第三章「なんでも屋、始めました。」③
宿のオーナーが私の部屋を訪れたのは、私に対して来客が来ている事を知らせるためだった。私は部屋を出て宿の受付前に行くと、20代後半に見える若い男性が立っていた。
「初めまして!ニックと言います。私達の仕事に興味を持ってくれてありがとうございます」明るく、優しい表情で一回り年下の私に丁寧に接してくれた。
「レインです、お時間を頂きありがとうございます」
「ノースアクトンを首席で卒業した女性がいるとは噂で聞いたことがありましたが、ハハハ、こんなに綺麗な人だったとは」
「早速ですが近くのカフェでお話をさせていただけませんか?」
是非、と返事をして私はニックとカフェに向かう。その道中で仕事の状況を教えてくれた。この街で訓練学校を創設するにあたり、カリキュラムや予算を整理しているフェーズにいる彼らは、実際にノースアクトンではどんな訓練していたかを聞きたい様子だった。それから、実際に現場の様子を見て、想定される問題を一緒に考えて欲しいとのことだった。
カフェに着くともう一人女性が居た。彼女はニックの秘書のような仕事をしているらしい。私は心の中で「付き人って大変ですよね」と声をかける。
私達は、椅子に腰かけ「早速ですが自己紹介を」というニックの言葉を皮切りに、仕事の話を始める。
「レイン・クーハクです。3年前にノースアクトン軍事訓練学校を首席で卒業しています。今は理由が
あって知人と旅をしていますが、魔物の討伐の経験は豊富なつもりです」
私は続けて、彼らが聞きたいであろう言葉を並べる。
「私が経験した範囲であれば、『どんな場所でどんな訓練をしていたか』、『射撃訓練がどれくらいの頻度で、どの程度行われるのか』、『人数から逆算してかかる費用』の検討などはお力になれると思います」
「その一方で、軍での経験はありません。なので、学校で教える規律やマインドがどうあるべきか、この観点ではあまりお役に立てることはないと思います」
私の経歴を書いた紙を見ながら全く問題ない、という頷きを見せてくれた。
「今度はこちらの番ですね、改めて初めまして。私は~」
彼らは元軍人の起業家ということだった。偶然見つかった出資者から資金と場所をもらうことで事業は始まり、来年4月から始める学校の細かな設計を進めているのだが、第三者の目線でその内容の妥当性を検証したいという思いがあったそうだ。
その後、この1か月間で私が具体的に何をするかという話をすることになった。どうやら、学校のカリキュラムの担当、経理担当、設備担当、そして責任者のニックそれぞれと1週間ずつ行動を共にして、ノースアクトンとの差異を感じたら、それを指摘しつつ、修正案を形にしていくという役割が私の主な仕事になるようだ。
説明も明快で段取りの良いニックに出会えて幸いだった。私のここでの仕事は円滑に始まった。
昔話も兼ねてノースアクトンの話をしたあと、私の弓の話になった。
「この時代でも弓を使われるんですね。あ、気を悪くされたらごめんなさい。弓士の方とは初めて会ったので」
火薬を使った武器が生まれてから何十年、何百年とたっている今、わざわざ弓を使う者は少ない。
「私の家は先祖代々弓を扱う一家でして。そこで引き継がれてきた魔道具を使った弓を使います」
「魔道具、ですか」
めずらしい物の登場に目を輝かせてニックは反応する。
「はい、魔物から採れる魔石を持っていれば、魔法術式が組み込まれたこの籠手を通じて魔力で矢が生成されます」
「是非見てみたい!それは銃よりも強力なものですか?」
「威力はどうでしょう、これからの時代では追い付かれるかもしれませんね。ただし、弾の装填がなく、天候も選ぶこともありません」
「ただ、魔法は矢を生成するだけなので、音速で矢が飛んでいく、とか動く的にも必ず命中する、といったありがたい能力はありません」
「もしよろしければ、私達の学校となる場所でお見せしてください!皆にも貴重な経験になると思います」
自分の力を見せびらかすのはカッコ悪い。どこかのクアッドテールがそんな事を言っていた気がする。今回は仕事上の仕方がないので例外です。と、私はその場にいない博士に対して言い訳をしていた。