第7話 8
「――ゾル様、おはようございます」
そのテーブルに向かったわたしは、そう彼に挨拶した。
「ああ、おはようさん。随分と遅かったな?」
「え、ええ。その……ちょっといろいろありまして」
苦笑しながらそう答えると。
「あ~、ステラか。昨晩、ずいぶんと興奮してたもんなぁ……」
なにか思い当たる事でもあるのか、ゾル様も苦笑してそう言って。
「まあ、座れよ。一緒に食おうぜ」
「あ、はい。失礼します」
と、テーブルにトレイを置いたわたしは、ゾル様の前に並べられたトレイが三つある事に気づいた。
二つはすでに平らげられていて、ゾル様は残る最後のトレイに取り掛かろうとしている。
「エ、エイセットを三つですか!?」
思わず引きつった声で訊ねてしまう。
「おまえこそ、そんな量で足りるのか? 休眠因子が残ってるとはいえ戦斗騎だろう?」
「い、いえ。これでも今日は多いくらいで……」
「そうなのか? おまえ、そんな細いんだから、もっと食うべきだぞ」
と、ゾル様までオカミちゃんみたいな事を言い出したわ。
そんな細いかしら?
ステラが身体を再構築してくれたし、ここに来てからちゃんと食べてるし、運動もしているから、お屋敷にいた頃に比べたら、ずいぶんとお肉がついたつもりでいたんだけど。
「ん~、まあ俺も女性戦斗騎の食事量に詳しいわけじゃないから、よくわからんけどな。
俺は歳食って、朝からはそこまで食えないが……北天闘士なら、このサイズなら少なくとも五つは行くな」
「……お話だけで、お腹がいっぱいになりそうですね」
苦笑しながらそう応えると、ゾル様も笑ってくれた。
「まあいいや、食え食え」
「はい。いただきます」
わたしはいつものように両手を合わせて、それから食事を始める。
――と。
「それ……」
ゾル様はわずかに驚いたような表情を浮かべて、そう呟いた。
「あ、済みません。お母――母に教わった習慣なんです。
食材に――頂く命と、作ってくれた方に感謝を伝えてから食べるようにって」
「そう、か……」
ゾル様はそう応えて俯き、それから深い深い溜息を吐いた。
「あの、ひょっとしてお気に障りましたか?」
「――いや、そうじゃない! そうじゃ……ないんだ……」
もう一度、深い溜息を漏らしたゾル様は――
「良い、母親だと思ってな……
さあ、食え食え! 俺も食う!」
そう言って、ご自身のエイセットのステーキにかぶりついた。
わたしもスプーンでオムレツをすくって口に運ぶ。
いつも通り、今日も本当に美味しい。
ふんわりとろとろの卵自体もほんのり甘みがあるのに、かけられたトマトソースの甘酸っぱさと調和して、舌が蕩けそうになる。
わたし、ここに来るまで卵料理なんて高級品を食べたことなんてなかったから、完全に虜になっちゃってる自覚があるわ。
毎日替わるスープは、今日はコーンポタージュだった。
優しいクリームの温かさと、コーンのすっきりとしたほの甘さが、空っぽだったお腹を中から温めてくれる。
葉野菜中心のサラダには、さっぱりとした柑橘系のドレッッシングがかけられていて、それが葉野菜のしゃきしゃきとした食感と合わさって、オムレツとポタージュでくどくなりがちな口の中をすっきりと切り替えてくれた。
パンをちぎって、お皿に流れとろけたオムレツを付ける。
バターの風味のする柔らかなパンと、とろーり卵の融合――最強だわ。
そして、ポタージュを口に運び、サラダを噛み締める。
このサイクル、永遠に回していけそう……
「……リーリアは、ずいぶんと美味そうに食うんだな?」
ゾル様に声をかけられて、わたしは我に返った。
今朝も美味しいご飯について、脳内個人品評会をしてしまってたわ。
「そ、その……わたし、ここに来るまで、あまり良い食生活を送れていなかったので。
美味しそう、じゃなく、実際、すごく美味しいですし」
しかも、その美味しいごはんを一日に三回も食べられる幸せ。
「……良い食生活を送れていなかった? あー……おまえは――」
と、ゾル様は急に言い淀み、なにか考え込むように腕組みをする。
それから何度か左右に首を捻って。
「おまえの――違うな……
むぅ……あ~、最近どうだ?」
「――思春期の娘に会話切り出す弱気親父ですかっ!」
大食堂に炸裂音が響き渡ったわ。
まだ残っていたまばらに<黒熊の爪>のみんなが、何事かとこっちに注目してる。
――じゃなくてっ!
「――ステラっ!?」
いつの間に来たのか、ステラはゾル様の頭を平手で張り倒したの!
「――てめえっ! いきなりナニしやがる、この廃棄兵器! 俺じゃなきゃ、頭破裂してるぞ!」
「そのくらいじゃなきゃ、戦斗騎のアンタは痛くも痒くもないでしょうがっ!
それよりなんです?
――最近どうだ?
アンタ、どこのダメ親父ですかってーんですよ!」
ステラはゾル様の鼻先に人差し指を突きつけて、小馬鹿にしたように罵った。
「え、ええと、ステラ?」
「こっちはやっとこさ小姑から逃げ出せて、颯爽とご主人様の元へ馳せ参じてですよ?」
あ、逃げてきたんだ。
でも、ロザリアを小姑って呼ぶのは、良くないんじゃないかなぁ……
「そしたらアンタ、ご主人様とお食事の真っ最中じゃないですか。
ようやく覚悟が決まったかと、気を利かせて隠れて生暖かく見守っていたというのに!」
と、ステラの姿がかき消えて、すぐまた現れる。
「――光学迷彩……だけじゃねえな? それなら気配で気付けるはずだ」
「質量偽装も複合させた、私の新開発機能――隠密幻影です。
まさか私に進化機能を使用させるとは、ロザリアは侮れませんね。
アレでまだハイソーサロイドじゃないっていうんですから、ホント、やべーヤツですよ」
というか、ステラ……ロザリアから逃げ出す為に、進化までしたんだ……
「――てか、んなこたぁ、どーでも良いんですよ!
アンタ、覚悟決めたからご主人様と話そうとしたんじゃねーんですか!?」
「お、おう。そうだぞ」
「……覚悟?」
首を傾げるわたしを、ステラはビシリと手の平を向けてゾル様に示した。
「ご覧なさい! ご主人様にはなーんにも伝わってねーですよ!
日和ってんじゃねーよ、この成り上がりっ!」
「――ちがっ! ちょっと話の順を考えてだな……」
ステラに罵られてゾル様は、ガシガシと頭を掻いてため息。
「……そうだな。クチ下手を言い訳なんて、それこそダメ親父の典型だな。
あ~、リーリア。おまえ、自分の母親についてどこまで知ってる?
彼女の親――おまえの祖母について、聞かされた事はあるか?」
すごく真剣な顔でそう訊ねられて。
「お母さん? それにお婆ちゃんの事?」




