第8話 9
――塔?
最初に思ったのはそれだった。
大穴の底から、ものすごい勢いで巨大な――城の尖塔のようなものが迫り上がって来て。
「――ご主人様っ!!」
ステラがわたしを庇うように身を回し、わたしも回避の為に宙を蹴った。
なのに――
――見えていたのに!
気づくとわたしはステラと共に王都の空を吹き飛ばされて、城壁に突っ込んでいた。
「――いったいなにが起きて……」
崩れ落ちた城壁瓦礫から這い出して、わたしは王城跡の方を見上げる。
「……なんなの、あれ……」
わたしは思わず呻いた。
王城のあった大穴から、鉛色の甲殻を持った巨大な蟲が這い出て来ようとしていたわ。
見えているだけでも、王城と同じくらいに大きな――鉛色をした巨体。
「……アレが本来の……中型眷属器ですよ……
……クソッ……<女神の唱歌>影響下でも事象改変できるのですか……」
と、背後から、妙にくぐもったステラの声がかけられて、振り向いたわたしは思わず言葉を失った。
「――ステラっ!?」
思わず駆け寄って、彼女を支える。
ステラは――わたしを庇った所為で、ボロボロになっていた。
右腕が二の腕から先が千切れていて、白い液体を滴らせている。
左足も膝から下がなかった。
本来なら可愛らしい笑みをいつも浮かべている顔は、半分が抉れて銀色の素地を覗かせていた。
「……ご無事のようで……ご主人様……さすが覚醒前とはいえ……ハイソーサロイドですねぇ……」
「ステラが守ってくれたからでしょう!? ああ、そんなになってまでわたしを庇うなんて……」
思わず涙ぐむわたしに――
「……それこそが私の役目ですから……でも、舐めプが過ぎたようです……お陰でこのザマですよ……」
ステラは痛みなんて感じてないかのように残った顔に微笑を浮かべる。
「……それよりご主人様……いよいよ正念場です……ヤツは……EX-Tは、受肉したリカルドという身体を捨てて、眠っていた本来の身体を使うことにしたようです……」
わたしに支えられながら、ステラはいまや空にそびえるほどに巨大な姿を晒している眷属器を見上げる。
「……恐らく、使い慣れない新しい身体では……同種と見なしたご主人様と私に勝てないと考えたのでしょうね……
……ほら、私も使い慣れない愛玩躯体で、ハナロミに負けたでしょう? アレと一緒です……」
「――良いから! 今、ロザリアのところに連れて行くから!」
と、わたしはステラを抱えあげようと身を屈ませて――ステラに遮られた。
「……ご主人様、今はそれよりすることがあります……」
そうしてステラはホロウィンドウを開き、ゾル様へと繋げる。
ホロウィンドウに映ったゾル様は、ステラの惨状を目の当たりにしてわずかに顔をしかめて。
『――おう、ステラ……ずいぶんとやられたようだな?』
「……大佐殿、いまは軽口を返す余裕がありません……生存者の退避状況は?」
『チビメイド達が大型車両でピストン輸送してくれてるから、続々と集まって来てる。
もうちょい集まったら転移させるつもりだ』
ゾル様の言葉に、ステラはわずかに目を伏せた。
「……間に合いませんね……作戦変更です……
生存者の護衛は汎用端末器にさせます……
……大佐殿は、アレの相手をして時間を稼いでください」
『……時間を稼ぐだけで良いんだな? 受肉したのを滅ぼすだけならともかく、目覚めた眷属器なんざ、俺ひとりじゃどうにもできんぞ?』
……ハイソーサロイドとして目覚めているゾル様でも、アレはどうしようもないというの?
