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魔法の授業には二種類ある。
座学と実技だ。
午前の授業は、全て魔法の実技授業へと変更された。
「それでは、皆さんには大量発生したスライムの討伐をしてもらいます」
教師からそんな説明があった。
どうやら、学園が実技授業で使用している森にスライムが大量発生したらしい。
ちなみに学園の私有地である。
それを生徒に討伐させるらしい。
攻撃魔法や、チームプレイを学ばせようと学園側は考えたのだろう。
他のクラスの生徒たちもいる。
どうやら合同授業らしい。
授業内容の説明を受けて、まず最初にウカノはこう思った。
(駆除剤まけよ)
農業ギルドで販売されている、モンスター用の駆除剤を撒けば一発で終わる。
しかし、それでは授業にならない。
そもそも、そんなものがあると学園側は知らないのだろう。
知っていたら、購入して使用しているはずだ。
ここは仮にも名門校で、予算は莫大のはずだから。
生徒たちは、何人かでグループを形成するもの達と、単独行動をするもの達で別れていた。
ウカノやアールは後者だ。
無理やり班わけをされないで良かった、とウカノはホッとしていた。
授業開始の合図とともに、生徒たちが森に散開していく。
アールはさっさと、姿を消した。
ウカノもそれを追いかける。
何人か、クラスメイト達がウカノに声を掛けようとしていたが、ウカノはそれに気づかない振りをした。
冒険者としての功績から、チームを組んで欲しかったのだろう。
しかし、ウカノにとっては最優先事項は授業ではなかった。
(敵は現地民と入れ替わる、だったか)
その最初の犠牲者が、おそらくアールだったのだろう。
単独行動、森の中。
条件は揃っている。
ウカノは気配を消す。
そして、アールを尾行した。
アールは、面倒くさそうに奥へと歩いていく。
(おかしい)
ウカノは森の違和感に気づいた。
(大量発生っていうほど、スライムがいない。
いや、それどころか、他のモンスターの気配もしない)
全く気配が無いわけではなかった。
けれど、明らかに少ないのだ。
森の入口付近には、そこそこスライムがいた。
あそこに集中しているだけなのか?
そう考えたが、すぐにその考えを振り払う。
他に生徒はいない。
「…………」
ウカノは後ろを振り返る。
そこで、気づいた。
他の生徒たちの気配が消えている。
ウカノは、アールを見た。
彼は、遭遇したスライムを足蹴にしている。
そのすぐ近くの木から、なにかが蠢いた。
ウカノは駆け出した。
そして、アールに突撃する。
「は?!
お前、なにっ」
アールがウカノの登場に驚く。
しかし、構わずウカノはアールを抱き込んで転がった。
その直後。
トス、トストスっ!
アールが今まで立っていた場所に、何かが突き刺さった。
ウカノは、アールを覆ったまま顔だけそっちに向ける。
「おいっ!どけよ!!
何なんだよ!!」
ウカノの下でアールが喚く。
しかし、それには応えずウカノは立ち上がりながらアールを今度は抱き抱えた。
「おいっ!離せや!!
なんか言え!!」
じたばたとアールは暴れる。
しかし、ウカノはビクともしない。
「逃げるぞ」
ようやく答えかと思ったら、ウカノは短くそういった。
アールはそこで、ウカノの視線を追って同じ方向を見た。
自分がついさっきまでいた場所。
そちらを見た。
途端、アールの顔色が変わった。
そこには、モンスターのようなものがいた。
『ようなもの』というのは、つまりアールの知識にはない怪物の姿がそこにあったのだ。
傍目には、蜘蛛に見えた。
足の長い、クマのように巨大な蜘蛛。
それが木の幹に張り付いている。
長い足のいくつかが、地面に突き刺さっている。
そして、本来顔がある部分には、黒髪を振り乱す人間の女性のそれがあった。
「なんだよ、あれっ!?」
「さぁな」
ウカノは、その怪物から目を離さないようにジリジリと後ずさりする。
怪物の方は、様子を見ているようだ。
(このまま背を向ければ、背中からやられる)
確信は無かった。
けれど、そうなるだろうとウカノは予想した。
「…………」
だから、ゆっくりと後退する。
しかし、向こうはそれを待ってくれなかった。
ぴゅっ、ピュピュっ。
口から液体のようなものを飛ばしてきた。
それを避ける。
異臭が鼻を着いた。
液体がかかった場所が、溶けていた。
それを目の当たりにして、アールが息を呑む、
「っ!!」
「簡単に逃がしちゃくれないよな」
一方、ウカノは冷静だった。
ウカノはアールを肩に抱え直す。
それから、指を空中に走らせる。
魔法陣が展開した。
火魔法の魔法陣だ。
「燃えてくれよ!」
ウカノは魔法を放った。
魔法陣から放たれた炎が、怪物を取り囲み燃やす。
――きげっ、ギャァアアっ!!――
怪物からそんな悲鳴にも似た叫びが上がる。
しかし、怪物はその炎の中からウカノ達へ突進してきた。
「しっかりつかまってろよ!!」
ウカノは、アールへ向かってそう言うと、勢いよく跳んだ。
怪物が焼かれ、苦しむ姿が眼下にあった。
(やっぱ、こっちの方が確実だな)
容赦なく、ウカノは怪物の顔面へと蹴りを叩き込んだ。
怪物がまたあの液体を吐き出すが、勢いは無かった。
ウカノの足が、怪物の顔へめり込む。
瞬間、めり込んだ方の足に痛みが走った。
痛みに一瞬だけ顔を歪ませるが、構わずウカノは、そのまま今度は地面へ怪物をめり込ませた。
土煙があがる。
やがて、それが晴れると地面にめり込んだ怪物の死体が現れた。
ウカノは足を引き抜く。
あの液体にやられたらしく、靴は溶け、皮膚が爛れていた。
「…………」
ウカノは、怪物がちゃんと死んでいるのか確かめた。
怪物はたしかに死んでいた。
「っよし、終わり」
ウカノが言った時だった。
周囲の景色が一変した。
ウカノ達は、森の出入口に立っていた。
そこにいた生徒や教師たちの視線が一気に集まる。
「お前たち!どこにいたんだ?!」
今まで影も形も無かった二人が、突如現れたものだから教師の一人は驚きの声を上げた。
「え、どこって、え??」
これにはさすがにウカノも戸惑ってしまう。
「おい!!降ろせや!!」
アールがウカノの肩で暴れた。
そんな2人の背後に現れた、モンスターのような怪物の死体。
場は騒然となった。