12
ウカノが通されたのは、この冒険者ギルドのギルドマスターがいる部屋だった。
執務室である。
ギルドマスターは、受付嬢から話を聞き、ウカノを見た。
顎髭が特徴的な大柄な男性だ。
「ダークドラゴンを倒した、ねぇ?」
ジロジロと値踏みするかのような視線を向けられる。
正直に話した方がいいと判断して、ウカノは嘘をついた理由も含めて洗いざらい説明した。
説明が終わると、ギルドマスターから質問が飛んでくる。
「どこで、そんな強さを手に入れた?」
「……さぁ?
家の手伝いしかしたことないので、なんとも」
「ふざけてるのか?」
「本当のことです。
話すべきことは話しました。
嘘だと思うなら、そう思ってもらって結構です」
「…………」
「お話はしました。
もういいですね?
それじゃ、失礼します」
ウカノはさっさと部屋を出ていこうとする。
しかし、呼び止められた。
「まぁ、待て。
農業ギルドの方だとどうか知らんが、冒険者ギルドは基本実力主義なんだ」
「はあ?」
ギルドマスターの言葉の意味をはかりかねて、ウカノはそう返す。
「とりあえず、お前の実力を知りたい。
結果によっては、一気にAランクになることも可能だ。
受けられる依頼も増える」
「興味ありません」
そもそも冒険者として活躍したいとか、そんなことウカノは思っていなかった。
だから、Aランク冒険者になれるかもしれないと言われても、興味すらない。
「じゃあなんで、冒険者として登録してる?」
「身分証の予備としてカードが欲しかっただけです」
「馬鹿にしてるのか?」
「嘘を言っても仕方ないじゃないですか」
睨まれるが、ウカノはどうでもいいと思っていた。
あくまで身分証の予備が欲しかったのはその通りなのだから。
もしもこの態度が原因で、冒険者資格を剥奪されるならそれはそれで気にならない。
元々、冒険者として登録をするよう薦めてきたのはエリだった。
ウカノとしては、軽い気持ちでそれに従っただけだ。
「……冒険者活動は遊びじゃないんだ」
「知ってますよ。
稼がなくちゃいけませんもんね」
淡々と返した直後、ウカノの声が低くなった。
「だから、稼ぎにならない農家や村の依頼は、どれだけ出しても無視し続けられてきた。
いつだって、切り捨てられるのは弱い方ですからね」
声は低いけれど、その顔は笑顔だ。
「なにが言いたい?」
一気に剣呑な空気になる。
ウカノが、さらに言葉を続けようとした時、バタバタと部屋に駆け込んで来る者がいた。
ギルド職員だった。
「大変です!!」
部屋にいた三人の視線が、その職員へ注がれる。
「今すぐ、受付に来てください!!」
何かトラブルが起きたのはすぐに察せられた。
ギルドマスターと受付嬢は、部屋を飛び出していく。
それに職員が続いた。
最後に、ウカノが部屋を出る。
受付に行くと、さっきとは打って変わって騒がしかった。
受付台を背もたれに、カタカタと震えている人間がいた。
老婆と青年だった。
受付嬢達が話を聞いている。
「西にある街から来たらしいッすよ、あの二人。
なんでも、乗り合わせた馬車が、途中で盗賊に襲われたとか。
おばあさんは、孫娘を。
あっちのお兄さんは、婚約者をそれぞれ奪われたらしいっす。
二人は命からがら、逃げてきたとか」
そう説明してきたのは、ライドだった。
「……衛兵に通報は?」
「お役所は動くの遅いっすからねぇ。
それに、王都が襲われた訳でも貴族の馬車が襲われたわけでもないし。
それより、冒険者の方がフットワーク軽いっすから」
「なるほど、それで冒険者ギルドに駆け込んできた、と」
「賞金首を専門に討伐する冒険者もいるっすから」
「馬車を襲った盗賊は有名な賞金首なのか?」
「そこを今、受付さん達が詳しく聞いているところっす」
ちらり、とウカノはその場を見回した。
何人か、目を輝かせている冒険者がいた。
おそらくその者達が、賞金首を狩っている冒険者なのだろう。
「ふーん」
ウカノは適当に返して、入口へ歩いていく。
ライドがその背を慌てて追いかける。
「え、ちょちょ、どこ行くんすか!?」
「どこって、帰るんだけど」
「帰るって、この状況で?!」
「賞金首の討伐依頼受けられるのって、Cランクからじゃなかったっけ?
俺、Dランクだから」
「え、えぇ~??
ダークドラゴン倒したのに?
さっきギルマスと話してたのも、その功績を認められての昇級の話だったんじゃ」
想像力豊かな金髪だな、と思いながらウカノはパタパタ手を振った。
「違う違う」
「それだけ強いんだから、この依頼を受けてもいいんじゃ」
「まだ依頼出されてないでしょ」
「そうですけどぉ」
「それに、俺、やることあるし」
「やること?」
「除草剤と噴霧器買うの忘れてたから、買わないと」
「……はい??」
「あとキュウリも植えたいから、ネットも用意しなきゃな」
燻製も作りたいので、それ用のチップも買って帰らなければならないのだ。
お分かりいただけただろうか?
ウカノが、明らかに食いきれない量の野菜を作ろうとしていることに……。