思いついたストーリーの場面
思いついたストーリーの場面です。まとめられません。皆さんが編集者になってください
快楽は虫けらのような人間にも与えられる
歓喜よ、神々の麗しき霊感よ
天上の楽園の乙女よ
我々は火のように酔いしれて
崇高な汝の聖所に入る
汝が魔力は再び結び合わせる
時流が強く切り離したものを
すべての人々は兄弟となる
頭が冷えていく。
全身を貫いた痺れにも似ている快感は既に薄れ、遠い過去の出来事のようだった。
辺りを見渡すと、まだ微かに温かい血が僕と少女を中心に海を作っていた。
世界に音が戻り、遠く聞こえる車のエンジン音が恐ろしくなる。
僕の下敷きになっている彼女も、ナイフから流れる血も、なんだか全て現実感が無い。
こんな快楽に意味なんて無い。改めてそう思う。
僕はなんの為にこんなことを続けているんだろう。散々な目に何度も会ってきたのに。
いつでも彼女は月の下で笑っていて、僕は彼女の望むままに敵を殺してきた。
飼い主の命令をこなした犬のような誇りと、いたたまれないような気まずさ。
月は相変わらず綺麗だった。
今僕が馬乗りになっている彼女の死体は、右腕が奇妙な方向に捻じれ、首はほとんど切断され取れかかっていた。胴体は幼稚な嫌がらせのように何度か刺された跡があり、首の下、左鎖骨の隣辺りから下腹部まで一直線に切り裂かれ、血は未だ静かに零れ続けていた。
膝と脛に伝わる路地裏のコンクリートの感触が痛い。それが嫌になり、立ち上がって血で汚れたズボンと上着を見下ろす。
倒れた少女と全く同じ顔をした少女が背中越しから心底興味深そうに声をかける。
「それ、どんな気持ち?」
「行こうか」
きのこ帝国はナンバーガールをこう表現した。「耳を通って脳に青が刺さる」マイスリーが効いた無条件の安寧と希薄した現実感の中、電流のような限りなく鋭い暴力的な音が脳味噌に刺さる。鋭角恐怖症の奴は耳を塞げ。ほとんど物が無い部屋で僕はベッドに寝転がり透明少女を聴きながら藍暗咲夜からの電話を待っている。藍暗咲夜は吸血鬼だ。両親が死に、僕も死のうと思っていたある夜、彼女は僕の前に現れこう言った「私の殺人鬼になってよ」
それから僕は殺人鬼になった。殺人鬼と言っても僕が殺すのは錬金術師という連中が作った「人形」と呼ばれるホムンクルスだ。彼らは魔術師の間でも禁忌とされている「錬金術による人間の作製」を目的に魔術師と袂を分かち、魔術師と戦争をしている
夕日の差し込む部屋で、僕は声を押し殺して泣いている。体が震える。動悸がする。嫌な汗が全身に流れて止まらない。頭の中に毒や膿のような恐怖が流れ込んできて何も考えられなくなる。僕はトイレに駆け込んで指を喉の奥に突っ込み、嘔吐したあと、口をゆすいで部屋に戻り机の上の紙袋から薬のシートを取り出した。シートにはレキソタンと書いてある。僕はそこから薬を数錠取り出し、頬張って置いてあった烏龍茶で飲み下した。きっと僕の過去を知っている人から見れば、僕が過去のトラウマを思い出して泣いているのだと思うだろう。
