117 ミソサザイ
それから、オタケ君と戸塚さんに部室のことを説明する。
あの旧校舎が、実はボロく見せているだけのハイテクノロジーの宝庫であることも。
最新鋭の設備をボロに偽装してある、すごい施設らしい、あの旧校舎もどき。
「あの旧校舎に、そんな秘密が……」
「っていうか、あんたらがよく姿をくらませてたのは、旧校舎に行ってたのね」
オタケ君は姉を見て、戸塚さんは僕を見ている。
いや、睨んでいる。
なんでしょうか?
別にやましいことなんかしてませんけれども。
……たぶん。
「もし学校でシュウがバッテリー切れになったら、レン君、お願いね」
「はい! お任せください! シュウの親友、この俺がすべてバッチリお世話します!」
「でもシュウのお尻はデリケートだから、ソフトタッチでお願いね」
「はい! 優しく触ります!」
「オタケ君、その発言は限りなくアウトだよ」
触るのが目的ではない。
「やっぱり、お尻係は高名瀬さんのままがいいなぁ」
「そのような係に就任した覚えはありません!」
「まぁ、いざという時は頼りにしてるよ、経験者☆」
「ちょっ、ササキ先生!?」
高名瀬さんの肩をぽんっと叩いた姉を、高名瀬さんがぽかぽか叩き返している。
いいぞ、そこだ!
アゴを狙って!
もっと拳を硬くして!
……ちぃ。
僕が高名瀬さんに、ボクシングにおける『ワンツー』のコツを伝授しようとしたその時、玄関のチャイムが鳴った。
「また警察?」
「いや、そんなはずないはずだけどね」
と、姉が「はずはず」言いながら席を立ち、玄関へ向かう。
ほんのわずかな静寂の後、「あぁっ! どうも~」と、明るく弾む姉の声が聞こえてきた。
どうやら、嬉しい来客のようだ。
「ピザだね」
「いや、頼んでないですし、お腹いっぱいですよ」
でも、姉があんな声を出すなんてそうそうないから。
姉は基本来客が嫌いだからねぇ。
だってほら、服を着なきゃいけなくなるから。
……っていうか、普段からちゃんと着てろ、姉。
「ポーちゃん、スペシャルゲストが到着したよ」
「えっ、わたしに、ですか?」
まさかの、高名瀬さんのお客さんだったらしい。
なぜ?
高名瀬さんも戸惑っている。
そりゃそうだ。
他人の家に招かれているところへ自分の客が来たら、誰だって戸惑う。
「あとでこっちから伺うって言ったんだけど、大変だったろうからって気を遣ってくれたみたい」
「えっと……どなた、なんでしょうか?」
玄関へ向かおうと立ち上がりかけた高名瀬さんを、姉が制する。
お客さんに上がってもらったようだ。
じゃあ、いつまでも勿体つけてないで早く入ってもらえ。
いつまでお客さんを廊下に立たせておくつもりだ。
「じゃあ、どうぞ。狭いところですけれど」
それは時にイヤミになるぞ。
ウチ、広いから。
満天堂アタッチの椅子を含むアタッチメントを広げても全然余裕で遊べるくらいには。
「あっ」
高名瀬さんが驚いた声を上げるのと同時に、僕も驚いていた。
まさか自分の思考がフラグになるなんて。
「店長さん!?」
「やぁ。元気そうで安心したよ、魔王ちゃん」
そこに現れたのは、高名瀬さんの行きつけのゲームショップの店長さんだった。
「さぁ、ささきさん。適当に座ってください」
「では、お言葉に甘えて」
「ちょっと待て、姉!」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「……ささき?」
「そうだよ、ささきさん。お店の名前になってたじゃない」
たしかあのゲームショップの名前は……難しい漢字だったから覚えてない。
あ、でもアルファベットで『MISOSAZAI』って書いてあったような気がする。
「じゃあ、改めまして。ゲームショップ『ミソサザイ』の店長、鷦鷯です」
「ささきが多い!?」
っていうか、高名瀬さんが「こんな漢字の人もいますよ」って言ってたの、店長さんのことだったのか!?
『鷦鷯』は『ささき』とも『みそさざい』とも読むらしい。
「だから、店長さんと結婚したら『ささきササキ』になっちゃいますね~って、この前話してたんだよね」
「あはは、恐れ多いことだね」
人好きしそうな笑顔で、丁重にお断りの言葉を述べる店長さん。
そうそう。しっかしりと明確に断っておかないと、店に寄生されかねないから、気を付けてね。
「縁起でもないことを言うな。店が潰れたらどうする」
「あたし一人くらい養えるはずだ」
「勝手なことを言うな。というか、貴様は家と認定したら下着姿でウロつくだろうが」
「店内はもはや自室だ!」
「やめい!」
姉が下着姿でウロつくゲームショップ。……うむ、倒産する未来しか見えない。
「高名瀬さん、全力で妨害するから協力して」
「はい。あの店の存亡は、わたしのゲームライフを大きく左右しますので、全力で協力させていただきます」
二人で守ろうミソサザイ!
なんか、標語みたいになったな。




