戻って寝ろ。
というか、タンクトップにパンツ一丁でうろつくな。
恥じらいを持て、恥じらいを。
「いつまでもいつまでも実家に居座るつもりなんだろうなぁ」
「おうよ。こちとら、仕事が恋人だからな。今度家に連れてきてやろうか?」
「仕事を家に持ち込むな」
どこの社畜だ、貴様は。
「シュウ、アイス」
「シューアイスみたいに言うな」
「あ、いいね、シューアイス! 買ってきて」
「今22時。外に出るとか無理」
「乙女か」
「純粋に面倒くさいんだよ」
別に夜道が怖いとか思ってないわ。
「たぶん、あなたが僕のことをシュウ、シュウって呼ぶせいだと思うんだけど、今日名前を『しゅうまい』って読まれたよ」
「しゅうまい? 『しゅうめい』ならともかく……あぁ、『でぇーじょうぶ』の法則で?」
いたよ、あの謎理論を理解できちゃう人が、身内に!?
っていうか、そんな法則はないぞ、姉。
「シュウマイいいね。食べたい。買ってきて」
「学習能力ないのか?」
「あんないい大学出たのにバカ扱い!?」
ウチの姉も、勉強ができるバカだからなぁ。
高名瀬さんと一緒だ。
同類なのかね、もしかして。
「けど、初めてじゃない?」
「ん?」
「シュウが学校の人の話するの」
そう……だっただろうか?
「あんた、どっか冷めてるからねぇ。どうせ友達もいないんでしょ?」
ぐりぐりと頭を撫で回す姉の手を振り払う。
「友達なら出来たよ、今日」
「おぉ、シュウマイの子? やったじゃん、面白そうな子で」
まぁ、面白い人ではあったかな。
からかうとムキになって、思いもしない方向に思考が飛んでいっちゃうような。
「……くくっ」
「お、思い出し笑い? えっろ~い」
「なんでだ」
「あたしが思い出し笑いする時は、大抵エロいことを考えているからさ☆」
「まともな姉が欲しかった」
「いるじゃん、目の前に」
ごめん、僕視力落ちたっぽい。
全然見つけられないわ、まともな姉。
「どんな子?」
「ん~……クラスでは目立たない感じのイメージだったんだけど、話してみたら全然違ったって感じかな」
「あぁ、あれか。地味なメガネっ娘だけど、メガネを外すとめっちゃ美人だった系?」
「いや、それは違う」
確かに、地味なメガネっ娘ではあるが。
「メガネしてても美人だったし」
メガネがあってもなくても可愛いよ、高名瀬さんは。
「ほほ~ぅ……女か」
アゴを撫でつつにやりと笑う姉。
わぁ、いやらしい顔。
「高校で、女友達とくれば、ラッキースケベに期待が高まるな☆」
「頭ん中思春期か」
まぁ、ラッキースケベはいただきましたけれども。
「その子が巨乳過ぎて、ブラウスのボタンが弾け飛ぶところは見た」
「マジか!?」
言いながら、自身のささやかな胸をぺたぺたと触る姉。
心配するな。貴様には一生縁のない事象だ。
「ブラウスは控えよう」とか無意味な気遣いはしなくていいから。
「しかも、フロントホックブラも破壊された」
「マジか!?」
だから、「やっぱフロントホックは心配だな」とか、貴様は考えなくていから。
「あぁ、そういえば、ウチの患者にもいたなぁ。すごい巨乳なのに頑なにフロントホックしか使わない娘」
「へぇ~。こだわりなんだ」
「っていうか……」
あははと、頬を掻く姉。
貴様、その患者さんに何をしでかした?
「最初の検診の時にさ、外したブラをカゴに置いてもらったらさ、それがもう、二つ並んだ丼にしか見えなくてさ! 『牛丼だったら特盛りよそえるね』ってウィットに富んだ小粋なジョークを少々」
「それジョーク違う、セクハラ」
「同性だからセーフ!」
「そんな法律はない」
「それ以降、頑なにフロントホックになったんだよねぇ、その娘」
「ブラジャー外したくなくなってんじゃん、可哀想に」
神様。どうしてこの危険人物に明晰な頭脳を与えたのですか。
患者さんが不憫でなりません。
「まっ、シュウに友達が出来たようでよかったよかった」
ぺしぺしと僕の背中を叩き、からからと笑う姉。
「今度家に連れてきなよ、お姉ちゃんが小粋なジョークで笑わせてあげるから」
「同級生にセクハラを働くな」
知ってる?
成人してるとニュースで名前流れちゃうんだよ?
職場にもバレるし、世間様の目も冷たくなるんだぞ?
「シュウも一応成長してるのねぇ~」
「当たり前だろ。もう高校生だよ」
「小さかった頃はさぁ……ほんと…………」
全部を言わず、何かを思い出すようにまぶたを閉じてしばし黙る姉。
たっぷりと思考の波に身を委ねて――
「……ふふっ」
「エロいこと考えんな」
――思い出し笑いしやがった。
自己申告だったからね、思い出し笑いする時はエロいこと考えてるって。
まったく、この姉は。
……あれ、ちょっと待って。
さっき、一瞬とはいえ、この姉と同類だと思ってしまった高名瀬さんは、やっぱり変な人なのだろうか?
うん、明日確かめてみよう。
彼女には、まだまだ秘密がありそうだ。
なんか、わくわくしてきた。
今夜は、彼女の夢でも見ちゃいそうだなっと。