第7話 7
アルマーク王城を参考にしたとステラが言っていただけあって、大食堂は百人近くが一度に座れるほどに広い造りになっている。
城での食事は、わたしの希望でみんなで一緒に取ると決めた。
ステラはわたし専用の食堂や、お客様を招いた時のための晩餐室を用意してくれていたのだけれど、そちらはまだ使ったことがない。
せっかくなら、みんなと一緒の方が良いもの。
セイノーツのお屋敷に引き取られてから、わたしはずっと一人で食事を取ってたから。
学園では……下級貴族の生徒が利用する学生食堂で済ませていたわ。
クレリアによって、わたしは愛人の子だとみんなに広められていて――それだけじゃないわね。今にして思えば、リカルド達も裏でわたしが孤立するようになにかしていたんだと思う。
……その方が、リカルド達の悪趣味なゲームにとって都合が良いだろうから、きっとそう。
孤独なわたしは、時々気まぐれに彼らが昼食に誘ってくれるのを、ひどく嬉しく感じていたわ。
まさに彼らの思うツボ。
ちょっと考えればわかりそうなものなのに、あの頃のわたしはそんな事にも気づかずに……ただ単純に喜んでいたのよ……
ロザリアにお花畑と言われて当然よね。
そういえばロザリアも時々、サロンではなく学生食堂にやってき来て、お友達と一緒に食事していたわね。
そのたびにわたしにキツイ言葉を投げかけるものだから、苦手に思ってたのよね。
でもあれは……たぶん、ロザリアなりにわたしと接点を持とうとしてくれていたのだと、今ならわかる。
直接訊いたわけじゃないし、訊いたとしてもロザリアは否定するのだろうけど、きっとそうだと思うわ。
彼女の言葉は、確かに辛辣で厳しいものばかりだったけれど、クレリアのようにわたしを蔑んだり、理不尽に詰るような事は一度もなかった。
それなのに……リカルドが囁く言葉に目が眩み、依存し切っていたわたしは、いつしかロザリアもクレリアの同類と決めつけて、距離を取ってしまった。
本当に距離を取るべきなのは、リカルド達だったなんて、あの頃は思いつきさえしなかったわ……
……ダメね。余計な事まで思い出してしまったわ。
リカルドには、一応とはいえ復讐できたのだし、向こうからちょっかいをかけて来ない限り、これからはまず国の安定を優先すべきよ。
そう。だから、今思い出したのは、余分なこと……
あいつの腕を斬り落とした時、わたし、確かにスカっとしたもの!
いまさらあいつに未練なんてないわ!
うん、絶対にそう!
そして、そんな風に考えられるようになったのは、みんなが居てくれたから。
自分に自信がなくて、ずっとずっと流され続けてきたわたしなんかを、主人と、お嬢と呼んでくれて、王とさえ認めてくれるみんなが居てくれる。
だから、わたしはできる限り、みんなを大切にしたいと思うし、一緒に居たいと思う。
一緒に食事を取るのは、それをみんなにも知ってもらいたいからなんだ。
大食堂での食事は、各々がメニューを選んで、自分でトレイで運ぶという学生食堂方式を取っている。
いつもは<黒熊の爪>のみんなが列を作っている厨房前は、今日はわたしが最後だから、並ぶこと無く厨房に辿り着けたわ。
積み重ねられたトレイ置き場から一枚を手に取り、厨房へと続く受け渡し窓を覗き込む。
「――あ、ご主人様、おはようございますぅ」
と、挨拶してくれたのは、厨房担当の汎用端末器、オカミちゃん。
元々ステラには一五号と呼ばれていたのだけれど、<黒熊の爪>のみんなが女将さんって意味でオカミと呼び出して、オカミちゃんはそれを自分の名前にしちゃったのよ。
「おはよ、オカミちゃん」
わたしが挨拶を返すと、彼女は嬉しそうに微笑みを浮かべてトレイを受け取ってくれる。
「今日はなんにしますかぁ?」
「そうねえ……朝からちょっといろいろあってお腹すいちゃったから、ビィセットかな?」
朝とお昼のメニューは、それぞれ共に三種類あって、エイセット、ビィセット、シーセットと呼ばれてる。
