103 打ち明ける
「それじゃ、本題に入ってもいいかな?」
高名瀬さんと戸塚さんの仲直りを見届け、姉が一同を見渡す。
いつものだらしない姉ではなく、外向けのデキる女の顔つきで。
「昨日何があったのか、それぞれの視点から見たこと、聞いたことを教えてもらっていい?」
「それじゃ、僕が聞いたことと見たこととやったことを話すよ」
この空気。
たぶん、一番話しやすいのは僕だろう。
戸塚さんは、きっとまだ自分のせいだって思っているだろうし、高名瀬さんは怖い思いをした被害者だ。
オタケ君は犯人たちに出くわしたわけじゃない。
事件が起こった原因と誘拐未遂と結末と、そのすべてを知っている僕から説明するのが一番分かりやすいだろう。
ただ……
戸塚さんとオタケ君は僕の体電症について何も知らない。
だから、どうやって犯人を追い詰め、高名瀬さんを救出したのかというところは詳しく話せない。
オタケ君も体電症患者だっていうのは、さっき姉から聞かされたけれど、僕と高名瀬さんが体電症患者っていうことをオタケ君は知っているんだろうか?
どこから話したものか……
話し始めると、ついつい言っちゃいけない部分までさらっとぽろりとしゃべっちゃいそうなんだよねぇ、僕。
だから……よし、ここはまず!
「話の前に、戸塚さんとオタケ君に聞きたいことがあるんだ」
僕は二人の顔を見つめて、真剣な顔で問う。
「二人は、僕のお尻に興味ある?」
「あるかぁ!」
「ある」
意見が分かれた!?
そして、悲しいことに女子には興味を持たれず、男子に興味を抱かれている僕のお尻。
むむむ……どうしたものか。
「鎧戸君、毎度のことながら、聞き方が……いえ、もうしょうがないとは思いますけれども、鎧戸君ですし」
なんか、すごく失礼な感じで高名瀬さんがため息を吐いた。
なにかな、「鎧戸君ですし」って?
「あぁ、まぁ、そうね……」
高名瀬さんとほぼ同時にがっくりとうなだれた姉。
リビングのローテーブルに肘をついて、こめかみから目元にかけてを手で覆うように押さえている。
苦笑全開で、若干呆れられている感じがする。
姉が聞けと言ったことなのに。
体電症の話を聞かせる相手には、「僕のお尻に興味があるか否か」を。
「今回の話をするにあたって、それから、今後の諸君の関係を考えてみても、秘密は共有しておいた方がいいかもしれないね」
僕、高名瀬さん、オタケ君を順番に見て、最後に戸塚さんを見て口元を緩める。
「彼女にも、ちゃんと説明してあげた方が、きっとポーちゃんのためになると思うし」
体電症のことを言えずに関係が壊れてしまった高名瀬さんと戸塚さん。
子供のころは絶対に知られたくないと頑なに拒絶し続けていたのだろうけれど、今なら――今の高名瀬さんならきっと、自分の秘密を打ち明けられると思う。
「それだけ信用に値する親友でしょ、ポーちゃんにとっての彼女は」
姉が高名瀬さんにそう言って優しく微笑みかける。
高名瀬さんは、一度戸塚さんの顔を見て、俯いて……少し考えた後で顔をあげて、はっきりと頷いた。
「はい。今度こそ、ちゃんと話して、……ちゃんと、知ってほしいです。わたしのこと」
高名瀬さんの言葉に、戸塚さんが戸惑いを見せる。
この場の雰囲気と相まって、何かとんでもない秘密を告白されると悟ったのだろう。
「じゃあ、どうする? 私から話そうか?」
「いえ。……わたしが、自分で話します」
「そ、か。それじゃあ、ポーちゃんの話を聞いてあげてくれる?」
「え……う、うん。あ、いや、……はい」
緊張からか、ぎくしゃくとぎこちない動きになる戸塚さん。
高名瀬さんが居住まいを正し、戸塚さんに体を向けると、戸塚さんは慌てた様子で体の正面を高名瀬さんに向けて、正座した。
「りっちゃん」
「な……なに?」
俯いたまま話し始めた高名瀬さん。
俯いて、太ももの上で握られた自身の手の上に言葉を落としていく。
「小学生の時は、恥ずかしくて、怖くて、言えなかったんだけど……」
「う、うん……」
「……実は、今も、ちょっと怖いんだけど……」
「…………」
「……気持ち悪いって、思われちゃうかも、って……」
「思わない」
戸塚さんがきっぱりと言う。
「どんな秘密があろうと、ポーちゃんを気持ち悪いだなんて、絶対思わない」
きっとそれが、戸塚さんの本音。
高名瀬さんと向き合おうという決意の表れなのだと思う。
戸塚さんが、男前だ。
「だから、聞かせて」
「うん……」
二人の視線が重なり、高名瀬さんは微笑んだ。
笑うと同時に、目尻から涙がこぼれ落ちていく。
吐き出しにくい言葉と同時に、涙があふれる。
「わたし、体電症なの。胸に、ね……コンセント、がね、付いてるんだ」
ずっと言えなかった秘密。
そのせいで、一度は壊れてしまった親友との関係。
戸塚さんの視線が一度、リビングのコンセントへ向かい、そしてもう一度高名瀬さんへと戻る。
戻ってきた時の戸塚さんの視線は、とても柔らかかった。
「バカポー。それならそうと、もっと早く言いなさいよ」
高名瀬さんに負けないくらいに涙を流し、戸塚さんは強引に口を笑みの形にする。
「知ってたら、お風呂の時だって守ってあげられたし、あんなこと言わなかったのに」
「……ごめん、ね。こんな変な体だってバレたら、嫌われちゃうかもって、思って……」
「嫌うわけないじゃん、バカぁ…………でも、話してくれて、ありがと」
戸塚さんが身を乗り出して、高名瀬さんの手を取る。
太ももの上で固く握られていた手に手を重ね、ぎゅっと握ると、二人揃って泣き出す。
声を上げて、子供みたいに。
でも、なんというか、その光景は――これまでのわだかまりを、涙が全部押し流していくような気がして――素敵に見えた。
二人が泣き止むまでの間、僕たちは声を発さずにその光景を見守っていた。
姉も、オタケ君も、感動的な長編映画のエンドロールを眺めるような穏やかな目で二人を見守っていた。
それから数分。
「大丈夫、二人とも?」
姉が泣き止んだ二人に飲み物を勧め、場の空気をもう一度切り替える。
「戸塚のりっちゃんはとてもいい子だと分かったから、二人の秘密も話しちゃおう」
僕とオタケ君の方へ顔を向けて「その方が、きっとこの後の話をしやすいから」と説得するような言葉を放つ。
僕はいいけど……と、オタケ君を見ると、オタケ君も納得しているように首肯していた。
「それじゃ、今度はあたしが話をするわね。こっちの二人――」
全員の注目を集め、姉が大人の女性の顔付きで言う。
「シュウのお尻と、レン君の乳首の話を」
オタケ君の乳首の話!?
真面目な顔して何を言っているんだ、ウチの姉は……




