111 その後の経緯
高名瀬さんの語った事件の内容は、それはもう酷いものだった。
「……許せんっ」
と、オタケ君が怒りを再燃させるほどに。
「けどよかった。間一髪だったけれど、間に合って」
「本当に、感謝しています」
弱々しく微笑んで、高名瀬さんが頭を下げる。
「……ごめん」
「りっちゃんのせいじゃないよ」
泣きそうな戸塚さんを、高名瀬さんが慰める。
敬語とタメ口が混ざってるのは、まだ緊張してるからなのかな?
そのうち、タメ口だけになるだろう。
ゆっくり、元通りになっていけばいい。
「ダメね。あたしが励まされてちゃ立場が逆じゃん! うん、ポーが許してくれたんだもん、もうへこまない」
「うん、それがいい」
にこりと笑みを交わす幼馴染二人。
うんうん、いい雰囲気。
「というわけで、柳澤にはあたしが落とし前付けさせる!」
「戸塚さ~ん、顔が魔神みたいになってるよ~」
そこはほら、恋する男子の暴走だから、多少は穏便に……まぁ、もし高名瀬さんに怪我の一つでもさせたら鑑別所に乗り込んで【自主規制】するけども。
あぁもちろん、卑猥な方じゃなくて残虐的な方の『R18』で。
「でも、逃げた犯人を、よくこの短期間で捕まえられましたね」
確かに。
実行犯三人は散り散りに逃げていったし、顔もうろ覚え。
警察はよく身元を割り出したものだ。
「ウチのセキュリティシステムをフル活用した」
おぉっ、オタケ君がなんかすごいことをやってくれたらしい。
「柳澤が――母親の方だが――ウチのシステムに干渉するプログラムを仕込んでいたようで、実行犯の姿は近隣の防犯カメラに一切映っていなかった。おそらく、車に仕掛けられたセンサーに反応して、セキュリティがオフになるような仕組みだったのだろうと思う」
それは、なんというか……犯罪者なら喉から手が出るほど欲しいアイテムだろうね。
犯罪者が近付くと防犯カメラがオフになり、オートロックが解除され、警報装置が作動しなくなるのだそうな。
……とんでもないな短髪母。
「不自然に途絶えた映像の記録を遡るように辿っていくと、実行犯の姿が確認できた」
センサーのついる車に乗り込む前の、実行犯の姿を町の防犯カメラが捉えていたらしい。
ある地点から突然、不自然なくらいに消息が追えなくなった三人の男。
そいつらを実行犯と仮定して事件後の防犯カメラを調べたところ、血相を変えて走るその三名がそれぞれ別の防犯カメラに映っており、実行犯であると確信したそうだ。
「あとは、連中の姿を追って自宅を割り出し、警察へ情報提供した」
それで、その日のうちに全員が逮捕と相成ったらしい。
「実行犯たちは、みんな大人しく捕まったそうだ。調べに対しても、素直に白状しているらしい」
「そんな素直な人たちだったんだね、あの実行犯たち」
「極秘情報だが……異常に震えながら『なんでも協力するからアイツにだけは知らせないでくれ』と言っているらしい。……鎧戸、お前何をしたんだ?」
だからぁ、『こねこね、ぺっちん☆』だってば。
そんなに怖かったかなぁ?
ちょっと、イラッとはしてたけども。
「ねぇ、高名瀬さん。アノ時の僕って、そんなに怖かっ……なぜそんな真っ赤な顔を?」
「な、なんでもありませんから、ちょっと、むこうを向いていてくださいっ」
高名瀬さんに、顔を『むこう』へと向けられた。物理的に。
ほっぺた、むに~んって押された。
「骨が折れたのは首謀者の柳澤だ。あぁ、母親の方な」
メンドイな、親子犯罪者。
もう『柳母』でいいんじゃないかな?
語呂も似てるし。
「セキュルティに侵入させたウィルスや、今回の計画書などを、自身のパソコンに保存していてな。そのセキュリティの突破が一番困難だった」
「オタケ君の会社の力を使っても?」
「ウチの会社の力のほとんどが、その柳澤母の作ったプログラムだからな。ヤツは、元凄腕のハッカーだったんだ」
わぁ、なんかとんでもない経歴の人だ。
ハッカーって、法に触れなかったっけ?
「ウチのシステムを使っても突破できない、まさに国内最強のセキュリティに守られたパソコンだったからな……頭が割れるかと思ったぞ」
そんな凄まじいセキュリティをも、突破してみせたオタケ君。
オタケ君の能力って、本当にすごいんだな。
国内最強を突破できるんだから、国内のパソコンは覗き放題だ。
「パソコンのやり過ぎは目に悪いから、ブルーベリーを食べるといいよ」
「いや、頭が割れそうだったのは眼精疲労ではなく……能力の反動だ」
なんでも、オタケ君は、乳首のジャックを使った能力を使用すると、その規模に合わせて頭痛が発生するらしい。
ちょっとした規模ならふらつく程度。
今回のような堅牢なセキュリティを破ろうとすれば、まさに割れそうなほどの頭痛が襲ってくるらしい。
「じゃあ、一人で軍隊と対戦――とかは出来そうにないね」
「俺の意識が持たんし、する意味もない」
よかった。
オタケ君一人で国をひっくり返すのは難しそうだ。
「だったら、ちょっとは気が楽になるね」
いつでも壊せるっていうのと、そうそう実行できないっていうのは、背負うものの重さが随分と違う気がするから。
「……どんな理屈だ」
と、オタケ君は少々呆れたように笑った。
「だが、そんなことを言ってくれたのは鎧戸だけだ。……少しだが、本当に気が楽になったよ」
そう言って、白い歯を見せて笑うオタケ君は、なんだかちょっとカッコよかった。
視界の端っこで、戸塚さんが「はぅっ」って胸を押さえて蹲ったくらいに。