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第3話 1

 ――気づくと、わたしは狭い筒の中のような所に寝かされていました。


 とは言っても、身体の下にある感触はこれまで体験した事がないほどに柔らかく、まるでわたしを包み込むような心地よいものです。


「……ここは?」


 そう呟くと、それに反応したように、目の前で曲線を描く屋根部分が左右に割れて開いていきます。


 上体を起こすと、そこはわたしが横たわっていた医療ポッドがあるだけの狭い部屋でした。


 セイノーツ家でわたしに与えられた部屋と変わらないくらいの広さです。


 恐らくは出入り口であろうドアには、ドアノブなど無くて――スライド式の自動ドアなのだとわかります。


「……医療ポッド? それに……自動ドア?」


 自分の思考に違和感を感じ、わたしは首をひねりました。


 ――と、そこへ。


 ドアがスライドして、メイド服姿のステラがやって来ました。


「――おはようございます。ご主人様!」


 森ではそのまま背中に流していた綺麗な銀髪は、今は丁寧に編み込まれてリボンで結わえられています。


「ステラ――お、おはようございます。

 あの、ここは?」


「覚えてらっしゃいませんか?

 私に名付けられた後、ご主人様は倒れられたんですよ。

 なので、お休み頂くために仮拠点を造りました。

 よほどお疲れだったのでしょう。

 あの日から一週間ほど経っております」


 それからステラは、わたしが座る医療ポッドに歩み寄り、コンソールを操作してわたしの状況を確認します。


「コンソール?」


 またわたしの思考が変です。


 知らない言葉なのに、ごく自然にステラがなにをしようとしているのか、わかってしまうのです。


「――あの! ステラ! わたしなにか変です!」


 怖くなってそう告げると、ステラは微笑みを浮かべて首を振りました。


「変じゃありませんよ。

 私の用途をご理解頂く為、せっかくなので促成教育を施させて頂きました。

 今のご主人様には、大銀河帝国の上級士官レベルの知識があることになりますね!」


「ちょっ! ちょっと待って! よくわからない!」


 いえ、わかってしまう……わかってしまうからこそ、落ち着いていられない。


 大銀河帝国の決戦兵器であるステラによって、わたしは彼女を扱えるだけの知識を眠っている間に植え付けられたということです。


「――中世風(ファンタジー)レベルの文明水準しかなかったご主人様にとっては、急に詰め込まれた知識に違和感を覚えるかもしれませんが、まあそのうち慣れますよ。

 そういうものです!」


「ええぇぇぇ……」


 自信満々で請け負うステラに、わたしは思わず呻いてしまいました。


 悪気がないだけにタチが悪いと思います。


「そんな事より、です!」


 ステラはわたしの手を取って立ち上がらせると、部屋の外に向かいました。


 森を切り拓いた一角に、無造作に置かれた直方体――簡易医務室。


 大銀河帝国兵のサバイバルキットの一つなのだと、植え付けられた知識が教えてくれます。


「ささ、こっちですよ。ご主人様!」


 と、ステラはわたしの手を引いて森に足を向けます。


「え? ここが拠点なのでは? どこに行くのです?」


「これはあくまで緊急用の仮拠点です。

 <万能機(オーバードールズ)>たるこの私ステラは、ご主人様がお休みになっている間に、しっかりきっかり拠点を構築していたのです!」


 小柄な身体にしては豊かな胸を張って、ステラはそう告げました。


 そうして歩くことしばし。


 再びわたしは違和感を感じます。


「ねえ、ステラ。おかしいわ。わたしこんなに歩いてるのに、まるで疲れないの……」


 いつもならお屋敷の掃除だけで、息があがってたはずです。


 学園での教室移動でも、いつも汗をかきながら移動していたものです。


 だというのに、今は十分以上――それも歩きにくい森の中を歩き続けているというのに、まるで疲れを感じません。


 それどころか息すら上がってないのです!


「あ、お気づきになられました~?」


 ステラはいたずらっ子めいた表情を浮かべて、わたしに振り返りました。


「いえね、ご主人様ってば純貴種(ハイソーサロイド)――それも戦斗騎の遺伝血統なのに、育ってきた環境の所為で通常のソーサロイドより貧弱じゃないですか~?」


 ――純貴種(ハイソーサロイド)


 既知人類圏に生きる人々――ソーサロイドの上位種で、主に貴族階級が属する人種。


 特に戦斗騎は戦闘特化の特別種属に当たる。


 植え付けられた知識が、まるで注釈のようにステラの言葉に解説を付け加えていきます。


「先日、男に襲われてた件もありますし――基本的には私が守りますけど、それも絶対じゃありません!

 例えば万が一の時! 私が不在ないざという時に、このままじゃ危ないと私は思ったのですよ!

 ……なのでっ!」


 ステラは身を乗り出して、わたしに力説します。


「医療ポッドを使って、ご主人様の肉体改造を行いました!」


「――はぁっ!?」


「いえ、そんな驚く事じゃないですよ?

 本来の戦斗騎としての遺伝情報の多くが休眠状態にあったので、活性化しただけです。

 あとはそれに合わせて適切な肉体を再構築――」


「――再構築っ!?」


 いえ、わかります!


 わかってしまうのです!


 大銀河帝国兵は、時にはミンチ状態になってさえ、遺伝子情報から肉体を再構築できるのだと――ステラの世界ではそれが当たり前なのだと、わかりはするのですが、それがわたしに施されたとなると、平静ではいられません。


 わたしの中で、ふたつの常識がせめぎ合っているのです!


 そんなわたしの気持ちなどお構いなしに、ステラは笑顔で続けます。


「何分、専用の機器ではなかった為、現在のご主人様は戦斗騎の一割――せいぜいが大銀河帝国士官程度の肉体強度しか出せていませんが……」


「……大銀河帝国下士官兵一個小隊を単独撃破できる戦闘力……」


「まあ、このステラに任せておいてください。落ち着き次第、本格的な肉体促成器を建造して、戦斗騎の肉体を取り戻してみせます!」


 ……完全に善意からの言葉でした。


 そうすることでわたしに褒めてもらえるのだと、微塵も疑っていないキラキラとした目をしています。


「え、ええ。ありがとう、ステラ……」


 その思いを踏み躙るなんてわたしにはできず、そう答えて彼女に微笑むしかできませんでした。


 やがて森が途切れて。


「――えええぇぇぇぇっ!?」


 そこに広がっていた光景に、わたしは思わず驚きの声をあげてしまったのです。


 森の中に――お城が建てられていました。

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