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第3話 4

 わたしは――思わず首をひねりました。


 ゆっくりと……それはもうひょいと掴めてしまいそうなほどにゆっくりと、スカーさんの大剣は振り下ろされて来るのです。


 これはアレでしょうか?


 手加減してくださってるとか?


 ――そういえばスカーさん達は怖い見た目をしてますが、聞いたことにはちゃんと答えてくれました。


 ひょっとしたら優しい人達なのかもしれません。


 強い者にしか従えないというのは事実なのでしょうが、そういう脳筋系の建前があるからこそ、この場でわたしと戦い――その建前を有効なものとするために、あえて負けてくれようとしているのかもしれません。


 でも、いくらなんでもこれはやりすぎです。


「――あ、あのっ! スカーさん!」


 降りてくる切っ先をステップでかわして、わたしはスカーさんに顔を寄せました。


 背後でドンと音がして、振り下ろされた大剣が大理石の敷かれた床を砕きました。


 すごいですね。あんなにゆっくりに見えたのに床を砕くなんて。


 筋力が優れているのでしょうか?


「――は!? え? ええっ!?」


 密着したわたしに、スカーさんが驚きの表情を浮かべます。


 ひょっとしたら女性と接する機会が少なかったのかもしれません。


 そんな彼に、わたしは囁きます。


「……スカーさん、手加減してくださるのは嬉しいのですけれど、あんな見え見えだと皆さんにバレちゃいますよ」


 いくらわたしが非力で戦いなんてしたことがないと言っても、学園で体育の授業はちゃんと受けていたのです。


 わたしの言葉に、スカーさんがニヤリと笑いました。


「――抜かせっ!」


 スカーさんは床を砕いた大剣を引き抜き、そのまま横に薙ぐように振るいました。


 さっきよりは速く感じますが、それでもわたしを折檻する時の奥様の鞭の方が、よっぽど速いと思います。


 ――だって、見えてるんですもん。


「だから、ダメですってば!」


 迫る大剣を下から持ち上げれば、刃はわたしの頭上を通り過ぎました。


「おおぉぉ――っ!?」


 グルリとスカーさんが身体を回して、泳ぐ大剣を引き戻します。


「おりゃああぁぁぁぁ――――っ!!」


 そこから勢いに逆らわず、さらにスカーさんはわたしに向けて、大剣を横薙ぎに振るいました。


「――出たっ! お頭の必殺大回転斬りっ!!」


 この茶番じみた戦いを盛り上げようとしてくれているのでしょうか。


 傭兵さんのひとりが、興奮したように叫びました。


 やっぱり、見た目と違って彼らは優しい人達なのかもしれませんね。


 なら、彼らの思惑に乗って、わたしが勝ったという(てい)を取るべきなのでしょう。


「――あのっ! ごめんなさい!」


 わたしは深々と頭を下げました。


 思えば、誰かに暴力を振るうなんて、初めての経験です。


 下げた頭の上を、大剣の薙ぎ払いが通り抜けます。


「な、なにぃ!?」


 スカーさんが大袈裟なほどに驚きます。


「だ、大回転斬りがかわされたっ!?」


 傭兵さん達も驚愕していました。


 本当に優しい方達ですね。


 演技の才能があるようですし、役者さんになればよろしいのに。


「さて……」


 ……うまく、できれば良いのですが……


 わたしは胸の前で両拳を握り締めて気合いを入れて。


「――えいっ!」


 がら空きになったスカーさんの右胴に向けて、広げた両手を突き出しました。


 トン、と。


 押し出すつもりで。


 ――瞬間。


「おおおぉぉぉぉぉ――――っ!?」


 スカーさんが悲鳴をあげて、やたら派手に吹っ飛びました。


 そのまま宙を飛んで、ホール入り口の横の壁に激突します。


 壁は砕けて、もうもうと砂埃を舞わせました。


 これは……演技とはいえ……


「――わわわっ! スカーさんっ!」


 ……いくらなんでも頑張りすぎです!


 わたしは慌てて彼に駆け寄りました。


「だ、大丈夫ですか!?」


「う、うぅ……」


 白目を剥いていたスカーさんですが、声をかけるとすぐに気づいて。


「す、すげえな。ここまで叩きのめされたのは生まれて初めてだ」


 彼はまだ演技を続けるつもりのようです。


「良いですから! どこか痛いところは……」


「いや、全身が痛えが……」


 そう言いながらも、彼は瓦礫の中からよろよろと立ち上がるフリまでして、わたしの手を取りました。


「……フッ、こんな生白いお綺麗な手ぇしてるから、ナメちまったぜ」


「そんな! わたしの手は……」


 あれ?


