105 オタケ君の症状
メタリックボディ、というのは聞いたことがあるけれど……
「メタリック乳首」
「そ、そういうことを言わないでくださいっ」
高名瀬さんがちょっと照れた。
「で、それは、なに? どういうこと?」
なんとなく、誰も口を開きそうになかったので、やはり僕が進んで問いを投げる。
質問を受けた姉は、一度コクリと頷いてその回答を寄越してくる。
「これはね――この国を滅ぼせる乳首よ」
とんでもない乳首をお持ちのようで。
じゃなくて。
「説明が圧倒的に足りてないぞ、姉」
「まぁ、そうだよねぇ」
と、苦笑を漏らし、オタケ君に向かって「いいかな?」と何かの確認を取る姉。
何をするつもりだ、姉?
――と思ったら。
「じゃ、失礼しま~す」
と、オタケ君の乳首をつまみやがった。
何をするつもりだ、姉!?
「ぉふぅんっ!」
乳首をつままれた瞬間、オタケ君の口から悩ましい吐息が。
いや、だから、何してんの、姉!?
で、何を見せられてるの、僕たち!?
「ヒドイ絵面だ……」
「さっきの鎧戸君も、似たり寄ったりでしたよ」
えっ、そんなことなくない!?
僕のは、もうちょっと可愛らしい絵面だったでしょ?
「はい、注目」
姉がオタケ君の体から取り外したのは――取り外した!? うっわ、マジで取れちゃってる!? 大丈夫なのそれ!?
「はい、大丈夫だからざわざわしない!」
ちょっとした衝撃映像に、見ているこっちは騒然だ。
戸塚さんなんか、取り外された先っぽと、胸元に開いた穴を何度も視線が往復している。
で、その姉が取り外したモノは、全長が5cmほどで、先端――というか、体表面に見えていた方はメタリックシルバーで3.5cmほどの長さで、そこから先は金色で1.5cmほどの長さ。そして、黒いラインが二本入っていた。
あの色、あの形状……
「イヤホンジャック?」
「そう。3.5mmジャックだね」
「ステレオの?」
「見た目はね」
と、オタケ君の乳首をこちらに見せつける姉。
「持ってみるか?」とか言ってるけど、……オタケ君の乳首だと思うと、ちょっと躊躇してしまう。
高名瀬さんと戸塚さんは「無理です」と拒否しているし。
「これの恐ろしいところはね、どんな変換プラグにも対応できてしまうところなのよ」
「どんな変換プラグにも……とは?」
「この形状の3.5mmジャックは、本来音楽を聞くことしか出来ない。3極しかないから、マイクにもならない」
イヤホンジャックには、黒い線が何本か入っている。
重要なのは線じゃなくて、線で分けられたメッキ部分なんだけれど。
一本線のジャックは2極プラグといって、モノラルで音楽を楽しめる。
二本線は3極プラグで、ステレオ再生が可能になる。
そして三本線は4極プラグで、ステレオにプラスしてマイクの機能も備え付けられている。
スマホなんかでハンズフリー通話をする際、マイク機能がついたイヤホンを使うことがあると思うけど、そういうモノのジャックは4極プラグになっている。
で、オタケ君のは3極プラグ。
本来なら、音楽プレーヤーとかに挿して音楽が聞けるだけの機能しかない、はずなんだけど。
「ここに、3.5mmジャックをUSBに変換する変換器がある」
絶対にあり得ない。
イヤホンジャックは音をやり取りするための機構で、USBのようにデータのやり取りは出来ない……はず。
というか、3.5mmジャックをUSBに変換する道具なんか、世界中のどこでも作ってないはずだ。
「これは、体電症の研究施設で開発したものなんだけどね、これをパソコンに接続してみたところ、データのやり取りが可能だったのよ」
パソコンから乳首にデータを!?
「しかも、その容量が驚愕の256ペタバイト」
テラの上!?
この前家電量販店で16テラバイトの外付けHDDを見かけて、「そんな使いきれないよ」って思ったところなのに、さらに上の位!?
1000テラバイトで1ペタバイトだから……あぁもう、何倍かも分からない!
「動画は何分保存できるの?」
「知らん」
……姉よ。
こんな時は、高名瀬さん。
「標準的な動画の場合、1ギガで120分保存できると言われています。1ペタバイトは1ギガバイトの1000倍の1000倍ですので、100万ギガ。1テラバイトで1億2千万分の動画が記録できますが、オタケ君のチ……デバイスには256ペタバイト保存できるということは、ざっくりと計算しただけですが307億2千万分、つまり5億1千2百万時間の動画が保存できる計算です」
す、すごい……
「こんなにペラペラしゃべったのに、乳首って言葉をギリギリで回避してみせた高名瀬さんの乙女心、感服しちゃう!」
「うるさいですよ! 頑張って計算してんですから、そちらに注目してください!」
いや、だってもう、数字が大き過ぎて……
「そんなに動画見てられないし」
「鎧戸君です、動画でたとえたのは」
そりゃそうなんだけど。
「5億時間って何日?」
「もういいわよ、鎧戸! ポーも計算しない! その視線をちょっと上に向けるの、暗算してる時のクセでしょ? 知ってるから!」
親友戸塚さんが高名瀬さんを止める。
そうか、あの視線が暗算してる時のクセなのか。
「他にもね、いろいろと変換プラグを作って試してみた結果、どんなものにも対応できちゃったのよ」
「どんなものにも?」
「うん。HDMIとか」
どんな画質でどんな画像が見られたんだろう、オタケ君の乳首で……
「いまだに謎だらけで、研究は続いているんだけど、はっきりしたこともある」
姉の声が、少し低くなる。
首筋に氷を付けられたような、嫌な寒気を感じた。
「その気になれば、ネットに繋がっているどんなパソコンにも侵入して、そのパソコンを操作、破壊はもちろん、直接的な操作をすべて無効にだって出来ちゃうのよ。慌てて止めようと持ち主がどんな操作をしても、たとえパソコンを破壊しても無駄。一度そこに存在したデータは破片になっても復元できるし、取り出せる」
それは……すごいな。
「銀行の機能が停止したらどうなる? 発電所が止まったら? 軍事機密が世界中にばらまかれたら? ……レン君がその気になれば、それが出来ちゃうわけよ」
それって……
「とってもデンジャラス、だね」
「……ふん」
全員の視線が集まり、オタケ君は少しだけ不機嫌そうに鼻を鳴らした。