第10話 6
設置しておいた<転送器>に燐光を放ち、それらが像を結んで三人の人物を構築する。
――セイノーツ一家。
ご主人様の人生を歪めた、その原因。
彼らは――追放された事によるものか、それともご主人様の力を目の当たりにしたからか――意識を失っている夫人をそのままに、父親と娘は呆然として地面にへたり込んだまま、目の前に立つ私を見上げている。
「――さて、この南の果ての地へようこそ。セイノーツ一家」
私は両手を広げて彼らに告げる。
ここはこの星の人類居住領域となっている大陸の最南端にある島。
大佐殿を含めた魔王を名乗る三人――この星に現存する純貴種の共同実験場跡地で、その為か独自進化した多くの攻性生物――魔獣が跋扈している魔境でもある。
「私はステラ。ご主人様――リーリア様の仕える者です。
まあ、アンタらには守護竜って言った方がわかりやすいのでしょうが……」
私の名乗りに、彼らは困惑の表情を浮かべる。
「――ワ、ワシらをどうするつもりだ!?」
父親――グラーリオが縋るように問いかけて来たから、私は肩を竦めて見せる。
「別になにも。ここに送られて来た時点で、刑の執行は済んでますしね。
私がここに居るのは――ここでの生き方を説明する為です」
本当は<転送器>を設置する為という目的もあったのだが、それを彼らに説明する必用はない。
「こ、ここで? 本当にここで生きて行けというのか!?」
周囲を見回して、叫ぶグラーリオ。
辺りは鬱蒼と茂った森林で、焦るのはわからないでもない。
中世風貴族として生きて来た彼らにとって、身一つで放置されるのは死ねと言われるのと同義だろう。
――それをご主人様にやろうとしたクセに……
そんな個人的な怒りは押し殺す。
「――来なさい」
下手に会話をしたら、せっかく押し込めた怒りが溢れ出しそうで、私は努めて事務的に告げると、木々を切り拓いて作った道へと足を向ける。
歩き出した私に、セイノーツ父娘は怯えながらも黙ってついて来た。
――意識を失って倒れたままの母親を放置して。
この二人の人間性がよくわかる行動だ。
この辺りの魔獣は駆除済みだし、彼らが一日で巡れる活動範囲には防衛装置を設置してあるから、あのままでも危険はないのだろうが……そんな情報を持っていないのに、家族を未知の領域に放置できる彼らの心境が理解できない。
……私ならそんな事はしない。
妹を――そして、かつて母と呼んだあの人を思い出して、再び怒りが湧き出しそうになる。
「っとに! アンタ達はっ!」
私は取って返して、地面に伏したままの夫人を抱き上げる。
「家族でしょうに! なんで放置なんて……そんな事ができるんです!?」
怒鳴る私に――
「つ、ついて来いと……」
グラーリオが視線を逸して呟き。
「こ、この手でどうしろって言うのよ!」
クレリアが先を失くした左手を突き出して反論した。
あ~、ホント、イライラする!
