表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/71

第4話 5

 ……もうなにも考えたくない……


 身体を穢され、その苦痛から逃れる為に心にもない言葉を口にさせられて……


 きっともう、わたくしは心までもが汚れ切っている……


 おかしなクスリを使われて、無理矢理快楽を引き出された時には、確かにそれに身を委ねてしまったわ……


 ええ……あの瞬間、わたくしは獣のように悦んでいた……


 こんな恥知らずな女は死んでしまえばいい……


 いいえ、淑女なら、とっくに舌を噛み切って死ぬべきだったのよ。


 ……でも、怖くて……死ぬのがたまらなく恐ろしくて、それもできなかった……


 牢の扉が開けられて、わたくしはぼんやりとやって来た男達を見上げる。


 また、苦痛の時が始まるのだろうか……


「――起きろ、時間だ!」


 腹を蹴り上げられて、わたくしは苦悶に呻く。


「おいおい、最後くらい優しくしてやろうって気はねえのか?」


 ……最後?


「どうせ最後だから、適当で良いだろ?」


「そりゃそうか!」


 ゲラゲラ笑う男達をぼんやりと見上げながら……


 ……そう、ようやく終わりにできるのね……


 手枷が嵌められ、繋がった鎖を引かれて、強引に立ち上がらされる。


 よろめきながら通路を進まされ、やがて王城の前庭――行事の際に民衆が集められる人場へと辿り着いた。


 多くの民が組まれた台を取り囲み――


「――魔女を、魔属を殺せぇ!!」


 ……まるで熱に浮かされたように、口々に罵声を口にしている。


 台の上には、わたくしと同じように手枷をされたお父様とお母様の姿。


 拷問でもされたかのように傷だらけのふたりは、わたくしを見つけて驚きに目を見張り……そして涙をこぼしたわ。


 ふたりの前には、黒い布を被って大きな斧を手にした首切り人。


 赤黒いシミの目立つ首置き台が、わたくしの弱り切った心をさらに痛めつける。


 お父様とお母様の間に跪かされる。


「……ごめんなさい。お父様、お母様……」


 かすれた声で呟くと、ふたりは――それでも優しく微笑んで、首を振ってくださったわ。


「間違いを正そうとした娘を、どうして責める必要がある……」


 そうお父様に告げられて、わたくしは涙が流れるのを止められませんでしたわ。


 砕け散ってもう失くしたと思っていた、淑女として、貴族としての矜持が蘇ってくるのを感じますわ。


「――おい、殿下がいらっしゃった! 勝手に喋るな!」


 首切り人がお父様を殴りつけましたわ。


 ――そこへ。


「最後の別れなのだ。それくらいで目くじらを立てるほど、私は狭量ではないぞ?」


 ニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべて、リカルドが登壇してくる。


 まるで自身が寛大であるかのような……そう見せたいのだというのが伺える、尊大な態度で。


 彼は集まった民衆達に向けて、両手を振り上げる。


「――諸君、この者らは先日、この王都を襲った魔属に通じていた者達だ!

 魔属はどうすべきだと思う?」


 リカルドの問いかけに。


「――殺せっ!」


「それに与する者も殺せっ!」


 熱狂が渦巻き、みな狂ったように「殺せ」を繰り返す。


「……こんな民達のために……わたくしは……」


 善き妃になろうと思った。


 つらい妃教育も頑張ったし、アンドリュー様を補えるように、政治の知識さえも学ぼうとした。


 ……だというのに!


 民は……民達は、たやすくリカルドの言葉を信じ、よく知りもしない魔属を悪と断じ、それに与したとされるわたくし達の処刑を歓迎している。


 わたくしは思わず笑いだしていましたわ。


「――呪われなさい! アルマークの民よ!

 真実から目を逸し、法も人の道理すらも歪める者を王に崇めるのなら……」


 民衆の怒号がこだまするのも構わず、わたくしは続けたわ。


「次に虐げられるのは、おまえ達自身よ!」


「言いたい事はそれだけかっ!?

 ならば、まずおまえから首をはねてやろう!」


 リカルドが腕を振って首切り人に指示を出し、わたくしは首切り台に乗せられる。


「……呪われろ、リカルド・アルマーク!」


 そう吐き捨てて、わたくしは目を閉じる。


 ……ああ、叶うことなら。


「最後にあなたに謝りたかったわ。リーリア……」


 それだけを呟き……わたくしは最後の時を待つ。


 その時だったわ。


「――こちらこそ、ごめんなさい。ロザリア様……」


 民衆の中の怒号の中に、はっきりと響くあの娘の声。


 思わず目を見開いたわ。


 わたくし達が乗る台の前に居た民衆の姿が、まるでモザイク画のようにバラけて歪み……武装した一団が姿を現す。


 その中央に居るのは、漆黒の装束を纏ったリーリア。


 深紅の髪を風になびかせた彼女は、紅い水晶質の刃を持つ美しい長剣を抜き放ち――


「――貴様、何者だっ!」


 取り押さえようと駆け寄った騎士を一刀の元に斬り伏せた。


 ……ああ、こんな事ってあるの!?


