第4話 6
四肢が固定されて、顔に仮面が装着された。
「――リンカーコア-ローカル・スフィアの接続を確認。
ロジカルドライブ、定常稼働。
四象対干渉型補助動力――定格出力にて安定」
騎体ステータスをステラが告げる。
それを聞くわたしの頭はどこまでも冴え渡っていて、それでも心は煮えたぎるように熱く猛っていた。
「――合一!」
……目を開く。
騎体の無貌の仮面に金の文様が走って、貌を描き出す。
いまや騎体はわたしの身体。
魔道器官がステラと繋がる感覚。
「――来なさい、中世風っ!
文明水準の違いを見せつけてやりますっ!!」
ステラがやってくる兵騎達を指差し、高らかに告げる。
「……ステラ、わたしにやらせて……」
わたしはもう、ステラに守られるだけの女の子じゃない。
ステラが兵騎の制御に――いいえ、そもそも戦いに慣れないわたしの為に、騎体制御を担当してくれようとしたのはわかる。
でも、それではいけないのよ。
「しょ、承知しましたっ! 私は補助に徹します!」
と、ステラと繋がる感覚がわずかに遠のき、騎体との一体感が広がっていく。
「――来たれ」
そう喚起詞を唄えば、騎体の右手に深紅の刃を持った水晶剣が出現する。
ステラがわたしの為に精製したのだという兵騎用の長剣。
「ご、ご主人様が量子転換炉をっ!?」
ステラが驚きの声をあげるけれど、今のわたしには難しい事じゃない。
だってわたしは今、ステラと繋がっているのだから。
彼女の使い方は伝わってくるし、その機能は理解できてる。
――大銀河帝国が異星起源種の遺跡から回収した未知の物質の、その組成解析データを元にステラが生成した長剣の銘は、皇室に伝わるのだという六振りの刀剣にあやかって、紅竜というらしい。
脆そうな繊細な見た目に反して、鋼鉄さえたやすく断ち切る頑丈さと鋭さを持つ。
それを握り締め、わたしはスカーさん達から教わったように、下段に刃を構える。
『――平民ごときが兵騎を使うなど、なんたる不遜!
行け! 押し潰せっ!』
ロザリア様にひどい事をしたリカルドの側近騎士――イーゴルがそう叫んで、左右の二騎に指示を出す。
「……自分で来ないの? そんなトコも主と――リカルドとそっくりね……」
斧槍を構えた二騎が左右から接近。
けれど、その動きは傭兵さん達とは比べ物にならないくらい鈍重で遅い。
「――ご主人様、優先目標を表示しました!」
接近する兵騎に番号が表示され、わたしは動き出す。
始めは左の兵騎。
すくい上げるように紅竜を走らせた。
一振り。
それだけで左の兵騎は、装甲はおろか精髄――ヒトで言う脊椎までをも断ち切られ、合一している騎士もろともに絶命する。
騎体を伸び上がらせたまま、わたしは騎体を回して右の兵騎を向く。
「――はあっ!」
振り上げた紅竜を、回転の勢いを利用して振り下ろした。
敵騎は手にした斧槍で受けようとしたけれど、そんなものなんの抵抗にもならない。
『あ――?』
ひどく間抜けな声をあげて、敵騎は掲げた斧槍ごと両断された。
『――バカな! バカなバカなっ!
なぜ平民ごときが兵騎を扱えるっ!?』
イーゴルがまるで火が着いたように叫んだ。
『兵騎を使えるのは騎士だけのはずだ!
平民の――それも魔法すらロクに使えない貴様が、なぜそんな……』
「ユニバーサル・アームは、別にソーサル・テクニック使えなくても合一できますけどね……」
ポツリとステラが呟く。
「……まあ、ローカル・スフィアの強度がある方が、より合一精度が上がって、同一騎体でも強力になるってーのはありますが……」
「――兵騎が扱える……それがアイツの矜持だったんでしょ。
人より優れてると思い込んでるのよ」
本当にくだらない!
「そもそもアレって、戦闘用じゃなく開拓用――『イクゾー四四式』っていう土木建築用の騎体ですよ。軍用じゃなく民生品です!
その素体に、現在の技術で造った甲冑を着けてるみたいですね。
そんなの使えるからってイキり散らかして、頭おかしいですね!」
『――なっ!?
この騎体は先祖伝来の――勇者に同行した我が祖先が、北の魔王討伐にも用いた騎体だぞ!』
「じゃあ、魔王も笑っちゃったんじゃないですかね!
そんなおもちゃでイキってるんですから!」
ステラの煽りが止まらない。
「……知識を制限し、貴族や騎士という特権階級が特別であるという理由付けのひとつに、ユニバーサル・アームというわかりやすい武力を用いているんでしょうね。
――それを扱えるのは、特別階級だけという設定なんですよ!」
それはつまり……
「……騎士が、貴族が特別なんて、おまえ達が保身の為に作り上げた幻想ってことね……」
『抜かせええええぇぇぇぇぇ――――ッ!』
激昂したイゴールが、長剣を振りかぶって駆けて来る。
わたしはそれを真っ向から紅竜で受けて。
『――なぁっ!?』
音もなく、打ち合ったイーゴル騎の長剣が、半ばから断ち斬られる。
「どう? 信じていた想いが――幻想だったと思い知らされる痛みは!
