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第八章「アホになって盛り上がれ」①

 ベルトリン地区を見学した日から数日後、私は休日のジェマニの研究室に来ていた。


 「来客が来ていると聞いていたが、博士じゃなくて君の方が来ていたのか」


 関係者専用の扉から出てきたのは、ルーナさんだった。


 「ユイレシカから何か伝言かな?」


 そう思うのも無理はない。この人からすれば私はただの付き人で、私個人がルーナさんに用事があるとは思っていなかっただろう。それでも、今日は大事な用事があってきている。


 「いえ、私がルーナさんに教わりたい事があり、お邪魔しました。ルーナさんは休日も研究所にいると聞いていたので」


 ルーナさんは、「ふむ」と少し考えた上で、「少し座って休めるところに行こうか」と中を案内してくれることになった。


 白く長い廊下には、分厚い鉄の扉が等間隔で並んでおり、中の様子を見ることも、何に使われている部屋なのかも知ることが出来なかった。私は人生で初めて入る魔法研究所に少し気持ちが浮つきつつも、これからする質問を頭の中で整理していた。



 「ここならいいか」と小さく呟くとルーナさんは、部屋の中に案内してくれた。机と座り心地の良い椅子が4つ用意されただけの簡素な部屋だった。


 「わざわざ休日に来るってことは、ゆっくり聞きたいんだろう?アイツには黙ってきたのか?」  


 マルゼーグのガウルさんしかり、研究者たち人の心を読むのが好きなのだろうか?それともせっかちなのか。私としては話が早くて助かると思う一方で、頭の回転が速い相手に畏怖を感じていた。


 「お察しの通り博士には黙ってきました。今、博士が行っている研究について教えてほしいと思っています」


 ふぅー、と長い溜息をついたルーナさんは話し方を選んでいるようだった。


 「結論から言うと何も知らないんだ、悪いね」


 ですよね。と言う感じだった。ルーナさんは博士と再会したのは博士が中央魔法研究所を去って以来だったようだし、上司部下の関係ではあるが、夢や野望を語る中ではなかったのだろう。


 「ただ、あいつが考えそうなことはなんとなく分かる気がする」


 ルーナさんのこの発言だけで、私の中の嫌な想像が輪郭を持ち始めた。その感覚から逃げるように私は少し遠回しな質問をしていた。


 「博士がルーナさんの部下として過ごされた3年間では、どんな研究をされていたんですか?どんな関係だったのか知りたいです」


 ルーナさんは『それを知ってどうするつもりだ』とは言わなかった。ゆっくり、言葉を選びながら話をしてくれた。


 「知っての通り、ただの上司と部下の関係でしかないよ。あいつが中央魔法研究所に入って1年ほどたった頃、学生時代に禁術を作った天才が活躍していると聞いてね」


 禁術……やはりあれの事だろう。当然、ルーナさんも知っていたようだ。


 「それで俺が直接声をかけたんだ、俺のプロジェクトを手伝って欲しいとね」


 「そこからすぐに俺の部下になって、数週間もすれば曲者ぞろいのチームにも溶け込んで、軌道に乗り始めたのを覚えている。あいつは人と仲良くなるのが上手なんだ」


 「上司と言うのは具体的に何をするのでしょう?博士の相談を受けるという感じでしょうか?」


 研究者の仕事はあまり上下関係があるという認識が無かった。


 「口では『相談デス』と良く言っていたけどね。どちらかというとアイツの中で道筋が決まっていて、俺がどんなリアクションをするのか、確かめに来ているような感じだったよ」


 「分からないから・困っているから教えてほしい。と言う感じでは無くね。あくまで判断材料の一つのような接し方だったな。今でも変わらないな」


 「ほとんど自分の力で進めてしまっていたという感じでしょうか?」


 相手を判断材料の一つとして扱う。これは私がこれまで博士と過ごしてきた中でも感じたことだ。誰よりも自分に自信があるくせに、最後は人の反応を見たくなってしまう。研究者の頃から同じだったようだ。


 「技術的な話で言うとそうだね。ただ、アイツは組織学、あぁ、細胞学とは別のね。組織として人が動く時、どんなルールを設計すればいいか、どんな評価制度をつくるとどうなるのか。そんな話ばかり興味をもって俺に聞いていたよ」


 「ルール設計・・・ですか」


 「その通りだ。どんなルールを作って、どんな罰を設定して、どんな報酬を設定すると人はどう動くのか。そんな話をよく飯を食いながらしていた。俺からすればあいつは魔法の研究者ではなくて制度設計の研究者だったよ」



