第8話 6
ホロウィンドウの中、スカーの騎体が 四体の魔物に飛びかかられた。
「――ああ、もうっ!
これ、疲れるから、やりたくないんですけどねぇ!」
叫びながら、私はローカル・スフィアを響かせて、ユニバーサル・スフィアに接続。
リカルドに――EX-Tによって汚染されたリージョン・コラムを避けて、私はスカーの騎体の合一器官を目指す。
スカーはすでに、ご主人様の中で大事な家族となっている。
つまりは私が守るべき対象の一人ということ。
さっきのポジの時は、突然過ぎて対処ができなかったけれど、スカーの場合はまだ間に合う。
――ちょっとどきなさいっ!
そう告げてスカーの意識を押しのけ、私は合一器官にローカル・スフィアを接続する。
――目を開く。
途端、装甲に張り付いた魔物達の不快な感触が伝わってくる。
どうやら従来の眷属同様、こいつらも攻撃する時だけは、存在確率を確定させる性質を持つらしい。
「――アンタら、よく見ておくんですよ! 非常時のこいつらとの戦い方です!」
そう騎体の中のスカーや周囲の騎士達に声を張り上げ。
「――あ、姐さんっ!?」
驚く騎士達をよそに、私は両手首に内蔵された短剣を射出させて両手に握らせる。
魔物の一体が、やたら発達した牙から涎を垂らしながら、胸部装甲に噛みつこうとした瞬間を見計らって――
「――クッ!」
ローカル・スフィアに走る、痛みを強制的にカット。
短剣の切っ先は魔物の背中を縦に割って、騎体に深く突き刺さる。
「――ギャアアァァァァッッッ!?」
下卑た哄笑をあげていた魔物の声が、断末魔へと変わる。
思わぬ反撃に、他の三体の魔物は騎体から離れて、周囲の瓦礫の上に飛び移った。
短剣を装甲から引き抜いてひと振りすれば、魔物は形を失い、黒い粘液質となって地面にべしゃりとへばり付く。
どうやら<騒臓>を、最後まで守ろうとする性質を持っているようだ。
ならば、この粘液質を消せば……
「――今です! 火を!」
「あ、あいさっ!」
私の指示に、騎士の一人が酒瓶を黒い粘液溜まりに投げつけ、別の騎士が魔法で着火する。
「――――ゲゲゲゲゲ…………っ」
火柱が上がって、粘液溜まりの表面に不気味に歪んだ口腔が現れ、悲鳴じみた声をあげたかと思うと、その喉の奥から鉛色をした拳大の歪な球体がせり上がって来た。
「――これが奴らの急所にして、この世界に存在さしめている物質、<騒臓>!
これを壊せばっ!」
私は右腕を振り上げ、露出した<騒臓>に短剣を叩き込んだ。
「ギイイイイィィィィ――――ッッッ!!」
硝子を金属で引っ掻いたような不快な音が辺りに響き渡る。
騎士達は顔をしかめつつも、残る三体を警戒している。
どうやら、差し迫った危機はさったようだ。
「――どうです? 簡単でしょう?」
私の言葉に、騎士達は苦笑。
「要するに団長に噛みつかせて、その隙にみんなでボコれば良いんでしょう?」
「ええ。理解の早い子には2ステラポイントあげましょう。
そんなワケでスカー。やり方は理解しましたね?」
騎体の中で、スカーもまた笑ったようだ。
「痛みに耐えるのは慣れてる。なにより生身の奴にはやらせられねえ役目だしな」
「ま、この手はあくまで最終手段ですよ。
もうじき、普通にあいつらをボコれるようになります。それまでなんとか耐えなさい」
「――了解」
スカーが応じたのを確認し、私は騎体との合一を解除する。
――目を開く。
私の常用躯体は、ご主人様に抱きかかえられていた。
「おっと役得です」
思わずそんな軽口を叩くと、ご主人様は苦笑。
「いきなり倒れそうになるから、びっくりしたよ。
かと思ったら、スカーの騎体からステラの声がするし」
「ちょっとアイツらに、戦い方を教えてやろうと思いましてね
――まるハゲ、モヒカン。アンタらにも伝達しておきます」
と、ご主人様に応えながら、私はたった今入手したばかりの戦闘データを編集し、ユニバーサル・スフィアを経由して、まるハゲとモヒカンの隊の騎士達のローカル・スフィアに伝達する。
これで二人の隊も、同じ手法を使えるだろう。
『ぐっ……他に手がないのなら……』
『――うえぇ、痛そうっスね』
幸い、二人はまだ魔物と遭遇していないようだ。
自傷しながらの反撃という戦術に、遠話で軽い口調で返してくる。
「その為のユニバーサル・アームでしょう?
