第4話 3
お城の東側に設けられた訓練場で、今日もわたしは傭兵さん達と一緒に訓練です。
ハナちゃん達に勧められた時は、絶対に無理と思ったものですが。
一週間も続けていると慣れるものですね。
元々、ステラに植え付けられた知識によって、戦い方は知っていたのです。
そして再構築されたこの身体は、すごく覚えが早いようで――
「――んじゃ、よーい!」
スカーさんが右手を挙げて、わたしは腰を落として身構えます。
左右のモヒカンさんとスキンヘッドさんも同じように、駆け出すために腰を落としました。
「どん!」
スカーさんの号令に合わせて、わたし達は駆け出します。
背後でいつものように空気の壁が破れる音がしました。
目指すは訓練場の端にある物見の尖塔。
傭兵さん達もまた、ステラに帝国兵用の肉体改造を受けたようで、みんなで水蒸気の尾を引いて、瞬く間に広い訓練場を横断しました。
迫る塔の壁に向けて、わたしは跳び上がります。
走って来た勢いを利用して、壁面に身体を押し付け――踏み出す足で力の向きを上に向けます。
始めの頃はそもそも登ることすらできなかったのですが、訓練を続けた成果なのか、今では駆け上がる事ができるようになりました!
ドンと、再び大気が破れます。
「――お嬢、今日こそ負けやせんぜ!」
スキンヘッドさんがニヤリと笑います。
余裕ですね。
「いや、オレの勝ちでやす!」
モヒカンさんがさらに加速します。
「いえ、わたしだって負けませんよっ!」
魔道器官に魔道を通し、背後――下方に向けて、突風を生み出します。
「――吹き鳴らせ!」
学園ではどれだけ頑張ってもうまく行かなかった攻精魔法も、訓練のおかげで、いまでは前置詞である「目覚めてもたらせ」を省略して喚起できるようになりました。
「あ、お嬢、ずっりぃ!」
「魔法禁止なんて言われてませんよー!」
押し上げるような気流に背中を推されて、わたしは一気に先頭に躍り出ました。
「とうちゃ~くっ!」
駆け抜けた勢いそのままに宙に跳び上がり、くるりと宙返りしたわたしは尖塔の屋根に降り立って、わずかに遅れて到着したふたりに胸を張ります。
「いやあ、今日こそはと思ったのに!」
「ついこないだまで、ヨチヨチ歩きだったとは思えませんや」
ふたりが褒めてくれるのが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまいますね。
「いえ、みなさんが鍛えてくれたおかげですよ」
わたしがそう答えると、ふたりは顔を見合わせて噴き出しました。
「お嬢、そりゃ違う!」
つるんつるんの頭を撫でて、スキンヘッドさんが否定します。
「そうそう! うちの訓練は、頭おかしいってんで有名なんスよ!」
モヒカンさんがそう続けて。
「なんの訓練も積んでない新入りは、だいたい初日で逃げ出すんスよ」
「え? え? でもホラ、わたしは先にステラに身体を再構築してもらってましたし……」
「いやいや、お嬢! お嬢が訓練に参加した時には、オレらももうステラの姐御の改造を受けて、とっくにそれに合わせた訓練メニューになってたんだわ!」
スキンヘッドさんが苦笑しました。
「正直、キツさは改造前と変わりないレベルになってやして。
それをいきなりお嬢にやらせるお頭も頭おかしいと思うが、ついてくるお嬢も……」
「頭おかしいっス!」
「あ、おい! オレがせっかく言葉を濁したのにっ! お嬢、モヒカンがすいやせん!」
と、スキンヘッドさんがモヒカンさんの頭を掴んで、頭を下げさせました。
「いえいえ、もっといつもみたいな感じで良いんですよ。
その方が仲間に入れてもらえたみたいで、わたしも嬉しいです」
実際、ふとした時にリカルド様を思い出しそうになるわたしは……
傭兵のみなさんと訓練している時は、その明るさに救われている気がするのです。
始めは見た目のせいで怖いと思ってしまっていましたが、こうして一緒に生活するようになって、みなさんが素晴らしい人達だと気付かされたのです。
例えば、傭兵のみなさんは班編成で森に狩りに行くのですが、時々、綺麗なお花や美味しそうな果実を摘んできて、こっそりとわたしにくださったりするのです。
他にも、森に迷い込んだ人をその人の村まで送り届けてあげたり、わたしのように国から追放された人がいれば、お城に連れて来たりしています。
傭兵さん達は、まるで自分の事のように、彼らの保護をわたしやステラに頼むのですよ?
当然、受け入れちゃいますよね。
――そうなんです!
今、お城では汎用端末器のみんなや、傭兵のみなさん以外にも、人が暮らし始めているのです!
傭兵さん達に加えて、八人も増えました!
嘆きの森は周辺各国の緩衝地帯となっているだけに、八人が来た国は様々で、職業もまったく異なるのですが、幸いなことに凶悪犯罪に手を染めた人はひとりもいませんでした。
ほとんどの方が食べるのに困って盗みを働いてしまったとか、冤罪を着せられて国を追われたという人達だったのです。
せっかく縁があって出会ったのですから、新たにやってきた人達も含めて、わたしはみなさんと仲良くなりたいと思うのです。
「お、お嬢っ……」
「あ~あ、お嬢。スキンの兄貴はこう見えて涙もろいんスから、そんな優しくしちゃダメっスよぉ」
「ふふ、そう言うモヒカンさんも、目が真っ赤ですよ」
訓練に参加させてもらうようになってから、わたしはみなさんと一緒に大食堂で食事をとるようになりました。
そこで彼らの過去についても、いろいろと教えてもらっているのですが、どうやらずっと戦地を巡る生活をしていたようで、女の子に免疫がないそうなのです。
だからわたしのちょっとした言葉で、今のように感動して涙ぐんだり、顔を真っ赤にしてしまうんですよね。
見た目が怖そうだからこそ、そんな純情な反応を可愛らしいと思ってしまいます。
動いて火照った身体に、心地良い風が吹き抜けます。