僕の両親は僕が小学五年生のときに両性具有の魔女に殺された。残された僕は派手な虐待を受けた。指の爪を全て剥がされた後、両手両足全ての骨をハンマーで砕かれた。彼女は治癒魔法も使えるようだった。両手の骨を治した後次は両手の指を一本一本丁寧に折られた。その後両肩の骨を外し、顎の骨を外し、外れた箇所をスレッジハンマーでぶん殴られた。僕の歯は奥歯まで粉々になった。その他にも裸にされて包丁や錐で僕の体に深く何か芸術的な図形を彫られた事もあったし、朝食は母親の乳房で、昼食は父親の陰茎で、夕食はえぐり出した僕の目玉なんて日もあった。真っ暗な視界で手探りで自分の目玉を探し、口に入れた時のぶちゃっとした感覚は忘れられない。その他にも手遊びのように人体の急所ばかりをナイフで刺し、死ぬ前に治癒させたり、えぐった眼孔や砕けてなくなった歯の歯髄に硫酸を垂らしてみたり、耳の穴と鼻の穴に小さい針を限界まで、最終的にはドライバーでむりやり捩じ込まれたりされた。唯一の休息は彼女が虐待の合間、気まぐれのように傷だらけの僕を犯すことだった。両性具有なのでもちろん陰茎の方で。僕は既に犯されるということがどういうことなのか体でも心でも知っていたが、犯されている間は「痛いことをされずにすむ」という安心感があった。助けが来る直前に、彼女は治癒不可能な傷だけを治癒して姿を消した。助けが来るまでの数日感、僕がどんな目にあったのかは書ききれない。あまり思い出すと気持ちが悪くなる。
しかし、今僕が苦しんでいるのはそれとは全く関係ない。パニック発作は脳の故障だ。扁桃体の異常興奮だ。それ以上の意味は全くない。だから僕は薬を飲む。効くまで何錠も飲む。後の事なんて知ったことか。
「咲夜」
「行け」
その言葉を聞いた瞬間僕は弾かれたように飛び出す。
火の届かない塀の上を走りながらズボンのポケットから折り畳みナイフを取り出して刃を開いた。相手が反応するよりも速く人形の上に辿り着き、ナイフを振り下ろしながら彼女に向かって飛び降りる。
ナイフは空を切った。
人形は刃が届くより一瞬早く飛びのく。僕は後を追い、ナイフで彼女を奥へ、奥へと追い詰めていく。時々彼女は僕に向かって火を噴く。射程は2、3メートル程度だったが僕は後退せずに炎を躱し彼女の懐に入ろうとする。
目が冴えている。これは殺人鬼の特性だ。殺人鬼になった者は不眠症に苛まれる代わりに、身体能力の向上と精神の加速を得る。これは極限状況や興奮状態になると更に顕著だった。
瞳孔が開いている。夜だというのに街灯の明かりと人形の炎がやけに眩しい。
知覚の処理できる情報量が大きく増えている。脳を机に例えるなら良く整理された、というより余計なものを全て下に叩き落して作業をしているような爽快さ。
もはや倦怠も酩酊も無かった。あるのは全てが拡張され、強化された自己と圧倒的な現実感だけ。
心臓はまるで鼓動が聞こえるように拍動していたが、全く息苦しさは感じなかった。脳に、内臓に、細胞の一つ一つに血が巡るのを感じる。切ないような歓喜で首筋に痺れが走り、背中に鳥肌が立つ。
ナイフを突き出した腕を蹴りで弾かれ、彼女は僕の横をすり抜ける。追いかけようとするが、彼女が走りながら噴く炎をくらった。とっさに顔を腕で守ったが、上着の袖や手、髪が焦げる。
彼女の狙いは僕の後ろにいる、魔術で鎮火しようと木材の上の空中に描いた魔法陣から雨のように水を降らしていた藍暗だった。僕はナイフを左手に持ち替え、上着のポケットから缶を取り出し思いっきり力を込めて投げた。缶は普通の人間の膂力では有り得ない速度で音を立てて飛んで行った。炎の奔流を突っ切り、人形の後頭部に直撃する。人形はふらつき、一瞬あらぬ方向に炎が逸れる。僕はその隙に人形に駆け寄った。人形は体勢を立て直し僕に向かって右手を突き出そうとするが、懐に入った僕は左手で彼女の右手首を掴んだ。炎に当たることを気にせずそのまま両手を使って腕を捻じ曲げる。骨の砕ける音とブチブチという何かが切れるような音がして火がとまる。
