102 仲直り
本日、僕たちには話し合わなければいけないことがいくつもあった。
昨日の事件のこと。
犯人のその後。
そして、僕たちの体電症のことと、それに関するこれからの対応について。
そんな僕たちが最初にしたのが――戸塚さんの失恋を慰めることだった。
「うぅ…………っ、なんか、なんか、もう……っ」
「だ、大丈夫だよ、戸塚さん。まだ、勝負は決まってないっていうか、ここからの巻き返しだって十分に可能だから!」
「そ、そうですよ、泣かないで、りっ…………戸塚、さん」
諸悪の根源たる姉は、オタケ君からもらった花束を花瓶に生けてるし、そのオタケ君は「華道の嗜みもあるだなんて……可憐だ」とか寝言をほざいているし……こっちの苦労を顧みろ、そこ二人!
あと、花を花瓶に適当に差し込む行為のどこが華道だ?
家元に怒られろ。
無数の家元に寄ってたかって叱られるがいい。
「巻き返しなんて……だって、あんなにアピールしたのに、一切手応えないし……!」
「たぶん、オタケ君気付いてないんだと思うよ、アピールされてるの」
「そ、そうです! オタケ君は、その、なんというか……ちょっと………………脳細胞の稼働率が著しく低いんだと思います」
高名瀬さん、戸塚さんのフォローをしたい気持ちも分かるし、言葉を選ぼうとした努力も買うけど、結果物凄い暴言吐いてるよ!
「だから、泣かないでください、りっ……戸塚、さん」
「高名瀬さん、物凄く言い慣れてないね、『戸塚さん』って」
さっきから詰まりまくりだよ。
「呼びにくいなら、昔みたいに呼んじゃえば?」
「それは……」
だって、そう呼びたいんでしょ?
さっきから何度も言いかけてるじゃない『りっ』って。
だからさ――
「『リッさん』って呼んであげなよ」
「そんなオッサンみたいな呼び方はしてませんでしたよ!?」
え、違うの!?
だって、莉奈だから、リッさんかと!?
ちなみに、アクセントは『日参』と同じ。
「じゃあ、呼んであげなよ、ちゃんとした、昔と同じ呼び名で。昔みたいにさ」
たぶん、戸塚さんもそれを待っている。
だってほら、わんわん泣いてたのに今は泣き止んで、俯いたまま黙ってるでしょ?
これたぶん、呼ばれ待ちだよ。
今、戸塚さんの意識は、完全にオタケ君から離れて高名瀬さんに向いてるって。
「ですが……」
躊躇うように戸塚さんに視線を向ける高名瀬さん。
戸塚さんが嫌がるんじゃないかと危惧しているのだろう。
そんなこと、絶対ないと思うけどな。
「最初に『高名瀬』と苗字呼びを始めたのはそちらなので、あだ名呼びを復活させるのであれば、そちらから呼び始めるのが筋だと思います」
「あんた、なんでそんな意固地なの!? あんたって、昔っからずっとそうだよね!」
うん、違った。
遠慮とか配慮じゃなく、いつもの負けず嫌いだったみたい。
「戸塚さん、高名瀬さんって昔からそうなの?」
「そうよ。ちょっと口喧嘩とかするじゃん? そしたら、こっちが折れるまでずっと意地張り続けんのよ、こいつ!」
あぁ、うん。
分かる分かる。
「一回、あたしが『もう口利かない』って言ったの。そしたら、本気で口利かなくなってさ。運動会で二人三脚のペアになった時さ、無言で走ったんだよ?」
難易度高そうだなぁ、無言二人三脚。
っていうか、無言で息が合うなら、相当な仲良しだと思うけど。
「なんだったら、もうそんなに怒ってなくて、一緒に買い物行ったり遊んだりするようになっても口利かないからね、こいつ」
高名瀬さんの意地っ張り、筋金入りだなぁ。
「それで、毎度毎度、仕方ないからあたしが折れて『ごめんなさい』する羽目になるのよ。そしたら『ぱぁあ!』って嬉しそうな顔して『寂しかった~』って。どの口が言ってんだって話よ!」
おぉっと、高名瀬さんが顔を背けてぷるぷる震え始めたぞ~?
