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殺し屋の役目

作者: ツナ

 その男は殺すことが好きだった。それを仕事にしていた。ここでは男をLと呼ぶ。

Lには殺しのほかに趣味があり、良く言えばボディガード、悪く言えばストーカーだ。同じ曜日、同じ時間にショッピングモールで働いているある女の勤務時間が終わるまで待ち、その女の数メートル後ろを尾けて歩き、女が家に帰るまで見守る、これをほとんど毎日続けている。Lは女と知り合いで、女の名は紅花ホンファという。


 Lが学生の頃、紅花から一度だけ話しかけられたことがあった。紅花はいつも人に囲まれている人気者で、Lはそんな紅花をいつもこっそり眺めていた。


 Lへの次の殺しの依頼は、自殺志願者からだった。自殺とは自分を自分で殺すことを指すが、この依頼人は「自分を殺してほしい」と他人に頼んでいる。この場合、他殺とは言えないが、自殺志願者を他人が殺すことで成立する、教唆や幇助にあたる。殺し屋に言えたことではないが。その依頼人は電話でLのことをヒーローと呼んだ。Lは依頼人を今までの殺しと同じように整理番号で今回は29番と呼んだ。


 また同じ曜日、同じ時間に、Lはショッピングモールの自動ドアの前で待機していた。

Lの視界に紅花が見えたそのとき、Lはある人物と目が合った。ここ最近、写真で目にしていた人物、あの自殺志願者。つまり今回の依頼人「29番」である。29番は、Lの視線が紅花を追っていたことを把握している様子だった。29番はじっとLを見つめたまま動かない。そこに徐々に紅花が近づいていた。すると突然、29番が紅花の元へと走り出し、Lもその後を追って走り出した。

「僕を殺してくれませんか」

29番は紅花に向かってそう言ったあと、Lに目を向けると、まるでヒーローを見るかのように目を輝かせた。


 家に帰ってきたLは、まずは薬で眠らせた紅花を部屋へ連れて行く。仰向けにベッドに寝かせると、Lは紅花の髪を撫でた。離れがたいというようにそのまま紅花の髪を何度も何度も撫で続けていたが、はっと我に返り、扉に鍵をかけ部屋を後にした。次に、ガレージに停めた車のトランクを開けると、大きな布製の袋に包まれている何かがビクッと動き、Lはズボンのポケットからナイフを取り出し、その袋の大体真ん中あたりを適当に2~3回刺した。袋から唸り声が聞こえたあと、元々小汚かった袋に赤黒い染みが広がった。Lは袋を持ち上げると、ガレージから地下へ繋がる階段を下り、重たい扉を開けた先の冷たい床へ袋を放り投げた。袋の中から鈍い音が響き、Lは袋の紐を緩ませると、ちょうど良く袋の中から顔だけが解放されたのは29であった。

「29番。彼女を狙ったのは意図してか?」

Lが少し不機嫌にそう言いながら、29番の口を縛っていたロープを緩めた。息の荒い29番はへへっと笑い答えた。

「もちろん。それにしても懐かしいなぁ。あなたが僕のヒーローになってから、殺される日を楽しみにしていましたよ」

Lは眉間にしわを寄せた。

「なんの話をしている?」

それを聞いた29番は少し表情を曇らせたが、「まぁいいや」と言うと、また笑いながら続けた。

「早く!早く殺して!あぁでも、もうこれでお終いかぁ。あなたは僕のヒーローですよ。僕に生きがいをくれた。あなたの手で僕を殺して!」

段々と息の荒さが速くなる29番に、Lは表情を変えずに続けた。

「まだだ。なぜ彼女を狙ったのか答えろ」

汗や血で汚い29番は荒い息のまま少し沈黙したあとに昔の話を始めた。


 29番は顔立ちも良く、異性からの人気もあり、当時は恋人もいた。だけども世間の流れに身を任せていただけで、毎日が退屈で、異性からの人気も恋人もどうでも良かった。自分の中にある「殺されたい」という癖を以前から自覚しており、それは到底叶わないと分かっているからこそ退屈だったのだ。