 まさか……まさか、あの娘がわたくしを助けに来るなんて……


「――ま、魔属だっ!!」


「魔属が仲間を取り戻しに来たぞっ!」


 民衆達が悲鳴をあげて、リーリア達から距離を取る。


「――リーリアぁ……」


 リカルドが彼女を睨んで呻いた。


「――野郎どもぉっ! 保護対象を確保だ!」


 リーリアの隣に立つ、顔に傷跡のある男が指示を出し、周囲の強面達が目にも止まらない速さで動き出した。


 護衛の騎士達が次々に薙ぎ倒され、あるいは斬り捨てられて行く。


「――対象確保!」


 気づけば、わたくしは頭を丸坊主にした男性に抱え上げられていたわ。


 お父様もお母様も、共に彼らに救い出されたわ。


 頭の中央だけを長く伸ばした男性と、染めているのかしら――やたら派手な青髪をした男性にそれぞれ抱えられていて。


「――作戦完了! 救出班から順次撤収!」


 傷跡顔の男性の指示に応じるように、不意に辺りが陰った。


 見上げると、そこには――見たこともない、不思議なものが浮かんでいたわ。


 金属でできた大きな箱に、鳥を彷彿させる、金属の羽根を生やした物体。


 羽根の先では、上向きに何かが高速で回転していて。


 そんなものが、自然の法則に反して浮かんでいましたわ。


 ――魔道器、なの?


 魔属が持つ技術で生み出された、未知の魔道器なのだとしたら、ああいうものもあるのかもしれない。


「……揺れやすんで、舌ぁ噛まねえでくだせえよ?」


 と、わたくしを抱える禿頭の男性が粗野でいながらも、優しげな声色で告げて来ましたわ。


 そのまま彼は空いた手を頭上へ。


 同時に頭上の物体から黒色をした紐が無数に垂らされ、男達はそれを掴む。


 途端、まるで吸い込まれるようにわたくし達は上昇を始めたわ。


 そして気づく。


「ちょっと、あなたっ! リーリアがまだ――」


 見下ろした広場で、あの娘はただひとり、美しい長剣を提げて、リカルドと睨み合っていましたわ。


「心配ありやせんぜ」


 と、けれど禿頭の彼は、満面の笑みで告げるのです。


「――お嬢は今、かなりおかんむりなんでさぁ。

 そして、ステラの姐御がそれに輪をかけて乗っかってる……」


「え?」


 言われた言葉の意味が理解できないまま、わたくし達は空飛ぶ箱の内側に収められましたわ。


「――リーリアっ!」


 叫んでわたくしは箱の入り口から広場を見下ろして。


「……リカルド、まずはロザリア様の分だ」


 リーリアの姿がかき消え、次の瞬間、リカルドの背後に現れました。


 ――刹那。


「ギャアアアァァァァァァァ――――ッ!?」


 リカルドの右手が鮮血を纏って斬り飛ばされましたわ。


「痛い、痛い痛いいいぃぃぃ……痛いよおおぉぉぉぉ――!!」


 肩口から血を振りまきながら、リカルドは台の上で悶える。


『――あそこだ! 殿下を守れ!』


 と、イーゴルの声がしてそちらに目を向けると、多くの騎士を引き連れ三騎の兵騎が駆けて来る。


「……その声、おまえもロザリア様にひどい事してた奴だな……」


 リーリアは台から飛び降りて、長剣を納め。


「……ユニバーサル・アームを使う以上、こちらも容赦はしないっ!」


 左手を胸の前で握り締めましたわ。


「――目覚めてもたらせっ!」


 それは魔道を喚起する始まりの(ことば)


 ――あの娘、魔法を使えるようになったの!?


 日常的な魔法でさえ、苦労していたはずなのに……


 彼女の左手が掲げられ、純白の光条が空を駆け上る。


「<棄星神器スターダスト・レガリア>っ!!

 ――来なさい、ステラ! わたしはここよっ!」


 周囲に凛と響く魔道の(ことば)


 晴れ渡っていた空に、にわかに黒雲が湧き出し――それを切り裂いて輪を空け、灼熱する輝きが落下して来る。


 衝撃に、設置された台が吹き飛び、その上のリカルド達が地面に叩きつけられた。


 イーゴル達も足を止めている。


 ――そして……


 ひとり平然と立ち尽くすリーリアの背後には、深紅の兵騎がまるで彼女にかしずくように、跪いていたわ。


 大型の肩甲に、女性を彷彿させる長く白いたてがみには、ティアラを思わせる銀の額冠がきらめく。


 丸みを帯びた胴部もまた、女性のそれを彷彿させたわ。


 漆黒の仮面は無貌で。


『――お待たせしました、ご主人様!

 あなたの<万能機(オーバードールズ)>ステラ! 局地戦躯体にて只今参上!』


 ステラの声でそう告げた兵騎は、胸部を開いてリーリアを誘う。


 仮面に金の文様が走って、(かお)を描き出した。


 深紅の兵騎はゆっくりと立ち上がり、イーゴル達、兵騎を指差して声高に宣言する。


『――来なさい、中世風(ファンタジー)っ!

 文明水準(ジャンル)の違いを見せてやりますっ!!』


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