第7話 2
夜になり、与えられた客室で寝酒を愉しんでいた俺だったが、どうにも寝付けずに部屋の外に出た。
酔ってはいても魔王だ。
多少、ふらついてはいるが転ぶほどじゃない。
酒瓶片手に回廊を歩いていると、ちょうど良い具合のテラスがあって、俺はそこに立ち寄る事にした。
よく磨かれたガラス戸を押し開けて外に出れば、火照った身体に夜風が心地良い。
「――あら? ゾル様……
月の綺麗な良い夜ですわね?」
おっと、先客が居たようだ。
テラスに設けられたテーブルセットに厚着姿で腰掛けて、俺の気配に気づいたのか、そう声をかけて来たのは――
「あーっと……なんだっけ、勇者の……
すまん、四百も近くなって、最近、物覚えが悪くてなぁ……」
人の名前なんかは、特に覚えるのが苦手だ。
「ロザリアですわ」
彼女はクスリと笑ってそう応え、テーブルの対面を俺に勧めてくる。
「良いのか?」
こんな夜更けに男女が密会など、普通の令嬢ならば醜聞を嫌って避けそうなものだが。
「ええ。いまさらわたくしに醜聞もなにもありませんしね。
ひとりでぼんやり考えをまとめるのも良いですが……それよりわたくし、あなた様に聞きたい事がありましたの」
昼間からずっと……共にした夕食の席でも、彼女が機会を探るような目をしていたのは気づいていた。
彼女の家系を考えれば、色々と訊きたいというのは、まあわからないでもない。
「それじゃあ、一杯やりながらって事で」
俺は指を鳴らす動作を詞にして、ソーサル・テクニックを喚起。
位相空間にしまっておいたグラスを取り出してテーブルに並べる。
ロザリアの表情が――恐らくは驚きによるものだろう――わずかに揺れた。
「それ、時々、ステラもやってますけど、魔法ですの? もし魔法なら、便利そうですから教えて頂きたいのですが……」
俺はグラスに、持ってきた酒瓶の中身を注ぎつつ、うなずきを返す。
「空間干渉系――<収納袋>の魔法だな。
元々はアイテムボックスとかインベントリとか呼ばれてるソーサル・テクニックなんだが、文明後退させるのに邪魔になるから、人の世の中には出回っていないタイプのものだ」
技術や知識を伝承させる魔属の間では、ごく日常的に用いられている魔法のひとつ。
「ああ、やっぱり魔法でしたのね。
ステラ固有の能力かもとも考えておりましたが、ゾル様が同じものをお使いなのを見て、魔法なのではと思いましたの」
「使いたいなら、今度教えてやるよ」
「本当ですの!? ありがとうございますっ!」
ことさら喜ぶロザリアだが、ステラに既知人類圏の知識を与えられている彼女なら、習得はそれほど難しくはないだろう。
この魔法の習得で障害となるのは、空間という概念の理解だ。
それはこの星に生きる人々の後退した知識では理解が困難なもので、だからこそ空間干渉系魔法は、魔属特有の魔法とさえ思われていたりする。
実際は理解とイメージの問題なんだが、な。
「それで? 訊きたいってのはそれじゃないんだろう?」
俺も大魔道として各国を巡る間に、王侯貴族との付き合いを持つ事もあったからわかってる。
貴族ってのは、習性として前置きから始めるものなんだ。
どういう理屈でそうなったのかは、もはや確かめようはないんだが――まあ、もったいぶった方が偉そうに見えるとか、そういうくだらない理由だと思う。
俺に促されて、ロザリアはまっすぐに俺を見つめる。
……ああ、確かにこいつはアレックスの血統だわ。
その眼差しは、確かにあいつによく似ている。
「では……なぜ、ゾル様はリーリア様との関係を告げられませんの?」
……やっぱり、そこか。
「君は……知ってたんだな……」
途端、ロザリアは椅子から降りて床に座り込み、深々と跪礼した。
「……順序が逆になってしまいましたわね。
まずは不在の父に代わり、フェルノード家を代表して深くお詫び致します。
わたくし達はあなた様に託された、イリア様方を守り通す事ができませんでした……」
頭を床に擦りつけて訴えるロザリアに、俺は苦笑する。
立たせようと手を伸ばしたのだが、彼女がピクリと身体を震わせたから、俺はその手を止めて声をかける事にした。
現代の人属女性の価値観だと、男に軽々しく触れられるのは良い気がしないだろう。
「まずは立ってくれ。
イリアに関しては、結婚する時に本人から報告を受けた。
アレックスには……フェルノード家にはすごく良くしてもらっていると言ってたよ」
それはロザリアも知らなかった事実なのか、顔を上げた彼女はひどく驚いた顔をしていた。