ある日、29番は突然集団に囲まれ、暴力を振るわれたことがあった。その集団とは面識がなく、何よりも殺すという意思が感じられず、ただ殴られ蹴られながら事が収まるのを待っていたのだが、ある男が集団の中へとやってきては、29番を見るなり、いや、血だらけであろう顔を見るなり、目を輝かせた。「あぁ!この男に殺してもらいたい!」、そう思った。


 29番はそこまで話し終えると、「ああ、それであの女のことでしたっけ。それはいつもあなたを見ていたら、誰だってあなたがあの女を追っていることは分かりますよ」と言ったところで深く咳き込み、血を吐き出した。Lもそのときのことをはっきりと覚えていた。橋の下で集団に出くわし、興味のあまり集団の中へと吸い込まれて行き、次に目を覚ましたとき、そこに紅花がいたのだ。「大丈夫?」と可愛らしい声で話かけてくれたのが紅花だったのだ。だが、そこに29番もいたのかなんぞ覚えていない。ただ、そこに倒れていた1人を目で捉えたとき、もう少しで死ぬだろうか、と思った記憶はあった。

「あまり質問の答えになっていないが、要は私の気を一番引く方法を考え、その結果が彼女を巻き込んだということか?」

Lがそう問いかけるも、29番はもう何も答えなかった。


 Lは家の中へ戻り、紅花を寝かせた部屋の前に着くと、扉の小窓を開け、部屋の中の様子を伺った。すると、それに気づいた紅花は「出して!」と声を震わせながら叫んだ。Lは紅花が元気そうなことに安心すると、「水を持ってくる」と言い残し、小窓を閉めた。


 紅花が叫び疲れたであろう頃、Lは紅花がいる部屋の、扉の下にある一角だけ開閉できる部分を開け、小さなペットボトルに入った水を部屋の中へと転がした。Lは再び小窓を開けると、「気分はどうかな」と問いかけた。紅花は血相を変え、Lを睨んだが、表情を変えないLを見て、脅えながら「この部屋、どうして私の部屋と同じなの」と呟いた。

「あぁ、家具や配置は君の部屋の通りにしてあるからね。まさか本物の君をここに連れて来ることになるとは思っていなかったよ」

紅花はこの男が自分のストーカーであると理解したようだった。そんな様子を見たLは話を続けた。

「いや本当だよ。連れて来るつもりは無かった。巻き込んでしまってすまない」

紅花は、何かを諦めた表情に変わり、次に「どうして私なの」と呟いた。

「学生の頃、私に話しかけてくれただろう?それが嬉しくてね、それからずっと好きなんだ」

紅花は小窓からLの顔を見たが、すぐに顔を背けた。

「あんたのことなんて知らないわ。またあの女のせいね」

Lは紅花が言ったことを理解できなかったが、紅花は続けた。


 紅花には姉がいた。顔がコンプレックスだった紅花とは違い、姉は綺麗な顔立ちで、いつも人に囲まれている人気者だった。双子ではないが、留年した姉とは学年が同じだった。

当時、紅花が付き合っていた恋人から「お姉さんを紹介してほしい」と言われたことがあった。結局、自分は姉への紹介用に利用されただけだったと思い込んだ紅花は、姉を利用して、姉への復讐を思いついたのだった。その内容は、姉の恋人を痛めつけるように仕向け、その報酬は姉を紹介すること。そして紅花はもう一つ決めたことがあった。それは姉にそっくりな顔に整形すること。


 紅花はLにもう一度「ここから出して」と伝えたが、Lがその扉を開けることはなかった。


 その男は殺すことが好きだった。それを仕事にしていた。ただ、依頼があるかどうかは別だ。29番目の人物については、自分のことを殺人者ではなく、殺し屋として名乗ることができる。


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