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第四章「人に禁術を向けるな」①

 アレクさんと会って最初の週末、私達はアレクさんの自宅に向かっていた。マルゼーグから少し離れたその街は、中心部の繁華街とは異なる上品で治安のよい住宅街の雰囲気をまとっており、この街で過ごすアレクさん夫婦の育ちの良さを私は肌で感じていた。


 アレクさんの妻の名はメイラと言い、アレクさんと同じ名門大学を出て今の会社で働いているそうだ。アレクさんの話では、メイラさんは本来社交的で明るい性格だと聞いているが、トラブルに悩む今、どうなっているかわからない。


 何でも屋をしている旅人の私達を招き入れる判断をしたということは、何か相談か報告があるのだろう。招き入れておいて「話すことは何もない」とはならないはずだった。


 「着きましたね」博士はそういうとノータイムでアレクさん宅の扉をノックした。躊躇いが無い。


 「はい!」


 出てきたのは女性。この人こそメイラさんだった。私の頭の中ではてっきり、眠れない日を過ごしてやつれた姿を想像していたので、元気そうなその姿に少し安堵する。


 「アレクさんのご紹介で伺いました。本日はお時間を頂きありがとうございます」


 私が自己紹介をしようとすると、メイラさんは先に家の中に招き入れてくれる。家に入る時、博士が周囲を警戒して見まわしている姿を見て、この人が扉をノックすることに躊躇いが無いのではなく、相談者が家に訪れているのを『何か』に見られないようにしていたということに遅れて気が付いた。


 私達はリビングにまで案内される。綺麗に片づけられた家の中には、夫婦の旅行の思い出や二人の趣味の品が良いバランスで飾られていて、部屋全体の雰囲気からも彼らの仲の良い夫婦像を感じていた。リビングに座っていたアレクさんが立ち上がり、私達に頭を下げる。それに応じるように私と博士が頭を下げると、椅子に座るように案内してもらった。



 「改めまして、お招き頂きありがとうございます。私はレインと申します。こちらのユイレシカ博士の助手をしています」


 メイラさんが頭を下げると、笑顔で自己紹介を始めてくれた。その後はこの街の印象、ガウルさんが紹介してくれたお店の料理がおいしかったこと、そんな雑談をしていた。


 少しの沈黙の後、本題の話を始めてくれたのはアレクさんだった。


 「実は、お二人に相談したことを妻に伝えた後、彼女の悩みの原因を教えてもらったんです。今日はその上でご相談したいと思いお呼びさせていただきました」


 なんと。てっきり女性3人で話を聞きだすところかと思い、頭でシミュレーションをしていたが不要だったようだ。


 「そうでしたか、早速デスがお悩みされている理由をお伺いしても・・・よろしいでしょうか?」

 相手の方を伺いながら博士が問いかける。


 「端的に話すと、妻の友人がわけのわからない男と揉めていまして、妻が会社帰りにその男に詰め寄られた、というのが8月・・・」


 少し機嫌が悪そうに話すアレクさん。わけのわからない男に迷惑している、といった事だろうか。アレクさんが正確な日付を思い出そうとすると、


 「30日」


メイラさんが補足する。私はその日付を一応メモすることにした。


 「そうそう、8月30日にその男に絡まれたそうです」


 何から聞こうか悩んでいると先に博士が質問を始める。


 「絡まれる。とは具体的にどんな感じだったのでしょう?もちろん、話せる範囲でお願いしマス」


 メイラさんの方を見て博士が問いかける。


 「ハル・・・私の友人です。そのハルを一体どこに匿っているんだと詰め寄られました。男は酒に酔っていて、私の腕をつかんできました。その時は周囲の人が止めてくれてそのまま逃げ帰ったのですが・・・」


 「それは、怖い思いをしましたね・・・」


 聞きたいことが増えていく。つまり、その友人ハルさんと男が揉めており、ハルさんが蒸発したことを皮切りに、男が血眼になってハルさんを探している。その過程でとばっちり受けたのがメイラさんという事だろうか。


 「聞きたいことがいくつかあるので質問ばかりになる事を先に謝っておきマス。端的に事実を教えていただければ大丈夫です。必ず力になりマス」


 そう力強く伝えると、メイラさんは頷く。外見だけ見るとちょっと胸が大きいダブルツインテールの女の子(年下)のはずだったか、その落ち着きと中央魔法研究所の肩書は相手を信頼させている様子だった。