「ほれ、イリアの旦那になったアイツ、先祖返りかなんか知らんが、ハイソーサロイドに成りかけてたんだわ。
んで、どこでどう俺の行方を聞きつけたのか、誰にも邪魔されないように魔境の奥に研究所作って、こっそりと仲間と魔道研究してたとこに、あいつら乗り込んで来やがってな……」
……懐かしいな。
防衛の為に攻性生物――魔獣を大量に配備してたのに、アイツら平気で乗り越えて来やがってさ。
俺を見つけるなり、第一声が結婚報告と来た。
「そもそもイリアを託されたと言ったが、正確にはその方が都合が良いから、俺が望んで預かってもらってた――てのが正確な話だぞ?」
恐らくロザリアもまた、俺とアレックスとででっち上げた、『魔王討伐物語』を信じているのだろう。
驚きの表情を浮かべるロザリアに、俺は改めて椅子に座るように勧める。
ロザリアが椅子に座るのを見計らって、俺は説明を始めた。
「あの頃は色々と事情が込み入っててなぁ……
魔属の中で本来の役割を忘れて……俺を排除する動きがあったんだ……」
魔属もまた、本来の人類からは比べ物にならないほどに寿命を制限されている。
魔属の平均寿命は現在、およそ一五〇年ほどだ。
だから、俺を排除しようと動いたのは、初期のメンバー達から数えて、子や孫の世代だった。
EX-Tや眷属器の恐怖を知らない世代だ。
親や祖父母が伝える仇敵に対する恐怖が薄れてきていた。
――所詮は伝承。
――いかに大昔の英雄とは言え、いつまで魔王に従わなければならないのか。
なまじ人属より高度な文明と技術を持っていた為に、人より先に魔属が傲慢に陥っていた。
俺を凌駕できるのだと勘違いしてしまうほどに……
「彼らの一部が旅の魔道士を装って、リチャード二世に接触してな。
城の地下深くに眠る再生器に改良を施した……
元々、再生器はユニバーサル・スフィア――霊脈に記録された生態記録の再構築装置だから、連中はそれを逆手に取って霊脈に干渉できるようにしたんだ……」
「再生器は、王族に伝わる聖泉ですわよね?
彼らはなんの為にそんな真似を?」
俺は苦笑する。
「連中の研究では、聖泉に強い感情を流す事で空白状態の霊脈を活性化させようとしてたらしい」
霊脈への干渉技術を記憶しているのは、今や俺を含む三人の魔王だけだ。
だからこそ……
「霊脈に干渉できる事が魔王の証と考えたらしいな。
要は簒奪を目論んだのさ。
もちろん、眷属器への影響を恐れた俺は連中を止めに動いたよ」
具体的には転移魔法で直接、アルマーク城の地下に乗り込んで、連中をボッコボコにしてやった。
「……そこをリチャード二世に見られたもんでな……
あいつら、あろうことか聖泉の改良を女神サティリア降臨の儀式とかうそぶいてやがってたんだ……」
女神が降臨すれば領土が豊かになるとか、そんなことを吹き込まれてたはずだ。
そんな都合の良い話、魔王が許すわけないんだがな。
「俺に邪魔されたリチャード二世は怒り心頭で、魔属領への侵攻を宣言。
それで返り討ちにあったもんで、ロザリア……君の先祖のアレックスが勇者に選ばれたというわけだ」
旅立ちに際し、勇者アレックスがリチャード二世から与えられた装備は、反魔王派の魔属から提供された当時最先端の魔道技術が盛り込まれたもので。
まあ、ぶっちゃけ攻性生物――魔獣くらいなら敵なしだよな。
本人も騎士としてめちゃくちゃ強えもんだから、俺は部下に被害を出さない為にも、無理に勇者に抵抗しないように指示を出したほどだ。
そうして勇者アレックスは俺の元へ辿り着き……
「ガチの殴り合いの末、俺達は仲良くなった」
「――はあっ!? 勇者アレックス様は聖剣で魔王を……」
「ハッハ! 聖剣ってのはアレックスが持ってた超振動機構が搭載されてた剣だろ? 最初の一合で柄ごと斬り捨てたわ!」
事が終わった後に、あまりにも落ち込んでたから、直して返してやったんだよな。
「つ、つまり……勇者と魔王の最終決戦は……」
「ああ。拳と拳のぶつかり合い! 漢の意地の対決だったな」
腕組みする俺に、ロザリアはため息をついて首を振った。
「う、美しくない……道理で最終決戦部分の描写が曖昧にしか伝わってないわけですわ!」
「現実なんてそんなもんだって。なんでも物語のように整ってるわけねえだろ」
俺も苦笑して、グラスの中身を飲み干した。
適度な渋みと熱さが、喉をするりと駆け抜ける。
「それでアレックスと仲良くなった俺は、城に迎え入れて奴の治療が終わるまで、世話してやることにしてな……」
胸に落ちた暖かな感覚は、きっと酒のせいだけではない。




