100 高名瀬さん
朝、目が覚めたら家にいた。
あぁ、昨日バッテリー切れで意識失っちゃったんだ。
久しぶりに全力使ったからなぁ。
もしかしたら、初めてかも。完全にバッテリーを使い切ったのって。
けれど、なんだろう。
心做しか、体が軽い。
というか、なんだか……胸の奥がぽかぽかする。
なんだろう?
このじんわりとした温もりは。
こんな感じ、初めてだな。
なんだろう……昨日までの自分とは違う感じ、というか?
うまく言えないけれど、とても大切な思い出が、記憶にはないが、体には刻み込まれているような……
「あ、シュウ、起きた?」
体を起こすと、それを察知したのか、姉が部屋に入ってきた。
「ねぇ。なんか、胸のあたりがポカポカしてるんだけど、僕が気絶している間、なんかした?」
「してないよ~、あたしは☆」
なんだろうか、あの意味ありげなウィンクは。
しかし、姉からのウィンクというのは、なぜこうも胃にもたれるのか。
昨晩何も食べてないのに吐きそうだ。
「どうしよう、朝ごはん食べてすぐ吐くか、吐いてから食べるか、悩むな……」
「吐くな、吐くな。こんな美人からウィンクもらっといて」
「受け取り拒否したい場合はどこに申請すればいい?」
「ん~、……国?」
「行政を動かすな、こんなくだらないことで」
けらけらと笑って、姉が自身のささやかな胸にぽんっと手を置く。
姉が安心した時のクセ。
一応心配してくれていたらしいな、僕のことを。
「心配かけた?」
「まぁ、一応ね。可愛い弟と、未来の妹の危機だったわけだし」
「高名瀬さんにグーで殴られても知らないぞ、その発言」
「ポーちゃんは、そんな乱暴な娘じゃないもん」
「もん」って。
二十もとうに超えて「もん」って。
「無事だよね、高名瀬さん」
「おぅ。昨日はちゃんと送り届けといたよ」
「助かる。ありがとう、姉」
「ポーちゃんにもお礼言っときなよ。たぶん、初めてをシュウに捧げてくれたんだから」
初めて?
なんだ、そのちょっとドキドキするフレーズは?
「胸のコンセント、使ってくれたみたいだよ」
「えっ!?」
ということは……
「お尻を弄られた!?」
「そこはどうでもいい」
結構どうでもよくないと思うけども!?
「きっと、相当な決心が必要だったと思うよ」
「それは、まぁ……」
そうなんだろうな。
高名瀬さん、照れ屋さんだから。
でも、そうか……
「お礼、言わなきゃね」
「だね」
お礼を言うことで余計に照れさせるかもしれないけれど、でも言いたい。
言わなきゃいけない。
「高名瀬さんって、本当に優しいよね」
「ん?」
「結構迷惑かけちゃってるけど、それでも呆れず僕のことを面倒見てくれてさ、文句は言っても結局お願いを聞いてくれるし、怒ってもちゃんとあとで許してくれる。根本的にいい人で、優しくて、思いやりがあるんだよ、きっと」
高名瀬さんと過ごした時間を思い返せば、いつだって僕は笑っている。
高名瀬さんの隣にいるだけで、僕はきっと楽しいんだと思う。
「彼女と仲良くなれてよかった。それだけで、あの高校に入学した価値があったよ」
いや、もしかしたら。
「生まれてきた甲斐があったと言っても過言じゃないかも」
「なぁ~に? じゃあシュウは、ポーちゃんと出会うために生まれてきたってわけ?」
「そうかもね。だって、あんなに素敵な人、他にいないもん」
「そっかそっか。じゃ、ちゃんと感謝を伝えなきゃね」
「今日学校に行ったらお礼言っとく」
「『君と出会うために生まれてきました』って?」
「さすがにそれは言わないよ。そういうことを言うと、高名瀬さんは照れるからね。そこは内緒にしとく」
なので、もっと控えめに。
とりあえず、コンセントを使ってくれたお礼を言おう。
「シュウ。秘密にしたいっていうシュウの気持ちはよく分かった。でも、残念なお知らせがある」
にやりと笑って姉が体をズラすと――
「もう全部聞かれちゃったんだなぁ、これが」
「あ、あの……おはよう、ございます」
――高名瀬さんがいた。
「先に言え、姉!」
全部聞かれてた!?
さすがに恥っず!
「えっと……あの……わたしも、お礼を言おうと思って……」
「いや、あの、お礼は……今の発言を忘れてくれることと相殺ということで……どうかひとつ」
お礼なんていらないから、全部忘れて……
「そっかぁ、残念だなぁ。折角ポーちゃんがお礼にって、お昼に手ごねハンバーグを作ってくれるって言ってたのに」
「ごめんなさい! やっぱりお礼が欲しいです! さっきの発言、脳内メモリーに刻み込んで構いませんので、ウチの台所でハンバーグの種をこねこねして、手のひらに『ぺっちん!』ってやるヤツ、やって見せてください! お願いします!」
土下座した。
土下座くらいする。
ハンバーグの『ぺっちん』が見られるなら、なんだってする!
「僕は君と出会うために生まれてきたのさ☆(きらり~ん)」とか平気で言っちゃう!
「だから、どうかハンバーグを!」
「作ります! 作りますから、顔を上げて……だから、必死過ぎるんですよ、もう!」
高名瀬さんに引っ張り起こされ、軽く叱られた。
でも、ほっぺたを赤くして怒り顔で叱ってくる高名瀬さんを見られるなら、お説教くらい甘んじで受ける。
正座がつらくたって泣かない。
そして、お説教が終わったタイミングで、今日は午前中学校を休んで、ウチでオタケ君たちと昨日の事件について話し合うということを聞かされた。
ついでのように、オタケ君も姉が担当している体電症患者なのだということも。
え、オタケ君もそうなの!?
朝から情報量多いぞ、姉。




