第8話 2
「――なんですのっ!? あの怪物達はっ!」
耐えかねたようにロザリアが悲鳴じみた声で叫んだ。
それは、黒い皮膚を持った人型をしていた。
まるでゾル様が纏っていたバイオスーツのようにも見える。
頭部はやたら発達した牙が並んだ大きな口と、デタラメに配置された目鼻がある。
黒い靄のようなものを周囲に纏ったそれらは、道に倒れた人々にたどたどしい足取りで近づくと、なんの躊躇もなくその発達した牙で噛みついた。
そんな光景が、映像の中のあちこちで繰り広げられている。
「――――ッ!!」
ロザリアが顔をそむける。
騎士団のみんなも、その異様な光景に顔を青ざめさせていた。
「……ステラ、これはどういうこと?」
先日のステラとゾル様の話の中に、こんな怪物の話は出てこなかった。
わたしの問いに、ステラは首を振る。
「申し訳ありません。これは私も初めて観測する事象です。
今回の個体独自の特性なのか――光学・質量解析によると、あの異形の形成物質はバイオスーツに近いようなのですが……どうも側だけでなく、中身まで同物質で構成されているようです」
と、ステラが説明する間にも、ホロウィンドウの映像に変化があったようで。
「――お嬢! 姐御! アレっ!」
モヒカンが示した方に、わたし達は視線を向ける。
倒れていた中年女性が、不意に地中から湧き上がった黒い靄に包まれたかと思うと、ブルブルと震え――振動して黒色の異形へと変貌していく。
「……肉体の再構成……再生器の応用?
あの靄が培養液の代わり?
……ヤツらは、こちらの技術を学んでいるという事なのか?」
ステラは映像を食い入るように見つめながら推論を呟いている。
「――あの異形は……元アルマークの国民だというの……?」
ロザリアが両手で口を押さえて、その場にへたり込んだ。
「……どういう原理、理屈かはわかりませんが、恐らくあの異形は人を原料にした新種の眷属器と認識して良いでしょう……
これがこちらの動揺を誘う為なのだとしたら、この敵は人の感情を理解しているという事になりますね……クソっ! やりにくい相手です!」
ステラもまた、難しい顔をして吐き捨てる。
――と、不意に。
映像がグルリとブレて、一人の男の顔が大映しになった。
「――リカルドっ!?」
わたしはその男の名前を呼んだ。
あいつは首から下を異形に似た身体に変化させていて、支えも無しに空に留まり、隠密探査器を鷲掴みにしていた。
風に金髪をなびかせ、青かった目を深紅に染めて、血走った目でこちらを覗き込み――
『――コレで見ているようだな。リーリアぁ? コレが発する雑音の先に、おまえの音を感じるぞ……』
ニタリと……そう、まるであの朝、わたしにすべてを告げた時のような顔で、リカルドは哂った。
「――チッ! 隠密探査器が捕獲されましたか。恐らくはコラム接点を嗅ぎつけられたのでしょう……」
ステラが舌打ちして、映像の中のリカルドを睨む。
『――見ろ! リーリア! |俺が手に入れた力をっ《おかげで器を得られたっ》!!』
リカルドの声が、不意に二重に聞こえる。
『アンドリューなどに奪われたこの国を、俺はこの力で取り返した!』
ピシリと、映像に亀裂が走る。
『――この力があれば、俺は世界の王にもなれるはずだっ!』
そのヒビ割れた映像の中で、リカルドは歪な笑みを浮かべた。
映像越しだというのに、リカルドが放つ異様な雰囲気――圧倒的な恐怖に、誰もが言葉を失う。
『だが、その前に……』
二重になっていたリカルドの声が重なって、奴は下卑た笑みを浮かべる。
べろりと舌舐めずりした。
静寂に包まれた謁見の間に、誰かが唾を呑み込んだ音が聞こえた。
『……まずはおまえだ。リーリア……』
そうリカルドが告げると、破砕音が響いて映像が途切れた。
「――隠密探査器沈黙。破壊されたようです」
ステラの重々しい報告に、謁見の間が静寂に包まれる。
誰もが、戸惑いと恐怖の色を隠せていなかった。
映像越しだというのに、リカルドは――身体だけじゃなく、魔道器官すら射竦めるような、圧倒的な恐怖を放っていた。
「……眷属器が人の身体を得たというのか?
ありえない。アイツらに餌を前に待てができるほどの知能が?
そもそもアイツらは本体の分体端末のはず……それが本体に成った上、人の身体を得た?」
ステラまでもが、険しい顔をして考え込んでしまっている。
――だから。
だからこそ……
わたしは玉座から勢い良く立ち上がる。
以前のわたしは……リカルドが真実を語ったあの朝は――わたしは恐怖に竦んで、なにもできなかった。
流されるだけのわたしは――孤独だったわたしは、恐怖も理不尽もすべて受け入れて、諦める事しか知らなかったわ。
でも、今は違う。
ステラも、ロザリアも、<黒熊の爪>のみんなや、汎用端末器のみんなが……傷ついていたわたしを癒やし、強く変えてくれた。
――だから。
みんなからもらった強さを、今見せなくてどうするのよ!
「――良いわ。やってやろうじゃないっ!」
謁見の間に集まった誰もが――ステラでさえもが、呆けたようにわたしを見たわ。
わたしは身体が震えだしそうなのを必死に隠して、声が震えないよう大声で続ける。
「どういう事かはわからないけど、敵はリカルドなんでしょう?
なら、予定が早まっただけだわ!」
元々、アイツには地獄を見せると予告済みだものっ!
国造りを優先させて周辺国を巻き込んだ上で、アルマークという国ごと追い詰めるというのが当初の予定だったけれど、予定通りに行きそうにないってだけよ!
みんなを見回して、わたしは必死に笑って見せた。
そして、尋ねる。
「敵は――リカルドになるなんて、魔法もどきだか心霊現象だか、よくわかんないコトを仕掛けてきたわ!
なら、わたし達のする事はひとつでしょう?」
ステラが、騎士団のみんなが……わたしの笑顔にツラれて、不器用な笑みを浮かべて、それでも応えるようにうなずいてくれる。
「……リーリア、あなた……」
涙を浮かべながら、ロザリアも微笑を浮かべてくれたわ。
わたしはみんなに拳を突き出す。
もう、恐怖に竦んで泣いて逃げ出す、弱虫なわたしなんていないわ!
それをみんなに見せるの!
強さを――立ち上がる勇気を、誰よりもわたしに与えてくれた、大好きなステラの言葉を借りて、わたしはみんなに告げる!
「――ジャンルの違いを見せつけるわよ!」
謁見の間に、みんなの返事が響いた。