そのまま体重をかけて組み伏せる。
勝負はついた。しかし腕を破壊されたにもかかわらず人形は全く痛がる素振りを見せなかった。無表情に虚空を見つめている。
鎮火を終えた藍暗は慎重に睦月に近づき、その額に触れる。
「ようしよしよし」
藍暗は呟く。
「殺してよし」
僕はナイフを少女の首に突き刺した。
恐ろしいほどの悦楽が僕を襲う。
「あなた、天使でしょう?」
エリスは僕にそう言った。
「僕は天使なんかじゃありませんよ。ただの人間で、半吸血鬼で、殺人鬼です」
「あなたの事は知ってます。悪い魔女に酷い事をされたあと、天使になれるようになったって。本当に痛ましい事です。ですが神は乗り越えられない試練は与えません。あなたは試練の結果天使になった。それはとても稀有で、素晴らしい事なんですよ?」
「「教会」に入りませんか。「奇跡」――あなた達の言う異能を持つ者は、教会では「聖人」と呼ばれ尊ばれます。吸血鬼の呪いだって、祓うことができます。日の光の届かない夜で苦しみ傷を舐めあうより、神の光によって救われませんか?」
「僕の信じる神は彼女だけです。それに苦痛は、僕が持ってる唯一の人間らしさだから」
家に帰ると扉の奥から少女の笑い声がする。咲夜だとすぐにわかった。リビングに入ると咲夜が床に倒れてケラケラと笑っていた。机の上を見るとコーヒーの入ったコップと空になったマイスリーのシートが置いてあった。
「透明な世界は文学の限界なの」
咲夜は呂律の回らない舌でそう言った。
「机は『机』という言葉があって始めて机になるし、犬は『犬』という言葉があって初めて犬になるでしょ?物から言葉が剝ぎ取られたらそれはもう何物でもない、ただの「存在」なの。この世界から言葉を全て無くしたら、全ての物が透き通るの。透明な世界になるの。だから透明な世界は文学の限界なんだよ」
「はいはい、わかったわかった」
僕は咲夜の軽い体をお姫様だっこして寝室に運ぶ。ベッドに寝かせると咲夜は僕の体に抱きついて引き倒してきた。
そして僕の首筋に歯を立てる。
鋭い痛みとともに、モルヒネと覚醒剤を混ぜて少しだけ舐めたような、甘く痺れる快感が体中に広がってく。僕は血を吸われるがままにされていた。気紛れを起こして、僕も咲夜の首に歯を立てる。咲夜は少しだけ喘ぎ、体から力を抜いた。でも口は僕の首から絶対に離さない。
インターフォンを押す。
「はいはいどなた~?」
「僕だ」
「先輩!ちょっと待ってくださいね~」
扉が開くと中からショートカットの目がイッてる少女が出てきた。
彼女は薬師寺翔子と言う。藍暗勢力の魔女で、重度のベンゾジアゼピン中毒者だ。複数の病院をはしご通院したり、闇取引の業者を魔術でだましたりして大量の向精神薬を持っている。
「どうしたんすかせんぱ~い!女の子の部屋に一人で来るなんてえ~あれっすか?浮気っすか?あばんちゅーるっすかあ~!?」
「マイスリーを2シート、デパスを3シートくれない?」
ちなみに普段の彼女はもっと穏やかで、気弱な女の子だ。完全にラリってる。僕以上に耐性がついているはずなのに、いったい何錠飲んだのだろうか。
「あ~はいはい。3000円になりまーす」
そう言うと彼女は奥に引っ込んだ。翔子は僕に特別安く薬を売ってくれる。闇業者や、「商会」から買うとこの二、三倍以上の値段がする。なぜかと聞いたら、
「後々藍暗のトップに君臨する御方に媚びを売ったほうが何かと得っすから~」
と言っていた。
「マイスリーでいいんすか?先輩耐性ついてますよね?ハルシオンもサイレースもありますよ」
