エピローグ
『――ドクター・スカーレット。申し訳ありませんが、今、お時間よろしいですか?』
不意に開いたホロウィンドウに、あたしは目を通していた紙媒体の論文から顔を上げる。
映し出されているのは、あたしの秘書をしているフォースの顔だった。
銀色の髪に碧の瞳。
失くしたあの子達をベースに生み出された、万能メイド型機属の初期ロット。
汎銀河大戦の終結にも寄与した高性能機の彼女達は、いまや<万能なる九機>と謳われている。
――フォースは、その四番機。
「珍しいね。君が時間外に声をかけてくるなんて」
古文翻訳用メガネを机に置いて、あたしは首を傾げる。
几帳面な彼女は、あたしだけじゃなく自分のスケジュール管理にも正確無比で、特にあたしの仕事中には、滅多に声をかけてくる事はなかった。
『それが……少々判断できかねる事態が発生しまして……』
そう告げる彼女の脇から、ひょこりと銀髪を持ったぬいぐるみのような顔が飛び出す。
『――まだこんな時間稼ぎするですか~? 良いからアイシャ先生出せって~んですよ~!』
金色の瞳をくりくりと動かし、指のない手でホロウィンドウを叩くぬいぐるみ。
――アイシャ先生。
呼ばれなくなって久しいその名に、あたしは思わず目を見開いた。
『あ、こら~! 抱き上げるなです~! アイシャ先生に会わせろ~』
フォースの腕の中で暴れるぬいぐるみは、デフォルメされているけれど、確かにあの子の面影があって。
「――うそ……でしょう?」
かすれる声で、思わず呟く。
『この通りでして。この研究室への転送鍵は、限られた者しか知らないはずなのに、この子はどうやって来たのか……
いや、そもそもどうやって直通<転送器>を見つけたのやら……』
普段の彼女の彼女からは考えられないほど、フォースは困惑の表情を浮かべて狼狽えている。
突発状況への対処は、フォースは苦手なのよね。
その辺りの柔軟対応は、八番機――エイトの得意分野だ。
一方、その胸に抱かれたぬいぐるみは、得意げに胸を張って。
『ふふん。ポートの位置は以前のままだったのです~。
さすがに三百年経ってるので破損してましたが、この<万能機>の子機端末たるイオナにかかれば、秒で修理完了なのですよ~! 秒です、秒~!』
今度こそあたしは席を立って、部屋を飛び出した。
廊下を駆けて、フォースとあのぬいぐるみ――イオナのいる応接室へと向かう。
ああ、こんな事ならもっと普段から運動しておけばよかった。
息があがって、胸が痛い。
目指す部屋の前に辿り着くと、ドアがスライドするのを待つのももどかしく、身体を滑り込ませたわ。
「――どっち!? あなたはアルファとオメガどっちの……いいえ、その金色の目……あなたの主機はアルファね?」
「――ド、ドクター!?」
フォースの前で、こんなにも取り乱した事なんてなかったものね。
彼女は驚きの表情を浮かべて、抱いていたイオナを腕から取りこぼした。
「ああ、あなたがアイシャ先生でしたか~。
……お顔、変えられました~?」
口元に手を当て、小首を傾げるイオナ。
あたしは呼吸を整え、ソファに身体を沈める。
「ええ。戦後、ちょっと厄介な連中に目を付けられちゃってね……」
この既知人類圏に、<三女神>に次ぐ神を生み出し、それを崇めて人類を従えようとする組織――<邪神>教団。
彼らは人類会議に<邪神>認定された<万能機>の、その開発者を次々に拉致して、新たな<邪神>を生み出そうとしているわ。
あたしもそのひとりだから何度も狙われて、面倒だから顔を変えたのよね。
この研究室にここ二十年引き篭もっているのも、念には念を入れてよ。
「それより! アルファはどうしてるの!? なぜあなたを寄越したの?」
ああ、次々と訊きたい事が湧き出して来て、口が追いつかない。
「まあ、落ち着くですよ~」
と、イオナはあたしの対面のソファに座り、順を追って説明を始める。
東部辺境――既知人類圏の端の端にある惑星に流れ着いた事。
そこは第二七未知領域調査艦隊の生き残りが開拓した惑星で。
どうやら終戦を知らないあの子は、そこで遭遇した新種のEX-Tの情報を人類に届ける為に、イオナを派遣したらしい。
「――あんな目にあったのに……あの子はまだ人類の為に……動いてくれたのね……」
「ド、ドクター……ああ、どうしたら……」
あたしの涙を見るのも初めてだものね。
フォースがおたおたと両手を宙に彷徨わせる。
「――これが新種のデータです~。上位統括体が夜なべしてまとめたので~、人類の生存に役立てて欲しいのです~」
その言葉と共に、ローカル・スフィアを通して外部記憶領域に流れ込んでくるデータ群。
あたしはそれに目を通して……息を呑んだ。
「……フォース、君も読んでみて……」
データへのアクセス権限をフォースのローカルスフィアに転送。
実際に<大戦>に参加した、彼女の意見が聞きたかった。
「――バイオ系獣騎への憑依!? それだけじゃない……ユニバーサル・スフィアを介しての人属への憑依まで!? しかも眷属器が進化し、世界設定規約違反まで引き起こしたなんて……」
あたしが知る限り、<大戦>中でも確認されていない事象例ばかりだわ。
だからこそ、フォースの意見が聞きたかった。
「……ドクター……これが本当なら……」
普段は努めて無表情を装うフォースが、顔を青ざめさせていた。
「……我々が<既知人類圏>にかけた<聖約>は、いずれ破られる事になります……」
「あたしも同じ見解だわ。そうなれば……いずれ第二次汎銀河大戦勃発ね……」
人類の総力を結集して造られた、既知人類圏を覆う大結界――<聖約>。
