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未経験歓迎・日払い可!王都防衛のタイミー軍

作者: あしらーと

王都アルファルドの空は、不吉な赤みを帯びていた。地平線の向こうには灰色の雲が湧き立ち、それは敵軍十万の進軍によって巻き上げられた塵と砂煙だった。

城壁の見張り台から、その光景を恐怖に満ちた目で眺めていた若い兵士が、震える手で角笛を取り上げた。彼の頬は土気色で、制服の襟元から汗が滴っていた。

「敵襲だ!敵襲だぁーーっ!」

角笛の響きが王都の上空を切り裂くと、街は一瞬にして騒然となった。

王宮の中庭では、金ピカの甲冑をまとった将軍が部下たちに向かって怒鳴り散らしていた。しわがれた声と共に飛び散る唾が、朝日に照らされて輝いている。

「防衛線を張れ!城門を固めろ!どうした、動きが遅いぞ!」

側近の一人が将軍に駆け寄り、額に浮かぶ汗を袖で拭いながら報告した。

「将軍、貴族たちが続々と北の山道から逃げ出しています。荷車に財宝を山積みにして…」

将軍の顔が見る見るうちに赤くなった。その眉毛は怒りで不自然なほど上へと跳ね上がっていた。

「くそっ、貴族どもは皆逃げたのか!卑怯者め!」

城内の広場では、緊急招集された民兵たちが右往左往していた。鎧の着け方も知らないような素人ばかり。ある者は剣を持つ手が震え、別の者はひざをガクガク震わせながら小声で祈りを捧げていた。

「い、いくら何でも十万の敵軍なんて無理だって…」 「俺には妻と子どもがいるんだ…どうすれば…」 「もうダメだぁー!!生きて帰れないよぉー!!」

パニックに陥った男が地面に崩れ落ち、泣き叫ぶ。その絶望的な叫び声が、他の兵士たちの不安をさらに煽り立てていた。


混乱が最高潮に達したその時、城門前に奇妙な光景が広がっていた。

先頭を歩く短髪の青年は、親指でスマホの画面をスクロールしながら城門に近づいた。そしてその後ろには、様々な年齢や体格の男女が、整然と並んでいた。

城門の前で立ち止まると、青年は画面から目を離し、笑顔で門番に声をかけた。声は明るく弾むような、典型的な接客トーンだった。

「こんにちはー。タイミーから来ましたー。えっと、"王都城門前防衛スタッフ(未経験可・日払い)"で応募したんですけど」

門番は目を丸くして、口をパクパクさせた。彼の脳は、目の前の光景を処理しきれていないようだった。

「!?誰だお前たちは!?」

青年は答えた。「タイミーの求人から応募しました佐藤と申します。後ろの人たちも同じ求人で来たみたいです。」

彼は周囲を見回し、やや困惑した表情を浮かべた。「あの、業務マニュアルはありますか?初めてなので、手順を確認したいんですけど」


王国最大の危機において、王都が死守を命じた防衛線を任されたのは、求人アプリ『タイミー』で緊急募集された即戦力、らしい何かだった。

彼らの陣容は実に多彩で実に多種多様な人材が集まっていた。ただ、全員、今日限りのバイトだった。それだけが共通点だった。

「勤務時間は16:00まで、業務内容は"城門の防衛"ですね、わかりました。」

「制服貸与ってありましたがどこにありますか?」

「困ったらこの衛兵さんに聞けばいいんですね。」

青年らはサクサクと仕事の準備を整えていった。


10:28——

敵軍の先遣隊が城門に到達した。

黒い鎧に身を包んだ敵の斥候部隊が、警戒しながら城門に近づいてくる。彼らの目には、軽装の人々が城門を守っている奇妙な光景が映っていた。

「いらっしゃいませー!」誰かが明るい声で言った。まるでレストランに新しい客が入ってきたことを知らせるかのようなトーンだった。

先頭の敵兵士が剣を抜き、怒号を上げながら突進してきた。

コンビニのレジの経験者は淡々と呪文を唱えた。「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます。申し訳ございませんが、こちらの城門はただいま通行止めとなっております」

引っ越しバイトの経験者の男が巨大な斧を軽々と持ち上げた。「重たい荷物はこちらでお持ちします!」と言いながら、敵の盾を両断した。

最初の青年は剣を軽く構え、指示を出した。「みなさん、接客の基本を忘れないでください。笑顔、挨拶、そして業務マニュアルの遵守です」

敵兵は混乱していた。目の前の防衛隊が何者なのか見当もつかない。規律正しく整然と戦う彼らは、傭兵にしては統率が取れすぎているし、正規軍にしては装備があまりにも軽装だった。


