11 鎧戸君は変な人
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見られた。
家族以外の誰にも見られたことがない、見せるつもりもなかった秘密を。
「……もっと、大事になるかと思ったな」
校門前で自転車通学らしい鎧戸君と別れ、駅へ向かって歩く。
その間、考えるのは鎧戸君のことばかりだった。
いや、違うよ?
気になるとか、そういうんじゃなくて、あまりに衝撃的過ぎて。だから、それで。
先ほどから、胸が変に苦しい。
鼓動がおかしいくらいに速くなっている。
けれど、どこかで少しだけ安心している部分もある。
子供の頃は……いや、本当についさっき鎧戸君に見られるまで――
こんな物を見られたら、もっと気持ち悪がられると思っていた。
普通の人にはついていない、コンセント。
それが、胸についている。
しかも、プラグを差し込めば電力が供給される。
……自分でも、自分の体がどうなっているのか、さっぱり分からない。
幼い頃は、自分はロボットや改造人間の類なのではないかと思っていた。
両親の実の子ではなく、どこかの秘密結社が極秘裏に開発した兵器で、一般人の目を欺くために両親に預けられ、一般人のふりをして生きているのではないか――と。
両親に聞くことすら怖くて、幼き日のわたしは懸命に祈っていた。
「どうか、せめて地球の味方側のロボットでありますように」って。
両親とはきちんと血がつながっており、わたしはコンセントを除けば普通の人間であると知ったのはもう少し後。
わたしが小学三年生なって間もなくだった。
生家から遠く離れたこの町の、とある専門医の先生に診てもらった時。
わたしのこのコンセントは病気の一種なのだと教えてもらった。
『体組織一部電化変異症候群』
冗談みたいな名前だと、今でも思う。
しかし、このような事例は他に類を見ず、研究者がほぼいない。
日本では、わたしの主治医であるササキ先生と、あと数名しかいないのだそうで、この病気の名前を付けたのもササキ先生らしい。
名前は付いたが、実際その全容は謎だらけで、何も分かっていないのが実情なのだとササキ先生は苦笑していた。
完治させることは難しいが、少なくとも普通の生活に支障が出ないように頑張ると、そうわたしに笑いかけてくれた。
何も分かっていないし治らないと明言されたのに、なぜだかわたしはササキ先生の言葉に安堵した。
ササキ先生がそう言ってくれるなら、本当にそうなるのだろうと思えた。
実際、『体組織一部電化変異症候群』略称『体電症』の人が不自由なく生きられる制度がいくつか国に承認された。
一般の人は耳にすることすらないだろうけれど、わたしやわたしの家族はいくつかの救済措置を受けている。
治療費の全額免除や、二十四時間サポートなどがその一部で、これには結構助けられている。
中学からは『体電症』対応の学校に通うようになった。
そのためにこの町に引っ越してきた。
今通っている高校も、表立って宣言はしていないが体電症対応をしてくれている。
行事や授業への不参加が割とおおらかに認められる。
あと、服装の規制が他の学校に比べてかなりゆるい。
電化した体の一部を隠せるように、との配慮で。これが結構ありがたい。
中学の修学旅行は、お風呂の時間をズラしてもらえたし。
ただ、体電症の人間を目立たせないように他の生徒にも適用されるため、世間からは「校則の緩い、不良が通う学校」と見られてしまっているのが玉に瑕だけれども。
……本当に、どうしてそうなったのか分からないようなド派手な格好で登校してくる人もいて……まぁ、そのおかげでわたしなんて一切目立たずに学生生活が送れているのだけれど。
それのせいで困ったこともあるのだけれども……それは、今は、いい。
そのような学校なので、鎧戸君のように授業中にふらっといなくなる生徒がいても誰もなんとも思わない。
わたしも特に気にもしていなかった。
偶然、彼が旧校舎に入っていくところを見るまでは。
……思えば、アレが間違いだったのか。
そのせいでわたしは旧校舎へ侵入し、勝手にゲーム機の充電をして、……見られた。
鎧戸君のマネをして旧校舎へ入ったのだから、鎧戸君がやって来ることは予想できたはずなのに、あの時のわたしはすっかりそのことを失念していて、焦って、慌てて、事故につながって……見られた。
思い出すだけで顔が熱くなる。
見られた。
いろいろと。
せめて、こんな使い古したブラじゃなくて新しいものをつけていれば、「きゃあ、エッチ」程度で済んだかもしれないのに……っ!
