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それぞれの時間  作者: 7
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夜はバタバタと過ぎる

「か〜わいい〜」

ベットから見上げながら、私に向かってクスクス笑いながら声をかけられた。

「海野さん、何が可愛いの?」と笑っている訳を尋ねてみた。

「あんたの頭!ちょこっとだけ毛が出てる」


私の肩まで伸びた髪は、作業するとき顔にかかって邪魔になるので無理矢理ゴムで引っ詰めたため、ゴム先にちょっと出てる程度。


どうやら、彼女はそのちょっとしか出てない髪がお気に召したらしく、しきりに褒めてくれる。


深夜2時、尿でパンパンに膨れ上がったパットを新しいパットに取り替えて、布団を整えてから次の部屋へ急ぐ。


ここは、認知症、全介助などの方が入所する老人養護施設。私はここで働き出してから2年目になる。 


働き出したきっかけは、自身の親も良い歳になるが介護の知識というものが皆無だった為、勉強の意味も兼ねて介護の世界に飛び込んでみたのだ。


いざ、現場で働き始めると知識不足から戸惑いや疑問が湧いてきたので資格も取ることにした。介護福祉士を取るには、実務3年と実務者研修というものが必要とわかり、まずは実務者研修を取得した。


老人養護施設の夜は、すごく慌ただしい。

歳をとると運動量も少ないし、そうそう変化に富んだ生活を送る訳でもないからか、なかなかまとまった睡眠が取れる方が少ないようだ。


事務所のモニターでベットから離れるとわかるようになっているので、離床になったらすぐに駆けつけないと、転倒してたり、認知の進んだ方なんかは床に汚物を撒き散らしている。 

また、それを丁寧に洋服で拭き取ろうと試みたりする親切な方もいらっしゃるので、急いで行かないと大惨事が起こる。


モニターに離床のランプが着いた。 

津村さんの部屋だ。急いで階段を駆け上がって、部屋に行ってみると、暗闇の中車椅子に座っている。


電気をつけて、「こんばんは、どうしたの?」と声を掛けた。

「あ〜みえこさん、冷蔵庫のなんか飲もうと思うんだけどね」

暗闇の中、飲みものを取りに行きたかったようだ。

もちろん、私はみえこさんではない。


「何か飲みますか?」冷蔵庫の扉を開けて中を見せた。

「そこに、ワインが入ってるから一杯やろうかと思うんだがね」

冷蔵庫の中には、お茶とコーヒーとジュースがあるが

ワインは無い。

「今日はもう遅いから、ジュースにしときましょう」

そう言って、ジュースをコップに注いで手渡した。


どうするかな?と反応を見ていると、素直にジュースを飲んでくれた。


津村さんは、ニコニコした可愛いおじいちゃんだか、頑固な面もあり、納得しないと頑として譲らない性格だ。


「タカシはもう帰ってきた?飯は食って、下に居るかね?」多分、息子さんのことかな?と思いつつ。


「はい、もう休んでますよ。」時計を見せながら、

「今、夜中の3時ですから、おやすみになられて下さいね」

時計を見て納得したのか、「まだ、起きるには早い時間だね。休もうか。」とベットに横になってくれた。

「ちょっと、パットだけ確認させて下さいね」と素早くパットを交換して、電気を一番小さい保安灯を付けて部屋を後にした。


そうこうしてるうちに、巡回パット交換の時間になったので、伊藤さんの部屋へ急いだ。伊藤さんは、時間にので遅れると機嫌がわるくなる。


5分遅れで伊藤さんの部屋に入り、「こんばんは、パット交換させて下さいね」と声を掛ける。


「今何時ですか?」といつものように時間確認から始まる。

「午前3時ですよ」5分過ぎてるけど、そこは切り捨て。

「そうですか、今3時なのね。もう、わけがわからなくなっちゃってすみませんね」


伊藤さんはとてもキッチリした方だったようだ。

現在は、視力も低下して物がよく見えない。

身体も一人では自由に動かせない為、パット交換になっているが、頭はしっかりしてるので気持ちがマイナス思考気味だ。


「もう、わけもわからんし身体も動かせないから皆んなに迷惑かける存在で、早よ死んだらいいのに。自分で死ぬことも出来んし、生きてる意味無い。」


私はこの問いかけには答えず、

「パット替えさせていただきますね」「ちょっと、横向きにしますね」と仕事の会話で返しながらパットを交換する。


「ごめんなさいね、こんな事までさせてしまって申し訳ない」

この問いかけには、私は必ず返答する。


「いいえ、伊藤さん。皆んな同じですよ。

私も将来身体が動かなくなったら、誰かのお世話になるんですから。みんな行く道です。」


すると、少し顔がほころんで「そう言って頂けると

気持ちが少し楽になるわ。ありがとうございます」


「では、失礼いたします。お休みなさい」

そう言って、次の部屋へ向かう。


パット交換は、23時、2時、5時に10名ずつ回っていく。その合間にもコールが鳴ったら、そのお部屋に駆けつけて、トイレ介助や尿汚染の為の着替え、片付け、掃除、洗濯。加えて、離床の部屋の様子見。


あっと言う間に時間が過ぎていく。


もう少し歳を取ったら、この仕事は無理だろうなと思う。


でも、今はここでお世話させて頂くようになった方達は何かしらの縁がある方達なんだろうなと思うので

今私が出来る事をさせてもらっている。


私が働きだしてから、まだそんなに経ってないがもう何人もの方達が荼毘に伏された。


昨日まで、杖を振り回していた徳田さんも、

食べた側から、「ここは飯も食わせん!」といつも憤慨していた瀬戸さんも、転んでも転んでも徘徊を辞めない七尾さんも、出勤して申し送りを確認していると

永眠と書いてあって、姿がなくなっていた。


この仕事を始めて、人間の死というものをより身近に感じる。また、沢山の方の生き様というものを見せていただいている。










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