ミサイル
――おお、また流れ星だ……。
吹き抜けた風が背の高い雑草と彼を撫で、過ぎ去っていく。左右、雑草が生い茂る空き地。道路の真ん中で自転車にまたがる彼は夜空をただぼんやりと見上げる。流れ星を見つけても、もう何かを願いはしなかった。朝、起きたばかりのようにどこか夢心地、陶酔感が彼の脳を満たしていた。
……だが、曇ったガラスを拭うように遠くに見えるその光が彼の意識を照らし、脳を覚醒させた。
「ミサ……イル……?」
その尾から発せられている光は推進装置。命を燃やす炎であり、それが弧を描き、自分のほうへ飛んできていると気づいた彼は慌てて向きを変え、自転車を漕ぎだした。
なぜ、なぜミサイルが……。わからないがとにかく、できるだけ爆発範囲から離れなければ。その一心で彼は足を動かし続ける。ペダルの回転数が上がり、車体が軋むような音を立てる。だが、ふと後ろを向いたそのとき、足は止まった。
――ついてきている
ミサイルは上空でUターンし下降しつつ、彼の背に迫って来ていたのだ。
「あ、あああ!」
追いつかれるその瞬間、彼は自転車から飛び降り、雑草の中に飛び込んだ。
爆風を覚悟し、彼は身を丸めたが、轟々としたジェット音が離れていく。ミサイルがぐぐっと向きを変え、再び空へ上がったのだ。
立ち上がった彼が目でその動きを追うとミサイルはゆるりと弧を描き、そしてそれは再びこちらに狙いをつけてくることを容易く予期させた。
追尾型ミサイルが自分を狙っている。もはやそのことは疑いようがなかった。恐らく熱探知機を用いているのだろう。このままここにいても意味がない。そう考えた彼は体を起こし、町に向かって走った。理由はわからないがミサイルが自分を狙っている。と、あまりに理不尽な状況であるが他の人を巻き込むわけにもいかない。しかしどうしたら……と走りながら考える彼の目に入ったのはチェーンの牛丼屋。深夜だ。外からパッと見た感じだが客はいない。それでも一人か二人、店員がいるだろう。信じてくれるかどうかはわからないが説明し、一緒に逃げよう。店は木っ端微塵になるだろうが仕方がない。
そう考えた彼は飛び込むようにして店の中に入った。
「あの! あ……」
彼は何度も店内を見渡したが、店員の姿はどこにもなかった。奥で休憩しているのかもしれない。それとも忙しさに仕事を投げ出したあとか。何にせよ都合が良かった。
店の奥。厨房に入った彼はガスを点けようとツマミを捻る。これで熱探知をごまかそうと考えた。
しかし、点かない。なぜ。店仕舞い。店員がロックをかけているのだろうか。だが店内の灯りはついている……と、考える猶予はなかった。ガラスが割れた音に彼は咄嗟に頭をかばうようにして身を伏せた。
ハンマーを滅茶苦茶に振り回すような衝突音がする。彼が顔を上げ、厨房から客席の方を覗くとミサイルはまるで蛇口を全開にしたホースが暴れるかの如く店内を駆け回っていた。
やがて、目と目が合った。と、いうのは奇妙だが彼はそう感じた。ミサイルは浮き上がり、そして空中で静止し、彼と見つめ合ったのだ。
轟々たるジェットの音と、ズリリと彼が厨房の床を擦る音が響く。
――来る
ミサイルが動いた瞬間、彼は厨房から飛び出し、手を顔の前に交差させ、ガラス窓を突き破り外へ飛び出した。
店の中からガランガランと、フライパンや鍋を床に叩き落とした音がした。
まるでカートゥンアニメだ。非現実さを笑う余裕はないが彼は起き上がる間、思考を巡らせる。
――新型ミサイルの共同開発。
彼の脳内にその文字がよぎった。そうだ。対テロリスト用の小規模爆撃ミサイル。確実にターゲットのみを抹殺する高性能ミサイル。確かAI搭載だとか。
あのミサイルはそれに違いない。だが、なぜそれが自分を……。当然、自分はテロリストなどではない。何かの間違い。そうだ、間違いだ。ミス。エラー。実験段階のはずだ。あり得る、いや、それしかない。だが、それをどうやって向こう側に伝える? モニターか何かで見ているのではないか? いや、伝えたところで政府のやることだ。口封じ……そうとも被害者は生きているより死んでくれていたほうが都合がいい、揉み消しやすいのではないか? などとは斜に構えすぎだろうか……。
とそこで彼の思考は打ち切られた。立ち上がった彼。その背後でミサイルが身を震わせながら滞空していた。
彼はミサイルの方を向き、両手を下ろす。
今度は見つめ合う間はなかった。ミサイルは彼目掛け、一気に加速した。
彼は上体を後ろへ逸らし、ミサイルの突進を躱した。ミサイルはそのまま正面、コンビニの窓ガラスを割り、再び店内で暴れた。癇癪を起した子供のようであった。
その間に彼は近くの衣料品店のガラスを割り、中に入った。
変装。一瞬、それを考えたが無駄であろう。彼は服と服の間に身を隠す。
窓ガラスが割れた音がした。彼がそっと覗くと、ミサイルは舐めまわすようにゆっくりと店内を飛行してるのが見えた。
何かが燃える音がし、影が揺らぐ。ミサイルが体を傾け、ジェットの炎で服を焼きながらゆっくりと彼のほうへ迫ってきているのだ。
――これを食らえ
通路。ミサイルの前へ飛び出した彼は体の前に広げたコートをミサイルの先端から被せ、そして袖をギュッと結び付け離れた。
ミサイルは狂ったように頭を振る。まるで怒りを体現しているかのようにジェットの炎が勢いを増し、マネキンが倒れ、ハンガーラックが吹き飛んだ。
彼は床の上で燃える衣服を避けつつ、正面出入り口へと走る。燃えている服の何着かを掴み、丸め、そして外に出た瞬間、自分の進行方向と反対に向かって放り投げた。
ミサイルは彼の狙い通り、そちらに向かって犬のように飛びついた。
凄まじい爆発。その衝撃波は窓ガラスを割ると同時に溶かし、店を炎ごとを一瞬にして消し飛ばしたのだった。
そして……
「……命中したようです」
「おめでとうございます」
「いやー、やったなぁ」
「実験成功、と」
とある軍事基地。複数のモニターの前。一連の流れを追っていた彼らは笑い、手を叩き、そして握手を交わした。
「ああ……しかし、思ったよりも手こずったようだな」
「というかミサイルが逸れたりしたようだが、いったい……」
「ええ、まあ……。ターゲットが避けたとかでは……ないですよね。はははっ」
「馬鹿な。自転車に乗せた、ただのロボットだぞ。単純な作りのな」
「まあ、精度はおいおい上げていきましょう。爆発は想定通り、小規模に収めました。張りぼての町もほら無事です。今は成功を祝して乾杯を」
「そうだな。テロリストを殺しても市民に被害が出ては国際社会からの非難は確実」
「だが、これが上手く行けば……しかし、あのミサイルの動き。こう、執念のようなものが、それにロボットもどこか動きが」
「確かに……ん? まだロボットの発信機が動いているようだが……と何しているんだ?」
「ああいえ、その、はははっあのモニターに流れ星が映りまして、つい願いを。ああ、ほらまた。休みが欲しい休み休み。自由自由自由……」