ゾル様の返事に目を見開くわたしを安心させるように、ステラは残った左手でわたしの肩を強く抱いた。
「……その為のご主人様です。
今から私は……ご主人様に最後の戦闘促成教育を施します……」
そうしてステラはわたしを見つめる。
「――ちょっ? ステラ!? 最後って!?」
戸惑うわたしを留めて、ステラはホロウィンドウの中のゾル様を見つめる。
『あ~、おまえがそう言うなら、勝算があるってこったな?』
「ええ、ご主人様ならきっと……」
ステラの言葉にゾル様は頭を掻いてうなずき、その頭部をバイオスーツで覆わせた。
『――保障できるのは三分だ。それ以上は俺もどうなるかわからん』
「……上等……ですよ……」
ホロウィンドウが閉じられて。
南門の方から、漆黒の影が物凄い勢いで飛び出して、王都の空を駆け抜けた。
轟音が遅れて響き、さらに激突音が眷属器から響く。
這い出ようとしていた眷属器の鉛色の巨体が、大きく揺らぐ。
「……すごい……」
わたしの呟きを聞きつけて、ステラが微笑みを浮かべる。
「あれが……北天闘士……それも覚醒したハイソーサロイド――戦斗騎の力です。
ですが、それでも……アームもウェポンもない生身である以上……せいぜいが時間稼ぎしかできないでしょう……」
ステラの言葉が示すように、眷属器が持つ尖塔サイズの前脚が振るわれて、ゾル様が空高く跳ね上げられる。
ゾル様は結界を張って無事のようだけれど、眷属器には最初の攻撃で損傷を与えられたようには見えなかった。
「……本当はこんな鉄火場なんかじゃなく、もっとロマンチックなシチュエーションでと考えていたのですけどねぇ……」
ステラが小さく呟き。
「……でも、危機の中でというのも、アリと言えばアリですか……」
そううなずいたステラは、わたしの顔を覗き込む。
「……ご主人様……大銀河帝国が誇る<万能機>たる私には……様々な機能が搭載されております……」
残った左手でわたしの頬を撫でて、ステラは小首を傾げた。
「その中で、もっとも特殊なものとして……本来ならば帝国議会と……皇帝陛下の承認を得て行使できる機能があるのですが……今、そのプロテクトを破壊しました……」
途端、ステラから……
『――皇帝特権の違法行使を確認しました。本機は三分後に爆破処理されます』
ステラの声ではない、ひどく抑揚のない女声が発せられた。
「……チッ! 基幹刻印に偽装して……抑制機能が残されてましたか……」
「――ステラ!? 爆破処理って!?」
驚いて彼女にすがりつくわたしに――
「……ご主人様、時間がなくなりました。
これからご主人様を帝国騎士にします。それが私がリアクターたるご主人様にのみ使える奥の手です」
ステラは微笑んで、わたしを抱き寄せる。
『――本機はまもなく爆破処理されます。友軍各位はただちに退避行動を取ってください』
抑揚のない女声が、冷徹に告げる。
「……ねえ、ご主人様……この冷たい世界にはね、揺るがしようのない法則がいくつもあって……私はずっとそれは……どうしようもないものだと思っていたのですよ……
偶然の積み重ねによって至る必然――運命もそのひとつで……でも……だからこそ私はご主人様に出会えたのだと……そんな考えに固執した世界観規定設定理論者だったわけですが……」
――ふ、と。
ステラは吐息とも思える微かな笑みを漏らして。
「……こと、ここに至っては……それを打ち破る真逆の理論……幸運度偏向理論に宗旨変えしようと思うのですよ……」
ステラの顔が、わたしに近づく。
「……これは……ご主人様が私にくれた、とっておきの魔法……
あなたが……私を私にしてくれたから使えるようになった……祝福の唄です……」
ステラの目が閉じられて。
「……目覚めてもたらせ……<流星竜機>……」
その囁きと共に、唇が重ねられた。
途端、温かいなにかがわたしに流れ込んできて、胸の奥の魔導器官を満たしていく。
視界に――無数の光の紋様が浮き上がり、身体の力が抜けた。
左手が焼けるように熱い。
『――本機爆破処理まで残り1分です。周囲の友軍各位はただちに退避してください』
ステラは虚脱して自由にならないわたしの身体をゆっくりと地面に座らせて、頬を撫でる。
「……大好きですよ。ご主人様……」
「……ステ……ラ?」
なんとか口を動かして、彼女の名前を呼ぶ。
「……きっとまた、呼んでくださいね……」
と、ステラは背中に虹色の紋様が描かれた翼を生やして、宙に浮かび上がる。
「……きっとですよ?」
そう言い残して。
ステラは眷属器目掛けて空へと駆け上がった。
「――ステラっ!」
わたしは自由にならない身体に渾身の力を込めて、彼女の名前を叫ぶ。
――直後。
眷属器の巨体に紅蓮の火柱が立ち昇った。
「……うそ……でしょう?」
ひどく現実感のない光景に、目の前が真っ白になる。
そして……意識が遠のいていく――
ここまでが8話となります。
いよいよ次回がラストバトル!
爆破されてしまったステラ、そしてそれにショックを受けるリーリアがどうなるのか!
どうぞ最後までお付き合いくださいませ~
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