手を失くしたのは自業自得だというのに、もう被害者面で同情を引く理由にしている。
「――トーナ! 来なさい!」
そう呼べば、道の向こうからツナギ姿の汎用端末器がやって来る。
「はい、お呼びです~?」
コテンと頭を傾げるトーナに、私は顎をしゃくってクラリアを示した。
「見せしめも済んだことですし、手を治してやりなさい。アレを言い訳にサボられたら、アンタも迷惑でしょう?」
「ですですね~」
うなずいたトーナは、腰に巻いたポシェットから再生薬を取り出して、クレリアの手に振りかけた。
「ああ……手が……」
みるみる肉芽が盛り上がり、再生して行く左手を見て、クレリアは歓喜の涙を流す。
それでも礼すら言わないのだから呆れ果てるしかない。
本当にコイツはご主人様の血縁なのかと、疑わしく思えてしまうほどだ。
「――行きますよ」
再び事務的に告げて、母親を抱えた私は道を進み始めた。
やがて辿り着いたのは小さな集落。
アルマーク王国の辺境にある開拓村をモデルにして、私が造り上げたものだ。
「ここを用意したのは、ご主人様の最後の慈悲です」
集落の入り口で、私はセイノーツ父娘に告げる。
家を、井戸を、生活用品を用意し、開墾済みの畑まで用意してやった。
収穫まで食いつなぐ為の食料も倉庫に積み上げてある。
……本当のところは。
フェルノードやロザリアは、セイノーツ一家をただ放置する事を望んでいた。
ご主人様のお母様――アリア様を身ひとつで追い出したのだから、自分達も同じ境遇を味わうべきだと。
ご主人様もそれを追認して。
けれど、その表情が暗く曇っていたのを、私は見逃さなかった。
主人の心情を察し、その御心を叶えてこそ仕える者。
私はこの島にトーナとご主人様に名付けられた汎用端末器一〇七号を派遣し、開拓を命じていたのだ。
「ここでの暮らし方は、このトーナに教わりなさい。
真面目に働けば、死ぬことはないはずです」
淡々と告げる私に、グラーリオは顔を青くする。
「ワ、ワシに畑を耕せと!?」
「できなきゃ死ぬだけです。
――苦しいらしいですよ? 餓死ってのは……」
実際に体験した前線引き揚げ兵が語っていたのだから間違いない。
「そ、そんな……」
へたり込むグラーリオ。
「働くの楽しいですよ~?」
トーナが不思議そうに口元に手を当てながら首を傾げる。
「まあ、なにもアンタらだけでとは言いません。
後日、アンタらの係累――セイノーツ家一族もこちらに送りますので、仲良くやって行きなさいな」
そうなるよう、フェルノードが今頃アルマーク王国と交渉しているはずだ。
これ以上、ウチと事を構えたくないアルマークは全面的に受け入れるだろう。
なにせ国庫がないアルマークは、いまやあらゆる物資をウチからの輸入――という名目の長期貸付に頼らざるを得ないのだから。
実質、もはやアルマーク王国は、ウチの属国のようなものだ。
「アンタらがご主人様にして来た仕打ちを省みなさいな……
それでも、この集落を用意した、ご主人様の気持ちを考えなさい。
ホントなら、アンタらなんて処刑すれば済むはずなんですよ?
でも、ご主人様はそうせず……追放で済ましたんです」
「と、当然でしょっ!? あたしだって、リカルド様がアイツを処刑しないよう……追放にするように言ってやったわ!」
手を治してやった事で気が大きくなっているのか、クレリアがそう言い放った。
「……伝わらないものですね……」
こんなのを相手に、ずっと生きて来たご主人様のご苦労が忍ばれる。
「まあ、どう考えようと状況は変わりませんのでご自由に。
……ただひとつだけ……」
私は背中に羽根を広げながら、ため息混じりに続ける。
「……それでも家族だから……
ご主人様はそう言って、もしアンタらが今日、騒動を起こさなければ見逃すよう、みんなを説得してたんですよ」
セイノーツ父娘の表情が困惑に染まる。
本来ならば主人の心を代弁するのは、仕える者としては烏滸がましいのだろうが……私はその究極として生み出された万能機だ。
あの方の心に寄り添い、それを守る事こそ私の存在意義。
「……家族になりたいと……ご主人様がそう願っていた事を、アンタらは少し考えるべきです。
――では、もう会う事もないでしょうが、無事を祈ってますよ。
……トーナ、あとを頼みます」
そうして私は空に駆け上がり、大気を突き破って一気に音速まで加速する。
きっと優しいあの方は今、自身の行いに心を痛めているはずだ。
「――今行きますよ! ご主人様っ!」
あの方が嘆く時……その涙を止めるのは、いつだって私でありたい。
――だから。
私は星の瞬く夜空を、一心不乱に駆け抜ける。