「いや、マイスリーでいいよ。咲夜が勝手に一シート飲んだんだ」
「中原中也の言った言葉に名辞以前の世界というものがあるわ」
文月灯は本から目を離さずにそう言った。
「名辞以前の世界?」
僕は咲夜がラリっていた時に言っていた「透明な世界」という言葉が何となく気になって、文月先輩にそのことを話したのだった。
「『これが手だ』と、『手』という名辞を口にする前に感じている手、その手が深く感じられてればよい」
「そう中也が言ったんですか?」
「うん。『面白いから笑うので、笑うから面白いのではない。笑うとは言わば面白さの名辞に当たる』って」
「どういう意味でしょう」
「私が考えるに、人が何かを見たり、聞いたりしたとき、すぐにそれが言葉に浮かぶのが一般的な人間なの。それが無くなったとき、人間は言葉を介さずに、ありのままの感情を自分の内に抱える。十の名辞以前――名辞以前とは人が感じた事を言葉にする前の感覚のことね――に対して9の名辞を持っている人と8の名辞以前に対して8の名辞を持っている人では後者の方が詩人として豊富だ。私の中也の解釈はそんな感じ」
「そして全ての言葉を無くした状態が咲夜の言っていた『透明な世界』だということですか」
「私の考えではそう言いたかったんじゃないかって思うの。もちろん勝手な想像だけどね」
僕は文月先輩の言っている事の半分もわからなかったが、なんとなく感覚として咲夜の言っていたことが理解できた気がした。ラリってる人間の言葉をまともに考えるなんて馬鹿げたことだが。
「でも睡眠薬は意識の内側に思考が寄ってくる。頭が言葉でいっぱいになる。名辞以前の世界とは真逆の状態だわ。まあ、だからこそ、世界が言葉で埋め尽くされているからこそ、逆説的に名辞以前の世界――透明な世界の事を感じたんじゃないかしら。咲夜様はとても鋭くて、頭がいいから」
それは自分の組織の上の人間に媚びを売っているのとは違う事がわかった。一目藍暗咲夜を見た人間なら、百人中百人がそう言うだろう。
「彼女がなぜ君を選んだか知ってるかい?」
僕が答えずにいると、湊瑠衣は気にせず続けた。
「まず君が性分化疾患であること。中性、無性は天使の条件だからね」
それは僕にとってかなり深い部分にある傷だったが、顔には出さずにこう答えた。
「僕は男だよ」
「でも魔術はそうは認めてくれなかった。悔しいかい?君は無性として天使に選ばれたんだ」
「それでも性分化疾患の人間は珍しいとはいえ沢山いる。君が選ばれた二つ目の理由、理由としてはこっちの方が決定的かな」
そういって湊はこう続けた。
「異能を持つ物は心が、魂が欠けている人間が多い。異能はそんな隙間に入り込むんだろうね。それでも天使化なんて大げさな異能、相当大きな空白じゃないと入りきれない。君は空っぽだったんだよ。欲望も無く、希望も無く、苦痛からは逃げ出し、逃げ切れなかったら受け入れて、「人生」を送っていなかった。生きているだけだった。だから彼女は君に目を付けた。君は彼女に壊される前に壊れていたんだよ。生まれつきの製造ミス、と言った方が正しいかな?」
僕は何も答えない。
「まあ良いんじゃない?そのおかげで君の神様、藍暗咲夜に出会えたんだから。苦痛まみれだったけど、確かに幸せだったろう?『君は君の不幸の中で幸福だ』。彼女は僕の物になるけどね」
それだけ言うと、フェンスの上に座っていた湊瑠衣はそのまま上体を後ろに下げ、屋上から真っ逆さまに落ちていった。屋上から下を見下ろすと、湊の姿はどこにもなかった。