 「なる……ほど、ありがとうございます。魔法の研究の方は何の研究をされていたんですか?」


 私の知らない博士の側面が見えた気がした。少なくとも、当時の博士はこの『ルールと人の動き』に興味を持っていたようだ。それはそれとして、研究所時代の魔法の内容も聞いておく。



 「そうだな……再帰という言葉はわかるか?」


 「すいません、あまり聞きなれない言葉です」


 「一言で表すなら、『ある物事が部分的にそれ自身によって定義されている』という状況を指す」


 はぁ、と我ながら気の抜けた返事をすると、ルーナさんは少し笑って話を続けてくれた。


 「そうだな、例えば君が自分の部屋を掃除する時、その『掃除の大変さ』は何によって決まると思う?」


 「え、はい。どのくらい散らかっているかによると思います」


 「その通り。じゃあ『どのくらい散らかっているか』は、何によって決まると思う?一日でどのくらい散らかるかは一定だとして、だ」


 「最後にいつ、どのくらい掃除をしたか。ですか?」


 「その通り。基本的にはこの理解で良い。『今日の掃除の大変さ』は『昨日どれだけ掃除したか』によって決まるし、『昨日の掃除の大変さ』は『一昨日どのくらい掃除したか』によって決まるわけだ」


 「これが全貌ではないけれど、再帰と言う概念の一例だと思ってくれ。具体的に魔法の話をすると、『一つ以上前に呼び出した魔法を呼び出す魔法』の研究をしていた」


 「『一つ以上前に呼び出した魔法を呼び出す魔法』……ですか?」


 「あぁ、例えば炎の魔法を使った後に俺たちが作った術式を使えば炎が出るし、氷の魔法を使った後に使えば、氷が出るという事だな。この時、用意される術式は全く同じということがポイントだ」


 「なんとなくわかりました。ありがとうございます。ただ、この研究は何に役立てようとしたのでしょうか」


 「ははは、それはこれから決まるところだ。もっというとここまでの話は、研究者間では公表されている話なんだけど、この先は完全に機密事項だね」


 『とはいえ、今の話も君のような一般人が聞くのはグレーなんだけど』とルーナさんは私に聞こえるようにつぶやいていた。



 「まぁこんなところだね、他に聞きたいことは?」


 「いいえ」と短く答え、ありがとうございます。私は頭を下げた。


 その後は博士の近況の話や、私が付き人になった経緯。マルゼーグでガウルさんと博士がどんな話をしていたかを話した。ルーナさんがしきりに「アイツが楽しそうならそれでいいけど」としきりに言っていたのが印象的だった。


 研究者の入り口まで戻り、ありがとうございました。と深々と頭を下げ、最後の質問をした。



 「博士が正午にこだわるのは昔からですか?」



 「正午?何の話だ?」



 「いえ、なんでもありません」



 私が答えるとルーナさんは少し困った顔をした後に、「それじゃ」と研究室に戻って行った。


 帰り道、私は聞きたいことが全て聞けたという達成感と一緒に迫っている不安を無視せずにはいられなかった。


 マルゼーグで聞いた『術式を発生させる術式』、『一つ以上前に呼び出した魔法を呼び出す魔法』、そして『博士が使う禁術』これらを差し置いて博士が研究している『術式を使わない魔法の研究』すべてがパズルのように組みあがっていた。


 宿に向かう。私が鳴らす足音が速くなる。今、私が抱えている疑問を全て博士にぶつければ彼女は答えてくれるのだろうか?それともはぐらかすのだろうか。


 前を歩く人を追い越し、宿がどんどん近くなる。彼女は「期間は1年ほど」と言っていた。時間はまだあるはずだが、焦る気持ちが心臓の鼓動を早くする。


 アクトンの地下に張られた小さな張り紙を思い出す。博士が書いたあの求人、私が『博士に何を求められているのか』。それが分かり始めていた。




 「おかえりデス、レイン。どこに行っていたのです?今日は休みなのでスタジアムに行ってみましょうか。この国では昔からサッカーが盛り上がっているんデス」


 宿につき、部屋に入ると博士はいつも通りの姿、いつもの口調で話しかけてくれる。まるで、私の心の中を見透かした上で、「お互い、いつも通り過ごそうか」と呼び掛けているようだった。


 「いいですね、スタジアムの食べ物は、前から興味がありました」


 私がどこに行っていたかは聞く様子はない。今この人に詰め寄っても相手にしてもらえないだろう。

タイミングは必ず用意されている。そう信じて私は博士の2つの提案に乗ることにした。

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