12:15——

敵軍の本隊が到着し、王都を包囲した。

「敵軍が突破しようとしている!もう無理だ、撤退せよ!」王都の将軍が後方から叫んだ。

青年は冷静に答えた。「……マニュアルに撤退の記載はありませんでしたよ?」

「えっ?」

彼は静かに剣を構え直した。その目には揺るぎない決意が宿っていた。汗で濡れた前髪を払いのけながら、淡々と言葉を続けた。

「引き継ぎで言われました。"この門は通すな"って。それが業務内容です。ちゃんとメモしてます」彼はポケットからスマホを取り出し、メモアプリの画面を示した。

将軍は言葉を失った。「そ、そんな……!」

敵の大軍が押し寄せる中、タイミー騎士団は一歩も引かずに応戦し続けた。将軍は彼らの背中を見ながら、感動と困惑が入り混じった表情を浮かべていた。

「君たち!なぜそこまで……!?」

青年が肩越しに答えた。

「求人に書いてありました。"16時まで"って。それまでは頑張ります。タイミーなので」

彼の言葉には不思議な重みがあった。単なるバイトなのに、まるで騎士の誓いのような響きを持っていた。


14:32——

戦況は激化していた。城壁の一部が崩れ、敵の魔導師たちが魔導弾を降り注いでいる。空は黒い雲に覆われ、炎と煙が王都の上空を埋め尽くしていた。

最前線で盾を掲げ続けるタイミー騎士団。彼らの制服は血と汗でべっとりと濡れ、盾には無数の矢が刺さっていた。呼吸は荒く、顔は疲労で青ざめていたが、その目だけは決意に満ちていた。

王都の兵士が青年の側に這うようにして近づいてきた。

「お、おい……もう限界じゃないのか……?」

青年は苦しそうに息をつきながらも、腕時計を確認した。その文字盤は汚れていたが、時刻ははっきりと読み取れた。

「いえ……まだ14:32なので……あと1時間28分あります……」

兵士は信じられない表情を浮かべた。「う、うそだろ……!」

青年はかすかに微笑んだ。「タイミーには……評判システムがあるんです。星五つ……期待してます」

魔導弾の爆発が二人の会話を遮った。青年は兵士を庇うように盾を構え直し、再び戦場へと向かっていった。


15:59——

王都アルファルドは炎に包まれていた。城壁は崩れ落ち、敵軍が各所から侵入を始めていた。

だが、中央城門だけは、ひとつも敵を通さなかった。

その門の前には、疲労困憊ながらも直立するタイミー騎士団の姿があった。彼らの制服は破れ、体は傷だらけだったが、揺るぎない誇りがその背筋を支えていた。

青年は腕時計を見つめ、カウントダウンを始めた。 「5、4、3、2、1……」

16:00——

「16時になったので、失礼します」

青年は静かに剣を鞘に収め、ポケットから取り出したタイムカードをピッとタッチした。石の表面が青く光り、勤務終了を記録する。

彼の顔には疲労の色が濃いものの、仕事を全うした満足感が浮かんでいた。他のメンバーも同様に、次々とタイムカードにタッチしていく。

敵将は目を見開き、信じられない光景を眺めていた。「待て!お前たちはどこへ行く!戦いはまだ終わっていないぞ!」

青年は丁寧に答えた。「申し訳ありません。私たちの勤務時間は16時までとなっております。次のシフトの方がいらっしゃるかもしれませんので、お問い合わせください」

そして、タイミー騎士団は整然と城門を後にした。彼らの背中には、今日一日の戦いの傷跡と誇りが刻まれていた。



一週間後、王都は大規模な修復工事が始まっていた。敵軍は撤退し、平和が戻りつつあった。

王は宮殿の謁見の間で、タイミー騎士団の功績を讃える式典を開いた。金色の冠をかぶった王は、厳かな声で宣言した。

「諸君らの勇気と献身なくして、我が王国は滅亡していたであろう。よって、タイミー騎士団全員に爵位と土地を与え、さらに"正社員登用"を打診する!」

だが、誰ひとりとして応募する者はいなかった。

なぜなら――


「すみません、別の案件入ってるんで」


全員が、そう答えたからである。

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