婚約
「菜月見て、式場のパンフレットもらってきたよ」
結婚に積極的だったのはむしろ祐介の方だった。
結婚の日取り、指輪、式場、引っ越し…、全部祐介がああしたい、こうしたいと言ってくれた。けれど私はどこか不安だった。本当にこの人と結婚できるのだろうか?
「俺は絶対、菜月と結婚したいし、すると思ってるから」
祐介は何度もそう言ったけど、具体的なことが何も決まらず2カ月が過ぎた。
「ねえ、そういえば顔合わせとかしなくていいの?」
「顔合わせ?」
「まずは、私の両親にも祐介のことを紹介したいし、祐介の両親にも私のことを紹介して欲しいの」
「ああー…」
祐介は乗り気じゃなかった。何かがおかしいと思っていた。
本来ならこの辺りでもっと話し合えば良かったのに、話し合ったら別れてしまう気がして何も言えなかった。いや、本当は別れた方が自分のためだったのはわかっている。
「うち、親が厳ししから…」
「でも結婚するならいつかは挨拶に行かないと」
「そうだよね。ちょっと、聞いてみる」
その話からさらに2カ月が経ち、私はやっと祐介の両親に紹介してもらえることになった。
祐介は実家だし、私の家からだって遠くはないのに…。
「初めまして。祐介さんとお付き合いさせて頂いている、二宮菜月です」
「祐介から話は聞いているわ。よろしくね、菜月ちゃん!」
てっきり自宅に伺うのかと思っていたけど、祐介の家の近くにある高級料亭を指定された。
この日のために落ち着いた感じのワンピースを買い、化粧も頑張った。
祐介の両親に少しでも良い印象を持って欲しかった。
「菜月ちゃんは下着メーカにお勤めなんでしょ?仕事は忙しい?」
「忙しい時もありますが、基本的には定時で帰れます」
「あら、そう。 …聞いていると思うけど、うちは会社を経営していてね。いつかは祐介に譲るつもりなの。そうなった時、祐介のことちゃんと支えてもらえるのかしら?」
これはいつか会社を辞めるつもりがあるのか、ということなのだろうか?
それともただ献身的に支えろ、ということなのだろうか?
私は質問の意図がはっきりわからないまま「はい、そのつもりです」と答えた。
「そう。だったら安心ね」
そう言って、お義母さんは笑った。
祐介のご両親は、私にはあまり色々聞いてこなかった。
代わりに、祐介が小さかった頃のこと。はじめは会社勤めをしていたけれど家業を継ぐために会社を辞めたこと。その家業のこと。色々話してくれた。
終始和やかだったと思う。会社の面接で言えば、受かったな!という状態だった。
そして、1週間後。
「菜月。改めて、俺と結婚して欲しい」
そう言われ、婚約指輪を差し出される。
「正直、両親に反対されたらと思うと心配でなかなか紹介できなかったんだ。だけど両親も菜月のことを気に入ってくれたみたいだし、これでなんの不安もなく結婚できる」
「祐介……」
「これ、急いで買いに行ったから安いものだけど」
「ううん、値段なんていいの。ありがとう。嬉しい」
思わず涙があふれた。この人と結婚できるんだ、その時はそう思っていた。