 言われてみて気づきました。


 長年の水仕事でボロボロになっていたはずのわたしの手は――普段からお手入れを欠かさないクレリアお嬢様の手のように、あかぎれ一つない綺麗なものになっていたのです。


「あれ? なんで?」


 と、首をひねるわたしに。


「ああ、肉体を再構築しましたからね。手だって当然ピカピカですよ。

 ご主人様、気にしてたでしょう?」


 玉座の横からやってきたステラが、そう説明します。


「ちょっと! いつまでご主人様の手を握ってんですか?」


 と、彼女はわたしの隣に立つと、スカーさんの手を払いました。


「お、おう、すまねえ……」


 スカーさんは苦笑して、ステラに両手を挙げて見せます。


「次に勝手にご主人様に触れたら、ぶっ殺しますからね!

 それで、ご主人様の実力はわかりましたか?」


「……実力もなにも……」


 こんなの茶番も良いところです。


 そう思うのですが、スカーさんはニヤリと笑って。


「ああ、お嬢、ナメたクチきいて、すいやせんでした!

 俺達、<黒熊の爪>はアンタについて行きやさあ」


 深々と頭を下げたのです。


「お、お嬢っ!?」


 初めての呼び方に戸惑うわたし。


「お嫌で? なら、姫さん?」


「い、いえ! お嬢で良いですっ!」


 庶民根性の染み付いたわたしが、お姫様なんて恐れ多いです!


「――お嬢、よろしくお願いしやすっ!」


 と、スカーさん同様に、傭兵さん達が声を揃えて頭を下げます。


 きっとここまでが、彼らの茶番劇の台本通りなのでしょう。


 ……見た目はすごく怖いですけど……わたしを見つめるキラキラとした彼らの目は、優しさに満ち溢れていて、くすぐったくなりますね。


「さてさて、お話がまとまったところでご主人様。

 お風呂の用意ができております」


「――お風呂っ!? このお城にはお風呂があるのですか!?」


 思わずわたしは食いつきました。


 お母さんと一緒に暮らしていた時は、街の公衆浴場に良く行っていたのですが、セイノーツのお屋敷に引き取られてからは――暑い夏場は、裏庭の外れにある造園用の井戸で水浴びができていたのですが、それ以外は水で身体を拭くだけの生活だったのです。


 これはわたしだけじゃなく、使用人のみなさん全員がそうでした。


 お屋敷では、お風呂を使えるのはグラーリオ様達、セイノーツ家の人だけだったのです。


「ええ。この<万能機(オーバードールズ)>たるステラは、ご主人様の美容環境を整えるために、温泉を掘り上げておきました!

 案内させますので、どうぞごゆっくりご堪能ください!」


「温泉っ! まあ、どうしましょう! わたし、公衆浴場は入った事あるのですけど、温泉は初めてだわ!」


 興奮気味のわたしに、ステラは優しい微笑みを浮かべて、汎用端末器マルチマニュピレーターをふたりほど手招きしました。


「――ご主人様、こっち~」


「おっふろ、おふろ~」


 わたしの手を引いて歩き出そうとするふたりに。


「あ、ちょっと待ってくださいね」


 わたしはそう告げて、スカーさん達に向き直ります。


 ……ステラが無茶苦茶過ぎて忘れてしまいそうになりますが……


「えっと、皆さんもわたしと同じで、いろいろあってこの地に流れ着いたのだと思います。

 これからも大変かと思いますが、一緒に頑張って行きましょう!」


 そうです。


 わたし達はこれからも生きていかなくてはいけないのです。


 せっかく出会って仲良くなれたのですから、力を合わせていきたいと思うのです。


「どうぞよろしくお願いします」


 わたしは改めて、彼らに頭を下げました。


「――へい! お嬢!」


 スカーさん達も声を揃えて、そう応じてくれて。


「ご主人様、いこ~!」


「お嬢、こっちこっち~!」


「あ、はい。おふたりも案内、よろしくお願いしますね」


 汎用端末器マルチマニュピレーターふたりに手を引かれ、わたしはホールを後にしたのです。

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