死ぬわけじゃないんです。痛みくらい我慢なさい!」
『へ~い!』
まるハゲとモヒカンが応じるのを確認して、わたしは続いてロザリアを見る。
「――ロザリア、まもなくポジの身体が運ばれてきます。
真っ二つになった生グロ映像です。覚悟は良いですね?」
「え、ええ。再生薬を使って治すのですわよね。ま、任せておいてくださいませ!」
応じるロザリアを見て、私は彼女のバトルスーツに介入する。
初陣の為か、ロザリアは若干、興奮気味のようだ。
先日のご主人様もそうだった。
だから、私はバトルスーツの機能を遠隔操作して鎮静剤を投与する。
管理下ユニットのメンタル保護も、私の仕事のひとつだ。
「あ、あら?」
ロザリアは若干の違和感を感じたようだが、それが鎮静剤投与の為とは気づかない。
「ロザリアさま――っ!!」
と、ポジの身体を担いだ、スカー隊の隊員が路地を駆けて来る。
腸がこぼれないように、断面に布を巻かれているとはいえ、強い血臭が辺りに立ち込めた。
「――手伝うわ」
ご主人様もロザリアと並んでポジの身体を地面に横たえる。
フェルノード一家救出作戦以降、ご主人様の促成教育は帝国騎士課程に進んでいる。
当然、グロ耐性訓練も受けているので、このくらいではご主人様はもはや眉ひとつ動かさない。
にわかに慌ただしくなった本陣の中、私はローザに遠話を繋ぐ。
「――ローザ、時間がかかりすぎです。代わりなさい!」
『クッ! 申し訳ありませんわ。お願いします』
ローザが応じた直後に、私はローカル・スフィアをローザの躯体に直結する。
――目を開く。
ローザは城壁の上を東門へと向かって駆けているところだった。
私は自己進化機能を喚起して、ローザの躯体を改造して行く。
「――ん~、ローザほど強い個性があるのに、自己進化まで辿り着いてないのは、ちょっと面白いですね」
ハナロミのふたりは、個性を獲得した早い段階で、自己進化して躯体を改造していたようだ。
一方、ローザは個性を獲得できているのに、自己進化機能まで辿り着いていないのだ。
この差異の原因がどこにあるのか、余裕ができたら調べてみるのも良いかもしれない。
量子転換炉を使って、脚部を中心に構成素材から転換、進化させて行く。
ハナロミの改造データがあるから、ものの十秒で改造は完了する。
並行してローザの疑似人格に、ハナロミの躯体制御データを書き込んだ。
駆ける速度が飛躍的に向上する。
踏み込む足元が砕け散り、周囲に水蒸気の輪が散った。
「――さあ、あとはできますね? ローザ」
と、躯体を彼女に明け渡す。
――目を開く。
常用躯体に戻ったわたしに、ローザが遠話で応えた。
『――はい、お手数おかけしましたわ』
私の前に開いたホロウィンドウの中、ローザが東門に到達していた。
私は立ち上がり、両手を打ち合わせる。
「さあ、始めましょうか!」
ホロウィンドウの中で、いまや上位機と言っても差し支えのない、三人の汎用端末器達が強くうなずいた。
『――響くの~っ!』
西門の上にある鐘楼で、ロミが喚起詞を発する。
『――奏でなさいませっ!』
東門の鐘楼ではローザが。
『鳴り渡って~っ!』
そして、下町と貴族街を隔てる中央門の上、ハナが喚起詞を唄って。
それはソーサル・テクニックをほとんど使えない機属に与えられた、数少ない技術のひとつ。
『――永久の眠りより~』
ハナ、ロミ、ローザ、三人の声が重なる。
『目覚めてもたらせ~』
それは<三女神>のお姉様達の権能を代行する、機属だけに与えられた唄。
――すなわち。
『――<女神の唱歌>~っ!!』
三人が発した喚起詞と共に、世界が書き換えられていく。
『ア――――』
と、ハナが高音を唄い。
『フ――――』
ロミが低音域をカバー。
『ウ――――』
ローザがビブラートを交えて二人の唄に調和する。
――そして、世界がめくれ上がった。
EX-Tによって汚染されていた、このリージョンのユニバーサル・スフィアが一気に浄化されていく。
「――ステラ、これって!?」
世界の変化にいち早く気づいたご主人様が、私に訊ねて来る。
「――<女神の唱歌>だ」
と、私が応えるより先に、興奮気味に応えたのは大佐殿だ。
「さすが<万能機>!
普通は数十人規模の機属が、戦艦の制御コアを仲介して喚起するものを、単騎で実行しちまうんだからな!
――この唄を、力を、この三百年、俺達がどれほど求めていたか……」
ご主人様に応えながら、大佐殿は涙ぐんでいた。
この星がEX-Tに襲われた時、大佐殿達には<女神の唱歌>を使える規模の戦艦は残されておらず――恐らくは先程、私がスカー達に見せたような、自傷をともなう囮戦術を基礎として戦うしかなかったはず。
だからこそ、彼は万感の想いを込めて、そう告げたのだろう。
「ええ。この星の人類が怯えて過ごすのは、今日までです」
今、ハナ、ロミ、ローザが構築する<女神の唱歌>の下、EX-T達はその存在が確定され、この世界の法則に従わざるを得なくなっている。
もはや騎士達も魔物をぶっ飛ばせるはずだ。
「そして、教えてやりましょう。新種のEX-T……」
私はかつて王城のあった方を指差す。
このリージョン・コラムを掌握した今、ヤツの存在ははっきりと感じられる。
王城跡に空いた大穴の底だ。
「――おまえの天敵がここにいる、と」
ヤツにも届くよう、私はユニバーサル・スフィアに乗せて、そう強く言い放った。
「――野郎ども、待たせたな! 攻撃を開始する!」
大佐殿の宣言に、騎士達の鬨の声があがった。