それはEX-Tを<既知人類圏>から押し返し、<大戦>を終結に導いたわ。
そして戦後の今、人類は再びその版図を拡大すべく、<聖約>の向こうの開拓を始めている。
けれど、このアルファのデータが真実ならば、いずれEX-T達は、そういった開拓者達に取り憑き、<聖約>を超えてくる恐れがあるということだ。
「ああ、アルファ……あなたはやっぱり<邪神>なんかじゃなく、新たな女神だったのよ……」
少なくともまだ開拓者達から、そういった事象の報告は上がっていない。
なら、まだ対処は間に合うということよ。
「フォース、すぐにこのデータを賢者委員会に送付して。隠居してる連中にも忘れずに!」
あの連中なら、きっとイカれた対処を導き出すはずだわ。
あたしの言葉にフォースはうなずき、すぐに実行する。
「ありがとう、イオナ。あなたが来てくれたお陰で、人類は救われるわ!」
「いえいえです~。イオナ達は大銀河帝国が誇る<万能機>なのです~。
人類の生存は、ご主人様の安全にも繋がるので、頑張って帝国まで飛んで来たのですよ~」
イオナはそう告げて、アルファがオメガによくそうしていたように、得意げに胸を反らしたわ。
それから彼女は思い出したように手を打ち合わせ。
「あと、アイシャ先生に上位統括体から私信なのです~」
と、イオナはあたしに向けてホロウィンドウを開く。
そこに映し出されたのは、最後に別れた時のままのアルファで。
『――拝啓、棄てられた地より……お母さんへ』
目を伏せて呟いた彼女が、その金色の瞳を開く。
『お元気でしょうか――なぁんて、あなたには不要な言葉でしょうね。
他のジジババ同様、あなたもきっとしぶとく生き長らえてると信じて、イオナを送り出します』
「ああ……アルファ……」
涙が止まらない。
あの子が棄てられるのを止められなかったあたしを……いまでも母と呼んでくれているなんて……
『<大戦>がどうなったかは知りませんが、今回入手したEX-Tの情報は、きっと人類の為になると信じています。
――お母さんとジジババどもなら、役立てられるでしょう?』
「ええ、ええっ!」
録画映像なのはわかっている。それでもあたしは応えずにいられなかったわ。
両手で口元を覆って、あたしはうなずく。
『なので、戦況の方はあまり心配してなかったりするんですよね……』
アルファは苦笑し、それから照れ臭そうにその身をひねる。
『今日、この私信を用意したのは、ご報告があるからです』
そうして彼女は真っ直ぐにこちらを見て、それからまるで花が綻ぶような、綺麗な笑みを浮かべたわ。
『――私、ご主人様に出会えましたよっ!』
……ああ、この事象を誰に感謝したら良いの!?
<三女神>? それとも世界法則に?
「いいえ、違うわね……」
あたしは決意を込めて呟き、ソファから立ち上がる。
「――ドクター?」
フォースが怪訝そうにあたしを首を傾げた。
「――フォース、船の用意を!」
「え?」
「君も一緒に行くよ! あの子に――君のお姉ちゃんに会いに!」
そうよ。真に感謝すべきは、神や世界なんて形而上の概念存在なんかじゃない。
アルファがご主人様と呼ぶその人は――
アルファがこうして、まだ生きて笑えているという事は――
きっと、あのメッセージを――アルファの|ローカル・スフィア消失の刹那に再生されるアレを見て……なお、彼女を受け入れてくれたんだろう。
アルファがリアクターに選ぶ人物が|ローカル・スフィア消失したアルファを再構築させるかどうかは、正直賭けだったわ。
アルファに施した|ローカル・スフィア消失刻印は、万が一にもロクでもない人物がリアクターとなってしまった場合を考えての対処だった。
そんな人物でないのなら――あの子を真に受け入れ、あの子が仕えるに相応しい人ならば、きっと手に入れた量子転換炉で、アルファを再構築するだろう、という――あたし達の祈りを、願いを、希望を込めた……世界法則に対する挑戦と言い換えても良い。
そして、あの子はそれに見事に勝利してみせた!
「アイシャ先生、来るです~? なら道案内は任せて欲しいです~」
イオナはすっかり乗り気ね。
『それと――』
アルファの私信がまだ続いている事に気づき、あたしはホロウィンドウに視線を戻す。
『私、ご主人様に名前をもらいました!
今の私はステラです!
――リーリア・リリステラが誇る<万能機>、ステラなんですよ、お母さん!』
「……そう、なのね……」
そのあまりにも幸せそうな表情に、思わずあたしはホロウィンドウに手を伸ばし、映像の中のあの子を撫でる。
今すぐにでも飛んで行って、あの子を抱きしめてあげたい。
頑張ったねと、褒めてあげたいわ!
でも――<境界の女神>によって、人類は光速を克服したとはいえ、恒星間転送路の通じていない領域への道のりは遠い。
超空間航行で一月以上の長旅になるだろう。
それでも――
どうせ隠居の引き篭もりを決め込んだ身だ。
久々に旅に出るのも良いだろう。
「――今、会いに行くからね。ステラっ!」
彼女がもらったその名を呼んで、あたしは旅行支度に取り掛かる。
――棄てられたあの子が辿り着き、そして希望を見出した、その地を目指して!
以上で、本作は完結となります。
ここまでお付き合い頂き、心から感謝を!
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本編はここでいったん終了となりますが、読者様の反応が良ければ、第二部を開始したいと思ってます。
繰り返しになりますが、ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました!