――わたしはそれをリカルドに刻み込まれたわ!」
……だから! わたしはわたしを貶めた者すべてに、同じ想いを刻み込む!
「――そもそも兵装の質が違うんですよっ!
異星起源種由来の希少物質ナメんなっ!」
『――まだだあぁっ!!』
イーゴル騎の周囲に無数に火球が出現する。
「――ステラっ!」
「はい、ご主人様っ!」
わたしの声に応じて。
騎体の肩に内蔵された副腕が稼働し、肩甲が前面に突き出される。
飛来した火球が爆ぜて――
『……無傷、だとぉ!?』
イーゴルの驚愕の声。
「兵装が違うつってんでしょう!
時空間航行する星竜の鱗を再現した特殊装甲ですよ?
退化した人類のソーサル・テクニックごときで、傷つけられるもんですかっ!」
……そして。
「――特別を謳うおまえに、本当の特別を見せてあげるわ!
……そして思い知れ! 貴様の特別など、都合の良い妄想だと言うことを!」
わたしは右手を引いて半身になり、紅竜を肩がけに構える。
切っ先に寄り添うように、肩甲が副腕によって伸ばされて。
胸の奥の魔道器官に、全身から魔道を通す。
「――目覚めてもたらせ、<流星竜機>っ!」
湧き上がる唄は、<万能機>を喚起する為に紡がれる、既知人類圏最新の詞で。
肩甲の頂点が顎のように変形する。
二つの顎に挟まれた紅竜の切っ先に、漆黒の球体が紫電を撒き散らしながら出現し。
「ご主人様、ついでにあそこをやっちまいましょう!」
と、ステラがわたしの視界に干渉して、イーゴル騎の背後――王城の一角に赤い丸で印を付ける。
イーゴル騎とその印が一直線に結ばれるように、射角を調整。
「吼えろ! <竜咆>――ッ!!」
わたしの唄に応じて喚起された竜咆は、雷鳴を轟かせて放たれた。
『ヒ、ヒイイィィィィ――――ッ!!』
イーゴルが悲鳴をあげて両手で頭を庇い、その場にしゃがみ込むけれど――遅い!
駆け抜けた漆黒の竜咆は、イーゴル騎の頭部を焼いて虚空を駆け抜け、ステラが印した地点を撃ち抜いて、空へと一直線に昇って行ったわ。
粉塵をあげて、王城の一部が崩落していく。
頭部に収められた合一器官――リンカーコアを失くしたイーゴル騎が音を立てて後ろに倒れ込んだ。
わたしはイーゴル騎に歩み寄り、両手でその胸甲を強引に破り開いた。
「ひい……うそだ……この俺が……俺は特別なんだぞ……」
イーゴルは、涙とヨダレを垂らしてブツブツと呟きながら、真っ青な顔でこちらを見上げていた。
それを掴み上げて。
わたしは周囲に集った騎士や民衆に声を張り上げる。
「――見ろ! これが特別を謳う王子の側近騎士の有り様よ!
……無様でしょう?」
イーゴルを放り投げると、奴は悲鳴をあげたわ。
騎士達に受け止められて地に降ろされると、イーゴルは失禁して地面を黒く濡らしてる。
「……魔属だ……」
「――騎士様が負けるなんて……」
「……もう終わりだ……」
民衆達が畏怖の言葉を放ってざわめく。
「……この場に集まった者達の容姿を記憶しました。
後日、逃亡して来ても拒否しましょう」
ロザリア様に罵声を浴びせていたのだから当然だわ。
「――おまえ達に告げる!
わたしは虐げられし者の刃! 声なき声で嘆く者の剣!」
騎士の一部が、右手を失くして気絶したリカルドを抱えて、王城に退避していくのが見えた。
「他者を踏み躙る悪意の喉を食い破る、暴虐の牙だ!」
そう声を張り上げて、わたしは紅竜の切っ先でリカルド達を指し示し。
「恐怖しろ、リカルド! そして後悔するがいい!
堕女ゲームなどと……貴様が戯れでしでかした遊びを!
わたしが、ロザリア様が受けた以上の痛みを、貴様に――貴様らに刻みつけてやる!」
わたしの言葉に、民衆が再びざわめく。
「……どういうことだ?」
「リカルド王子が魔属になにかやったって事なのか?」
あれほどリカルドに熱狂していたというのに。
民とは……こうも簡単に意見をひるがえしてしまうものなのね……
……いいわ。もうわたしはこの国とは関係ないのだもの。
民がどうなろうと、知った事じゃない。
むしろ、リカルドもろともに滅んでしまえとさえ思う。
「……ご主人様、そろそろ時間です。
騎体制御を預かります。合一解除を……」
「ええ……」
顔を覆っていた面が消失し、騎体との合一が解除される。
途端、全身から力が抜けていくような感覚に襲われたわ。
霞む視界の中、暗い鞍房の内壁に、外の景色が映し出されて。
「……初陣、お疲れ様です。撤収します」
騎体がふわりと浮き上がり、上空の魔道器――気圏用輸送機に並ぶ。
「――野郎どもっ! 状況終了です! 撤収しますよ!」
『――うぃーっす!』
ステラに応じる、傭兵さん達の声を聞きながら……
気圏用輸送機のハッチに、こちらを見つめて涙を流すロザリア様を見つけて、わたしは安堵の息をついた。
……助け出せた。
そう心の中で呟き……わたしの意識は遠くなって行く。