 「まず現在の方について教えてください。お二人はハルさんの行方を知っているんですか?」


 アレクさんはメイラさんの方に目を向ける。「いいえ」と端的にメイラさんが答える。


 「最後にハルさんとお会いしたのは?」


 「8月…ちょっと待ってください」というと手帳を確認する。「8月24日です。休みの日に一緒に食事をしました」


 「メイラさんはその男と面識があるということですよね?その男について教えてください」


 「一度だけあったことがあります。その男…の名前は知らないのですが、ハルの現在の恋人のはずです。ハルと一緒にご飯を食べた日の帰り道、数分だけ紹介されました」


 なるほど。私は状況を理解していく。


 「どんな印象の人でしたか?」


 「少し、いえ、かなりガラの悪い男性。という印象です。私達よりも10個以上年上だと思います。どうやら女性が接待するような酒場を繁華街に作った…と言っていました。ハルもそこで働かされていたそうです」



 博士が私の方を見てくる。『いや、私がその酒場で働いて潜入捜査をする路線は勘弁してほしい』という意味を込めて私は小さく首を横に振った。『えぇ~(ガッカリ)』という博士の心の中の声が聞こえてくるようだった。


 「ありがとうございます。その男についてワタシ達に他に何か伝えておくことはありますか…?」


 メイラさんは少し沈黙した後、言葉を続ける。


 「ハルはその男に暴力を受けていた…と思います。実際に男が私に詰め寄った時も『お前もボコボコにするぞ』と言っていました。理性のない、危険な人だと思います」



 博士がまた私の方を見てくる。『半グレ1人ならレインは楽勝デスよね?』という目線だと察して、『楽勝です』と私は小さく頷く。


 「アレクさんに相談しなかったのは、アレクさんがその男に接触することになると危険だから、ですかね?警察に連絡をしなかったのは、連絡をしても現段階では全く動いてくれないから、という考えデスか…」


 メイラさんは頷く。


 「はい、その通りです。警察がその男に接触でもしたら、男が逆上してなおさら私の身に危険があると思いました」


 うんうん、と博士は頷く。そして、ふぅと一息ついて話し始める。


 「正直、このまま何もしなくても風化していく可能性はあると思います。でもそれだとハルさんがどうなるかわからない。なので、お二人はなるべく穏便に事態を収束したい。認識はあっていますか?」


 「お願いする立場で恐縮ですが、その通りです」


 「具体的にどうなる形が好ましいか、教えていただけますか?」


 「あの男と…ハルの縁が切れることが好ましいです。なるべく穏便に、可能であれば再び会うことが無いような形で…」


 友人のことを思うメイラさんの気持ちが痛いほど伝わってきた。私も同じ意見だ。とはいえ、現状では警察に突き出すこともできないし、まさか博士が男を改心させることもないだろう。その他の方法は…男の執着心を別の女性に向ける、とかだろうか。その矛先を私にするプランだけは勘弁してほしいが…これは少々自意識過剰な考え方だろうか。



 「お気持ちは理解しました。ワタシ達が勝手に何かを始めることはないのでご安心クダサイ。何かする時は必ずアレクさんに一言伝えマス。その上で、もう少し情報が欲しいと思っていまして、そこで二つ協力してほしいデス」


 「一つ目はハルさんの所在を知っている人が思い当れば教えてクダサイ。ハルさんのご両親や、他の友人などデス」


 「二つ目は、後日アレクさんとメイラさんお一人ずつ。ハルさんと出会った時の事から、これまでの関係についてゆっくり教えていただけませんか?」


 出会った頃からこれまでの話…?そこは何かこの事件と関係があるのだろうか?博士の考えていることはよくわからない。


 そうするとアレクさんが答える。


 「はい、二つとも承知しました。2つ目は、今日じゃなくて良いんですか?」


 「はい、少し準備をするので」


 準備?アレクさんの言う通り、今日聞いてしまえば良いと思うのだが、この内容も私にはわからない。

 「一つ目の質問には心当たりがあります。今更ですが、ハルは私と妻の大学からの付き合いでして、そのころからハルと仲良くしているジルという友人がいます。ジルは危なっかしいハルの面倒をみているようなやつで、彼なら今ハルがどこで何をしているかを知っているはずです」


 「ありがとうございます。では、お二人の昔の話を数日後聞いたのち、そのジルさんを紹介してクダサイ」


 そう言って私達は解散することとなった。




 アレクさんの家を出た私は、「外では話しにくいので部屋に戻ってからにしましょうか」と博士に呼びかけると、博士が「うんうん」と頷き、続けて私に問いかける。


 「レインって、結構自意識過剰デスよね?」


 「な、何を急におっしゃいますか。ソンナコトナイデスヨ」



 この魔法使い、魔法無しでも相手の頭の中を覗いてくるようだ。


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