第4話 1
「――リーリア……」
リカルド様がわたしの頬を優しく撫でます。
「私には君だけなんだ……」
そう言ってベンチで隣に座る彼は、そっとわたしを抱き寄せるのです。
「だから君も……私だけを見てくれ!」
……幸せな気持ちが胸いっぱいに広がって、満たされていきます。
セイノーツのお屋敷に引き取られてからのわたしは……
クレリアお嬢様に不義の子と罵られ、奥様には使用人のように扱われて、些細な事で鞭を振るわれる日々でした。
グラーリオ様に至っては、母まで貶める言葉を投げつけるのです。
次第にわたしは……生まれてきたことが間違いだったのでは、と。
セイノーツ家のみなさんにご迷惑をおかけするくらいなら、生まれてこなかった方がよかったのではないか、と……そう思うようになっていました。
でも、学園に入学して……
彼と一緒にいる時だけは……わたしは自分の存在が許された気がするのです。
わたしはリカルド様を抱きしめて。
「はい! わたしはリカルド様をお慕いしております!」
そう告げた瞬間。
「――そうか!」
リカルド様の顔が愉悦に歪んで……
「では、賭けは俺の勝ちだなっ!」
彼はわたしを地面に叩きつけ、そう言い放ったのです。
いつの間にか辺りは雪景色になっていて。
気づけばわたしは、両腕を騎士さん達に取り押さえられていました。
「どうだ、リーリア? 堕女ゲームは楽しかっただろう?」
わたしを見下ろして、リカルド様は――セイノーツ家のみなさんのような笑みを浮かべるのです。
「いやああああぁぁぁぁぁ――――っ!!」
目を開くと。
「ご主人様~?」
「お嬢、だいじょうぶ~?」
汎用端末器の二人がわたしの顔を覗き込んでいました。
ハナちゃんと、昨日、お風呂に案内してくれたひとり――六三号のロミちゃんです。
わたし専属になったふたりは、わたしがあげた色違いのリボンを着けているので、同じ顔でも見分けがつきます。
花の刺繍のリボンがハナちゃんで、蔦草刺繍のリボンがロミちゃんです。
「……夢……」
ここは学園でも、王都外れの馬車駅前でもなく……ステラが建ててくれた、嘆きの森のお城です。
わたしはベットに――クレリアお嬢様が使っていたのより、ずっと豪華なベットに横たわっていて……
思わず安堵の息を吐き、わたしは上体を起こしてふたりを抱き締めました。
「はわ! 思わぬところでご主人様成分、補充!」
「お嬢、ぎゅ~」
ふたりはなにも聞かず、わたしを慰めるように頬を撫でてくれます。
どれくらいそうしていたでしょうか……
「……すべて、実際にあった事なのですね……」
リカルド様がわたしを騙していた事も、王都から追放された事も……
「でも、そのおかげでハナ達はご主人様と出会えたのです~!」
「お嬢、ロミ達と会いたくなかった~?」
可愛らしく首を傾げるふたり。
「いいえ! いいえ、そんなことはっ!」
必死で首を振りました。
「じゃあ、過ぎた事は忘れて、ハナ達と楽しくやって行くのですよ~!」
わたしに抱き締められたまま両手を振り上げて、ハナちゃんは笑います。
「お嬢、汗だく~! お風呂行こ~」
と、ロミちゃんはわたしの腕から布団の上に飛び降りると、わたしの手を引いてそう言いました。
「そう、ですね……」
いつまでも沈んではいられません。
わたしは……それでも生きて行かなければいけないのですから。
そう思えるだけの余裕をくれたステラ達に感謝しながら、わたしはベットを降り、ロミちゃんに手を引かれて大浴場に向かったのです。
昨日も思ったのですが、大浴場は本当に広くて。
ピカピカに磨かれた大理石が、天井の晶明の明かりを映して、室内を明るく照らし出しています。
設けられた浴槽は泳げそうなほどに大きく、底からブクブクと泡が噴き出しているのです。
「はい、お嬢~。座って座って~」
ロミちゃんが裸になったわたしを、壁際にある洗い場の座椅子に座らせました。
ハナちゃんがピョンと飛び上がってシャワーノズルを取って、わたしの肩に登ったロミちゃんに投げ渡します。
抜群のコンビネーションです。
頭にお湯がかけられたので、わたしはロミちゃんがやりやすいように頭を下げます。
「それにしても、シャワーって便利ですねぇ……」
昨日もそう思ったのですが、改めて口にします。
植え付けられた知識によれば、ステラ達の世界――大銀河帝国を含む既知人類圏では、一般家庭にさえこれがあるのだというのです。
「きっとアルマークの城にだって、こんなのありませんよ」
大浴場があるというのは、リカルド様に聞かされて知っています。
でも、リカルド様が仰っていた時、手桶でお湯をかける仕草をしていましたから、きっとシャワーはないのだと思うのです。
「大銀河帝国が誇る<万能機>の技術と、この星の原始的な技術を比べる方が間違いなのです~」
と、わたしの背中を液体の石鹸――これもここに来て初めて見たものです――で洗い始めたハナちゃんが、不満げに応えます。
「かゆいトコがあったら、言ってくださいね~」
ロミちゃんはなにか良い香りのする液体――シャンプーというそうなのですが――を泡立てて、わたしの髪を洗い始めます。
指がない、ぬいぐるみのような手なのに、ふたりのマッサージはすごく的確で心地よくて、思わずため息が出てしまいますね。
そうしてピカピカに磨き上げられたわたしは、浴槽に身を沈めます。
浴槽の真上の天井はガラス張りになっていて、雲ひとつない朝の青空が見えました。
王都を追放されてから目まぐるしく状況が移り変わるので忘れていましたが。
「わたしもこのままじゃいけませんね……」
今のわたしは、全部ステラに任せきりになってしまっています。
昨日は身支度でさえ、ハナちゃんとロミちゃんにお世話されてしまいました。
ご飯だって、待っているだけで用意されるのです。
それはすごく楽なのですが……ひどく落ち着かない気持ちにさせられます。
「なにか、できる事を探さなくちゃ……」
昨日、お風呂の後、ステラを探したのですが、森に行っているそうでそのまま会えずじまいでした。
スカーさん達傭兵のみなさんも、訓練していたりで忙しそうで。
わたしだけが、なにもせずに過ごしてしまったのです。
「ねえ、わたしにもなにかお仕事をくれないかしら?」
ハナちゃん、ロミちゃんにそう声をかけると、ふたりはコテンと首を傾げました。
「ご主人様は、ハナ達にお世話されるのイヤですか~?」
「ロミ達、なにかダメだった~?」
「ああ、いえ! 違うのですよ!」
わたしは慌てて首を振ります。
「これはわたしの性分と言いますか……ずっと働いて来たので、なにもしないと落ち着かないのですよ」
学園に入学したばかりの時も、働かなくてよくなったので、すごく戸惑ったものです。
あの時は働く代わりに、勉強に打ち込んだのですよね。
「ああ、それなら~」
わたしの言葉に、ふたりは両手を打ち合わせます。
「ご主人様は、傭兵達と戦闘訓練を受けてください~」
「お嬢、強くなるべきなの~」
ふたりにサラリと告げられた言葉を理解できず……
「……はい?」
わたしは首を傾げました。