109 話を戻して
各家庭の夫婦仲が暴露され――「ちなみに戸塚さんのところは?」と聞いたら「普通よ」とあっさりと流されてちょっとしょんぼりしつつ――話は昨日の事件に戻ってきた。
えらく遠回りをしたものだ。
「まず、戸塚さんが教室に泣きながら入ってきて、泣きながら『ポーちゃんを助けて』って泣き縋ってきて、すっごく泣いてた」
「そこまで泣いてないから! っていうか、泣いてないから! あと『ポーちゃん』とかそん時は言ってなかったから! 捏造すんな、鎧戸! で、捏造を信じてちょっとニヤけんな、ポー!」
テキパキとすべてにツッコミを入れ、「はぁー!」っと息を吐く戸塚さん。
職人の技を見た。
「それで、オタケ君が短髪君に怒って教室を飛び出していって……そういえば、短髪君どうなったの?」
「学校では逃げられたが、その後母親もろとも捕まえた。今は、警察で事情聴取でもされているところだろう」
あぁ、捕まったんだ、短髪君。
母親もろともってことは、何か入れ知恵してたのかな? それとも首謀者?
「柳澤がさ、言ってたんだよね。お母さんに力貸してくれるように頼んだって」
おぉ、首謀者だったか。
悪い親もいたもんだ。
「鎧戸さ、柳澤に、その……なんか、された、よね?」
はて?
「なんかあったっけ?」
「鎧戸君は一度、下校前に校門で柳澤一味に囲まれて、どこかに連れて行かれてますよ」
ん…………あっ、あーあー、あったね、そういえば。
「オタケ君の家が建設してる工事現場に不法侵入したんだよ、その時」
「不法に侵入するんじゃねぇよ……」
いや、でもそれは短髪君の責任なので。
「まぁ、柳澤が母親の力を使って好き勝手していたんだろう。ヤツの母親は、ウチの会社の専務だったからな」
「過去形?」
「当然だ! こんな事件を起こしたヤツを雇用などしていられるわけがない!」
ドンッ! と、オタケ君がテーブルを叩く。
正義感の強い彼には、今回の卑劣な犯行が心底許せないようだ。
ただ、家具は殴らないで。
オタケ君、人間離れした怪力なんだから、壊れちゃう、壊れちゃう。
「あの、ね……」
物凄く言いにくそうに、戸塚さんが僕を見ながら、口を開く。
「ごめん。あたしの、せいなんだよ、それ」
「大丈夫。たぶん、戸塚さんのせいじゃないから」
「でもっ! ……あんたのこと、ムカついて……柳澤のいるとこで、悪口言っちゃってさ。そしたら、あいつが先走ったっていうか、勝手に……っていうと、言い逃れしてるみたいでヤなんだけど……でも、だから……あたしのせいで」
「戸塚さんがけしかけたんじゃないでしょ? 『鎧戸をぼこぼこにして~』って」
「そんなことは言ってない、けど……」
戸塚さんは、そこで言葉に詰まって、ものすご~く言いにくそうに、口を開く。
「……『鎧戸ウザい、いなくなれ』くらいは、言ったかも」
わぁ、辛辣。
ちょっと心、抉れたよね、今の瞬間。
「しょぼーん……」
「い、今は全然思ってないから! ……っていうか、さ、あの………………」
再び口を閉じ、首の可動域の限界まで顔を背けて、真っ赤に染まる首筋を見せつけるような格好でそっぽを向いて、戸塚さんは消え入りそうな声で言う。
「……ポーを助けてくれて、あ、ありがと……」
「萌えー」
「うっさい! そーゆーとこがウザいのよ、あんたは!」
そんな真っ赤な顔で凄まれましてもねぇ~。
「やはり、鎧戸君は戸塚さんのような美少女がお好きなようで」
熱を放出する戸塚さんの隣から、冷気を放出するような冷ややか声が。
違うよ、高名瀬さん。それは誤解です。
「確かに戸塚さんは可愛い!」
「ぅにゃうっ……な、なに言ってんの、あんた!?」
「でも、ものすごーく、なだらか!」
「……なに言ってんだ、おい? こら、こっち向けよ、おい」
わぁ、両方から冷気が……凍えそう。
「まぁまぁ。親友が可愛いと、高名瀬さんも嬉しいでしょ?」
「えぇ、もちろん。ですから今も喜んでいますよ」
って、そんな唇尖らせて言っちゃって……
……萌え殺す気ですか?
「萌え度なら、高名瀬さんの圧勝だよ! たとえばその、さっき見た時からずっと裏表逆に着ているその上着とか!」
「きっ、気付いていたなら、さっさと教えてください!」
いや、だって。
腰の付近でタグが「ぴよんっ」ってしてるのが可愛くて。
「もぅ!」と言いながら上着を脱いで、再び着直す高名瀬さん。
じっと見ていたら「見ないでください!」とほっぺたを膨らませて抗議してくる。
けど、さっきよりも機嫌が直ったように見える。
よかった。
「……あんたら、ずっとこんなイチャついてるの?」
「い、イチャついてなんていません!」
「いやいや、実姉の前でもこれって、相当よ?」
「な、なにも問題ありませんよ……イチャついたことなんて、ありませんので」
「うわぁ……マジか。こいつ、マジかぁ……」
なんか、戸塚さんの口から魂のようなものが抜けていき、それに比例して、表情がカッサカサになっていった。