いや、それでも十分重大事件だけれども。
けど……
「拒絶は、されなかったな」
体にコンセントがついている変な人間。
もし誰かに見られたら、気持ち悪がられたり、興味本位でからかわれたり、最悪の場合言いふらされて見世物にされて……平穏が壊されるかもしれないなんて考えていた。
なのに、鎧戸君は全然普通で……友達になろうって、言ってくれた。
わたしは、小学生のころにこの体電症のせいで友達を失い、それ以降一人も友達を作らずに過ごしてきた。
何年ぶりの友達だろうか。
「……男の子の友達は、初めてだな」
もしかしたら、わたしが気にし過ぎているだけで、案外誰もそんなに気にはしないのではないか。
そんなことすら思ってしまう。
……そんなわけないのにね。
体にコンセントがある人間。
そんなの、普通に接してくれるはずない。
だからたぶん、鎧戸君が特別変な人なんだと思う。
「……変な人だったな、鎧戸君」
友達もおらず、同年代の人と会話することすらほとんどなくて、家族以外だとゲームの敵キャラとかに「その程度でわたしに勝てるつもりなのか? 甘いわ、愚か者め!」とか喋りかけるくらいしかなくて、正直、急に話しかけられて、しかも二人きりの空間で、滅茶苦茶テンパって、何を口走ったのかまるで覚えていない。
わたし、かなりイタイこと言ってなかったかな!?
大丈夫かな!?
あぁぁあぁ……っ、今さらになって不安になってきた!
「……けど、笑ってたな」
わたしが何かを言えば、鎧戸君は少々過剰なほど勢いよく反応してくれる。
テンポのいい漫才みたいに。
中身のないくだらない話で、笑って……
「楽しかった……な」
明日もまた、おしゃべり出来るんだろうか?
本当に、わたしは鎧戸君と友達になれたのだろうか。
明日学校に行ったら黒板に『高名瀬はコンセント女!』とか書かれていたら……
「ないない」
不意に浮かんだネガティブな想像を振り払う。
鎧戸君は、そんなことしない。
なんでかは分からないけれど、わたしはそう確信している。
どことなく、わたしを見る瞳とかが、ササキ先生に似ているからだろうか?
どこがと言われても分からないけれど、雰囲気が似ている気がする。
実は姉弟だったり?
いや、苗字が違うんだからあり得ないけど。
「たぶん、相手の立場に立って会話が出来る包容力とか、そういうのなんだろうな」
大人だな、鎧戸君。
だから、わたしのコンセントのことも、大袈裟に騒がずに受け止めてくれたのかもしれない。
何者なんだろう、鎧戸君。
「……ちょっとエッチだけどね」
谷間谷間って……はしゃいじゃって。
もしかして、谷間の方に意識が向かい過ぎてコンセントのことが記憶に残ってなかった、とか?
度し難いな、鎧戸。
「とりあえず、明日は新品のブラを着けて行こう」
ホックの、強靭なやつを。
電車に乗って家に帰るまで、結局わたしはずっと鎧戸君のことを考えてしまっていた。
憎めない笑顔をわたしに向けてくれた鎧戸君。
その笑顔が、逆に憎々しく思えてくるほどに。
きっと今日は、ベッドに入っても鎧戸君のことを考えちゃうんだろうなぁ。
恋とは違うけれど……はしゃいでるなぁ、わたし。
そんな自覚が、少々くすぐったかった。