第4話 4
――と、そこへ。
「てめえら……調子に乗って、ご主人様に色目使うんじゃねえぞ……?」
いつの間にかやって来たのか、ステラがスキンヘッドさんとモヒカンさんの背後から肩を掴んで、そう告げました。
「あだっ! いだだだっ! 姐さん、いてーっス! 折れる! 潰れちゃう!」
「あ、姐御! オレぁ別に色目なんか使っちゃいねえです!
リーリア様は不可侵! オレ、良い子!」
ふたりは涙目になってステラに訴えます。
「あ、あの、ステラ。その辺で……」
「わかってんなら良いんですよ」
わたしが止めると、ステラは素直にふたりを離しました。
「でも、ステラがお城に居るなんて珍しいですね。
今日は森には行かないのですか?」
ステラは連日、防衛設備を構築する為に森に出かけていたのです。
「ええ。緊急事態が発生しました。
他の連中も交えて説明しますので、ご主人様も下にお越し頂けますか?」
いつになく真剣な表情のステラに、わたしは唾を飲み込んで従いました。
尖塔の屋根から四人で飛び降り、訓練場の中央に向かいます。
「――姐さん、集めましたぜ……」
訓練場では、スカーさんが傭兵のみなさんを集めていて、そうステラに告げました。
ステラは集められた傭兵達を見回し両腕を組みます。
「さて、おまえら! 緊急事態発生です!
とはいえ、今から見せる映像は非常に衝撃的なものなので、心臓の弱い者、トラウマのある者は構わないからすぐに退席しなさい!」
その前置きに、傭兵のみなさんは苦笑。
「――そんな繊細な神経の奴ぁ、俺らの中にはいやせんぜ」
スカーさんが代表してそう告げると、ステラはわたしに確認するように視線を寄越しました。
「……ステラが非常事態って言うって事は、わたしに関わる事なんですよね?
――見せてください」
「かしこまりました」
ステラはうなずき、宙に右手を開きました。
白い光の軌跡が四角形を描き、そこに映像を映し出します。
――ホロウィンドウと呼ばれる、ステラの世界の技術です。
そこに映し出されたのは……
『――ああああぁぁぁぁっ……あああぁ、あっあっあっ……ああぁぁぁ』
悲鳴じみた嬌声をあげる裸の女性でした。
汗に濡れたボサボサの金髪を振り乱し、痣ができて腫れた顔は涙や血――そして白濁した液体に汚されています。
『ハッ! ハッ! 見ろよ! すっかりクセになってやがる!』
うつ伏せにさせた彼女に、背後から男が腰を振りながら嘲ります。
『こうなっちゃ、公爵令嬢もただの雌豚だなぁ!』
別の男が女性の髪を掴んで、唾を吐きかけました。
「……公爵令嬢って――まさかっ!?」
映像の中の彼女は痣だらけの顔で、すぐにはそうと気づけなかったのです。
顔を向けると、ステラは怒りを滲ませた表情でうなずきます。
「ロザリア・フェルノード……わたしと会話した事で、繋がりがあるという事にされて――この様ですよ……」
「そんな……」
『――あーっ! あっ! もう、もうもう赦してっ! もうムリっ! ムリなのぉ……』
涙を流して懇願するロザリア様に、背後の男はさらに動きを激しくします。
『おいおい、俺らはまだまだ愉しみ足りねえんだよ!』
『あっ! うぅ……いやっ! 認める! わた、わたくしが魔属です! 認めますからぁっ!』
『聞こえねえなぁ? おまえ、豚の言葉はわかるか?』
『わかるわけねえだろ! ぶひぶひ~!』
『そんな! ああ……アっアっああーっ!』
……あのロザリア様が……
わたしはもう見ていられませんでした。
どうして……どうしてこんなひどい事ができるのでしょう?
高く発せられる嬌声に、耳を塞ぎたくなります。
ロザリア様は……
あれこれと忠告されるので少し苦手に思っていましたが、決して悪い人ではないと思います。
いつも毅然としていて、美しく――わたしなんかとは比べ物にならないほどに完璧な貴族令嬢……
リカルド様が真実を告げたあの朝、彼女が現れたのは、きっとわたしを助けようとしてくれたのだと、今ならわかります。
毅然としすぎていて――学園に居た時のわたしは、彼女の真意に気づくことができませんでしたが……
傭兵さん達と共に訓練するようになって、優しさとは、決して言葉だけで示されるものではないのだと知った今のわたしは、彼女の苦言も優しさの表れだったのではないかと……今ではそう思うのです。
金属が擦れる音がして。
『……愉しんでいるようだなぁ……』
不意に聞こえたその声に、わたしは心臓が跳ね上がるのがわかりました。
――リカルド様……
『ああ、殿下もこの便所を使いますか? ちょっと待ってくださいね』
男の一人が木桶を拾い上げ、中の水をロゼリア様に浴びせました。
『――きゃあっ!』
悲鳴をあげるロゼリア様を嘲笑し、リカルド様がズボンを下ろします。
そして――
『ああああぁ……』
再び響く、ロゼリア様の嬌声。
湿った音と肉を叩く音が繰り返されます。
『ロゼリアぁ、おまえの処刑日が決まったぞ……明日だ!』
荒くうわずった声でリカルド様が囁きます。
『お、やはり恐怖した女の締りは最高だな! こればかりはクレリアでは味わえん!』
そうしてリカルド様は哄笑して腰を振り……やがてぶるりと身を震わせました。
――心が……ヒビ割れて行くのがわかります。
目の前が真っ赤に染まりました。
「――もういいっ!」
思わずわたしは叫んだ。
ステラも、傭兵達もわたしの声に息を呑む。
「……リカルド・アルマーク! あんな男に一時でも心を奪われていた自分が情けない!
なぜ、人をあそこまで貶められる!
なぜ、なぜ他者を踏みにじって笑っていられる!」
猛る怒りを吐き出すように、思い切り声を張り上げた。
わたしの事はこの際、どうでも良い!
騙されたわたしが悪いんだろう。
でも、ロゼリア様が踏みにじられる必要がどこにあるというのっ!?
「……ご主人様、どうなさいますか?」
「どうする? どうするって!?」
こぼれ出た涙を拭って、わたしはステラを、スカーを、傭兵達を見回す。
……本当に悲しくて、本当に怒った時って、人間笑えてきちゃうものなのね……
きっと今、わたしは不格好な笑みを浮かべていると思う。
みんな青ざめて引きつった顔をしているもの。
でもね、もう決めたのよ……
「――ロザリア様を助け出すわ!
すべてはそこからよ!」
わたしの宣言に、全員が跪いた。
「我らが主のお心のままに……」
まるでわたしを恐れるように、声を揃えてそう告げる。