99 『も』
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「ごめぇ~ん、遅くなった」
人気のない裏路地に、見覚えのある車が停車し、ササキ先生が車内から駆け出してきました。
「事件に巻き込まれたってなに? どういう状況? もう、気が気じゃなくて何回事故りそうになったか」
「すみません、無駄に心配をおかけしてしまって。事故らないように落ち着いてください」
「ん。ポーちゃんの顔を見たら安心した。シュウは?」
「中です。その……バッテリー切れで」
ササキ先生の車が見えた時に車外に出たわたしは、ササキ先生と一緒にもう一度車内へ向かいます。
「ったく……呑気な顔して寝ちゃってさ」
鎧戸君の無事を確認して、心底安堵したのが隣で見ていて分かりました。
ササキ先生は泣きそうな笑顔で「へにゃ」っと笑って、眠る鎧戸君の前髪をくしゃくしゃっと撫でました。
撫でたくなりますよね、その髪。
「とりあえず乗って。説明は送っていきがてら聞かせてもらうから」
「あ、あのっ!」
鎧戸君を抱きかかえようとしたササキ先生を止める。
今動かすのは、マズいです。
「その……コードが……」
隣に立つオタケ君を見ながら、ササキ先生の耳に小声で囁きかけます。
「ん? ぅおっ!? 人がいた!」
わたしの視線を追ってオタケ君を発見し、びっくりするササキ先生。
気付いてなかったんですか?
というか、オタケ君が緊張のあまり置き物のように大人しくなってしまっています。
直立過ぎるくらいに直立不動で、木彫りのくるみ割り人形のようです。
「あ……っ」
と、ササキ先生がこちらに視線を向け、軽く頬を引きつらせました。
……? なんでしょう?
「え~っと、はじめまして、……よね?」
「はい! ご無沙汰しております、ササキ先生! 診療の際はいつもお世話になっています!」
オタケ君が直角に腰を曲げて頭を下げると、ササキ先生は「あちゃ~」と手のひらでまぶたを覆いました。
ササキ先生に診療でお世話になっているということは…………
「オタケ君も、体電症患者なんですか?」
びっくりです。
その事実にもびっくりですけれど、バレないようにというササキ先生の気遣いにも気付かずに自分で暴露してしまったオタケ君のうっかりさ加減にもびっくりです。
「オタケ君『も』……? 『も』ということは、まさか、高名瀬も体電症なのか?」
「…………あっ」
そして何より、自分のうっかりさ加減に一番びっくりですよ、わたし!?
「あはは……まぁ、ね。そういう話はまた後日、日を改めてしましょう。そうだなぁ……じゃあ、明日の午前中にウチに集まれる? 事情を詳しく聞きたいし、今後のことも話がしたい。二人のご家族にはあたしから話をするから。ね?」
「せ、先生のご自宅に!?」
「まぁ、シュウの家に来るくらいの軽い気持ちでおいでよ」
「は、はいっ! 是非、お邪魔させていただきます!」
オタケ君、白いタキシードとか着てこないといいけれど……
「あ、そうだ、オタケ君」
「なんだ、高名瀬♪」
嬉しさが溢れ過ぎて、言葉が踊ってますよ、オタケ君。
「その……戸塚さんに、連絡しておいてくれませんか?」
きっと心配かけてしまっているだろうし、明日の朝登校しないと、不安がらせてしまうかもしれないから。
「すまん。戸塚の連絡先を知らんのだ」
「そんなわけなくないですか!? きっと教わっているはずなのでよく調べてください!」
あれだけアピールしていて、連絡先を渡していないワケがないと思いますよ。
スマホのアドレスにきっと保存されているはずです!
「ん? あ、あったあった。よく分かったな。さすがだ、魔王」
いえ、むしろ、魔王様とは無縁の、女子の恋愛観的に考えた結果思い至ったことですよ。
帰納的推理とも呼べない、分かりきった推測です。
「それじゃ、レン君。ちょっと向こうでChainしてくれる? しばらくの間、こっち見ちゃダメよ☆」
「は、はい! 見ません!」
こちらに背を向け、オタケ君がスマホを物凄い勢いで操作し始めました。
効果抜群ですね、ササキ先生のウィンク。
「純情な男心を弄んでませんか?」
「あはは~、気持ちは嬉しいんだけど、さすがに年齢がねぇ~」
あらら。
オタケ君の気持ち、ササキ先生には筒抜けのようです。
それで、軽くあしらわれているようですね。
……戸塚さん、まだチャンスはなくなってないかもしれませんよ。
「じゃ、コード引っ込めるから、シュウのお尻出して」
「ご自分でなさってください!」
くすくすと笑うササキ先生。
……からかってますね。
「ありがとね、シュウを守ってくれて」
背を向けたわたしに、ササキ先生の呟きが届きました。
「いえ、守られたのはわたしの方で――」
振り返り反論しようとしたわたしの胸元に、ササキ先生の指先が突きつけられました。
「ボタン、かけちがえてる」
指摘されて初めて気付きました。
一段ズレてました。
「使ってくれたんでしょ、コンセント。ありがとね」
この世界でわたしだけのために発せられたような囁き声は、わたしの耳を撫でて胸の奥へと浸透し、ぽかぽかと温かい気持ちを運んできてくれました。
「当然です」
だって、姫は騎士の身を案じるものですから。
――とは、恥ずかしくて口にはしませんけれど。
あとがき
おかげさまで、『彼女と僕の口外法度』
100話目です!
\(≧▽≦)/
ここまで読んでくださりありがとうございます!
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