エイセットが一番量があって、シーセットが一番量が少ない。ビィセットはその中間くらいだ。
いつもはシーセットを選ぶから、オカミちゃんは嬉しそうに目を細めた。
「良いですねぇ。ご主人様は細いんですからぁ、普段からもっと食べなきゃダメですよぉ?」
「これでも食べるようになった方なんだよ? 前なんか朝は食べてなかったもの」
セイノーツのお屋敷では夜だけだったし。
学園に入学してからも、お腹が受け付けなくて朝は抜いていた。
魔道や運動の授業があったから、お昼は食べるようになったんだけどね。
こうして朝も取るようになったのは、スカー達と訓練をするようになったから。
初めて訓練に参加させてもらった時、いつもの感覚で朝を抜いて参加したら、途中で目を回して倒れちゃったのよね。
……当たり前だーって、スカーにめちゃくちゃ怒られたわ。
それからはちゃんと朝も食べるようにしてる。
シーセットでお腹いっぱいになっちゃうんだけどね。
わたしが普段選んでいるシーセットは、甘いトマトソースがかけられたオムレツに、日替わりスープとサラダ。パンがひとつとお茶か果実水かを選べるセットだ。
今日選んだビィセットは、そこに厚切り焼きベーコンが加えられる。
<黒熊の爪>のみんながよく選ぶエイセットは、ベーコンがステーキに変わり、蒸しイモのチーズ掛けまで付いてくる、大ボリュームなセット。パンの数もふたつだ。
みんなはそれでも足りないって言うんだから、きっと胃の造りがおかしいんだと思う。
お昼も料理の内容は違うけど、それぞれのセットが量で分けられているのは一緒。
夜だけは、朝のうちにみんなで食べたいものをオカミちゃんに伝えて、人気の多かった上位三種類のメニューから選べるようになってるの。
「飲み物はいつも通り、オレンジジュースで良いんですよねぇ?」
「うん。朝はアレがなくちゃね」
わたしの言葉にオカミちゃんは微笑み、受け取ったトレイを手に、すぐ後ろの調理台に向かった。
調理台の上には、黒色をした大鍋が置かれている。
オカミちゃんはその蓋に埋め込まれた、青い宝石のような石に手を乗せて。
「目覚めてもたらせ、量子転換万能調理器。
――Bセットひとつ。オレンジジュース付きぃ」
紡がれた詞に応じて、青い石がほのかに光り、チンという軽い金属音を響かせた。
「はい、完成ぇ」
オカミちゃんは大鍋から蓋を取り外し、その中からビィセットの料理が載ったお皿を慣れた手付きで取り出して、トレイに並べていく。
そう。あの大鍋はステラが量子転換炉で造り出した、既知人類圏の調理器なの。
高度な魔道技術で造られた、一種の魔道器ね。
ステラが記憶している料理なら、なんでも作ってくれる魔法のお鍋。
オカミちゃんも汎用端末器だから、ステラの記憶を参照して、この魔道器――量子転換万能調理器を使えるの。
「はい、お待ちどうさまでしたぁ」
「ありがとう、オカミちゃん。お仕事頑張ってね」
「はぁい。ありがとうございますぅ」
ビィセットが載せられたトレイを受け取り、わたしはオカミちゃんに手を振ってから、食堂内を見回す。
すでに食べ終わった人が多いみたいで、空いているテーブルは多いのだけど、こんな時でも隅の方が空いていないか探してしまうわたしは、あまり学生の時と変わっていないのかもしれない。
いつもはステラかロザリアと一緒なんだけど、ひとりの時はどうしてもこの悪癖が顔を覗かせてしまう。
見渡した限り、ふたりの姿はなくて。
……ひょっとしたらロザリアの『おはなし』が長くなっているのかも。
大食堂に来る前に彼女の部屋に立ち寄ったんだけど、居なかったのよね。
先に大食堂に向かったのかもと考えて、こちらに来てみたのだけれど、どうやらアテがハズレたみたい。
どこに座ろうか迷っていると。
「――おーい! リーリア!」
広い大食堂の一番奥のテーブルをひとりで陣取った、赤毛の人物がわたしの名前を呼んで手を振っていた。




