106 人には言えない話
「誤解のないように言っておく」
不機嫌そうな声で、オタケ君が言う。
「俺は、この国をどうこうしようなんてつもりも、この力で外国にちょっかいをかけるつもりもない」
オタケ君は、特に表情も変えずに言う。
まるで、何度も同じ質問に、同じように答えてきたように。
何度も何度も、同じことを考え続けてきたように。
オタケ君にとっては、それはもう覆らない事実としてしっかりと根付いているように。
なんとなく、そんな気がした。
だからだと思うけれど、オタケ君のその言葉はすんなりと信用できた。
まだ知り合って一年も経っていないし、しゃべるようになって数日しか経っていない浅い関係性だけれども、オタケ君は世界の破滅や混沌なんてものを望んではいない。
そう確信できる。
なのに、姉が不安を煽るようなことを言う。
「その力を利用したいと思う人は大勢いるでしょうね。それこそ、ちょっと銀行のデータに忍び込んで貯金残高を操作するだけで億万長者だもん」
「でも、そんなことをしたら税務署とかにバレるんじゃないの?」
「だったら、税務署のパソコンもいじっちゃえばいいじゃない」
とんでもない発想だ。
そんな悪事を、密かに目論んでいるんじゃないだろうな、姉?
「でも、レン君はいい子だから、そんな悪いことはしない。そうよね、レン君」
と、オタケ君の頭を撫でる姉。
途端に、厳しい顔つきのままオタケ君の全身がピンクに染まる。
「と、とうぜんです、おれ、いいこ、ですから!」
だから、もっと撫でて撫でて~!
なんて副音声が聞こえてきそうな顔してるよ、オタケ君!?
……姉よ。お前、この国を守るためにって、オタケ君の純情を弄んでんじゃないだろうな?
「レン君はいい子だから信用してるけど、レン君の存在が知られたら悪用したがる悪党たちが群がってくるのは明白。もし悪用されたら、大袈裟じゃなく世界は終わる」
世界の均衡が崩れれば、あっという間に崩壊してしまう。
現代の平和というのは、なんとも危うい土台の上でつま先立ちをしているような脆いものなのだな。
「なので、今聞いたことは、絶対に、誰にも、身内にも、好きな人にも、絶対に逆らえないような人にも、国の重鎮や法の番人であろうとも、国家権力に逆らってでも、口外しないようにね☆」
「そんな重々しいものを、こんな軽々しく教えないでください!」
「なんであたしまで巻き込まれてるの!? いや、レンゴクの秘密とか知れたのは嬉しいけどさ!」
「戸塚さん、僕のお尻の秘密も内密に――」
「うるさい! あんたの尻の話なんか、頼まれても口にしないわよ!」
戸塚さんがヒドイ……
「あの、もしかして、オタケ君の、その胸部下着は、何か特殊な素材なんですか?」
あぁ、電波とかを遮断する系の?
それなら納得だね。
着けとかないと危ないかも。
「いや、これは『ファッションセンターしもむら』で買った『GUNZI』のスポブラだ。680円とは思えない吸水性と通気性で、蒸れずに肌触りも素晴らしい」
あ、それは普通のスポブラなんだ。
っていうか『GUNZI』なら姉も愛用している。
Aカップの強い味方ってキャッチコピーのスポブラがお気に入りなんだよね。
なんでも擦れなくていいとか、ラインが綺麗に出るとか、吸水性と通気性がよくて肌触りが最高とか……途中からオタケ君と同じ感想だ。
「……お揃い、だけど…………嬉しくないっ」
あ、戸塚さんも愛用してるみたい。
「すごいね『GUNZI』、愛用者が三人もいる」
「おい、黙れ、そこの弟。あたしは外では『RE:CALL』を使っていることになっているのだから」
見栄を張るな。
そんな高級下着など、めったに身に着けないくせに。
っていうか、『リコール』って会社名、どうなんだろう?
「すまん。そろそろ服を着てもいいだろうか?」
こっちでわちゃわちゃ盛り上がっていると、オタケ君がなんだか微妙な表情で聞いてくる。
まぁ、確かに。
シャツをはだけて、スポブラをまくりあげている格好でずっといるのはいたたまれないよねぇ。
「これ、ありがと。自分でつけられる?」
「は、はい! ……つけてもらうのは……まだ、自分には早いです」
姉からメタリックシルバーの乳首を受け取り、自分でそっと胸部に差し込むオタケ君。
差し込む時に「……あっ」と、小さく切なげな吐息が漏れる。
分かる。
分かるよ。
異物が体内に侵入してくる感じ、何回やっても慣れないよね!
顔を赤らめて視線を外す女子二人の前で、僕は一人だけオタケ君に共感していた。