耳が真っ赤だ。
相当恥ずかしいらしいな、このエピソード。
でも、否定しに入ってこないってことは、戸塚さんからのあだ名呼びが復活するまでマトモに会話しないという意思表示か?
意地っ張りが過ぎるよ、高名瀬さん!?
「じゃあ、悪いんだけどさ、戸塚さん。ここは往年の折れ様を見せていただいて……」
「またあたしが折れるの!?」
「ベテランだから、折れ慣れてるでしょ?」
「慣れてたまるか、そんなもん!」
「でも、高名瀬さん、こういう娘なので」
「お前が甘やかすから増長してんじゃないの、そいつ!? 半分くらい鎧戸の責任っしょ、これ!?」
「あはは、戸塚さん、早くして。この後話すこといっぱいあるから」
「やっぱムカつくなぁ、あんた!」
むきー! と、僕に牙を向く戸塚さん。
でも、以前教室で向けられたような、険のある視線じゃない。
もしかしたら、戸塚さんもちょっと照れてるのかも?
高名瀬さんの話だと、マトモに話するのって小6ぶりだもんね。
「戸塚さん、照れてるの? 萌え~」
「うっさい! 口を閉じてろ、鎧戸!」
ギンっと僕を睨んだ後、戸塚さんは顔を伏せて若干背を向けている高名瀬さんに向かい合った。
正座して、太ももの上に置いた拳をきゅっと握って、俯き加減で、言葉をひとつひとつ音に変えていく。
「あの、さ……ホントはね? 正直、ムカついてたの。修学旅行のことも、そのあと、突然いなくなっちゃったことも。……でもね、昨日、すごくショックなことがあって、それで、いろいろ考えちゃって……そしたら、ね?」
戸塚さんの視線が高名瀬さんを見る。
俯く高名瀬さんを見て、戸塚さんの瞳が潤む。光を反射する。
「あたし、ヒドイことしたなって……興味あって、見せてほしかったっていうのも、確かにちょっとあってさ、子供だったから加減とか分かんなくて、わがまま言えば、なんでも通ってた時代でもあったじゃん? だから、それで…………嫌な思い、させちゃったんだなって、今さらだけど、気付いてさ……だから、あの……」
スカートの上の拳が、ぎゅっと力を込められ握られる。
「あの時は、ごめんね。……ポーちゃん」
小さな声で戸塚さんが『ポーちゃん』と言うと、高名瀬さんが戸塚さんに飛びついた。
「あたしもごめんね! 寂しかったぁ、りっちゃん!」
ぎゅーっと、戸塚さんにしがみつく高名瀬さん。
おぉ……こんな高名瀬さんは初めて見る。
さすが親友。
僕の知らない高名瀬さんを引き出せるなんて、やるねぇ。
そんな戸塚さんを見れば、瞳が許容量を超えるくらいうるうるしていて、ぽろっと涙が頬を滑り落ちていった。
「……もぅ。あんたはいっつもそればっかり……たまには、自分から歩み寄ってきなさいよ。バカポー」
怒りながらも、口元は笑って、目元は泣いて、それでも優しく高名瀬さんの背中をぽ~んぽんと叩いてあげていた。
「ごめん、ね……わたし……、わたしね……」
高名瀬さんも、涙に潤む声で言葉を発する。
「客観的に見て、自分が確実に悪いと思えない時に、自分から頭を下げるとか、ちょっと無理だから」
「ぶっ飛ばすよ、あんた!?」
どーんと高名瀬さんを突き飛ばし、キッと高名瀬さんを睨む戸塚さん。
お互いに涙目で真っ赤な顔して見つめ合って、同時に笑い出す。
うん。よかった。
これで仲直り出来たね。
おめでとう、二人とも。