第8話 復讐のその果てに
復讐。そう、復讐と言ったのだ。私の目の前にいる横山龍弥は。私が、この魔法の力を手に入れた時に誓った復讐と。
「先日、僕は見てしまったんですよ」
そう前置きし、龍弥くんは語り始めた。
「僕が、高校から帰る途中のことです。なにやら、教師用の出入り口からなにやら物音がしました。そこで」
はっと私は気づいた。そうだ。その日、私は…
「あなたが、林先生を殺害している現場をね」
教師用の出入り口は、普段生徒が使うことはない。それで油断していた。人払いの結界を張らなかったのだ。そこで、龍弥くんは私が林先生を殺すところを見ていたのだ。
「最初は驚きましたよ。普段は皆からの信頼も厚いあの優等生の水瀬さんがそんなことをするなんてね」
「……」
「林先生は生徒に暴力を振るっていたことは知っています。そのために、殺害するに至ったということは見当がつきました。問題はそのあとです」
「……」
「あなたはそこで不思議な力を使っていました」
龍弥くんは、その顔に悪相を浮かべ、私に顔を近づけた。
「それで僕は本能的に理解しました。この力を使って水瀬さんが智枝美を殺したのだと」
安藤智枝美。それは、私が初めて復讐した相手だ。私を散々いじめ続けていた女。それが智枝美だ。
ああ、そうか、と私はふと気づいた。龍弥くんと智枝美は、彼氏彼女の関係にあったのだ。それでか。彼女を殺されたその“復讐”をするために私の家族を襲ったと。でも、それでもわからないことがある。なぜ、龍弥くんは一瞬で人の首を切るような力を持っているのか。
「僕は許せなかった。智枝美は僕がこの世で一番愛した女。それを、あんな残酷な姿に…」
そう言った龍弥くんは憎悪に満ちた顔をしていた。
「この力……どうして……」
「どうしてとは?」
「どうやってこの力を手に入れたの」
「ああ、そういうことですか。いいでしょう。教えてあげますよ。その日、憎しみに心を支配されていた僕に、ある人物が近づいてきました。そして、僕に力を与えてくれたのです。あなたと同じ魔法の力をね。誰からとは言いません。それが契約ですから」
もらった?龍弥くんは魔法の力をもらったと言ったのか?どういうことだ?
だが、今考えるべきことはそれじゃない。
「それで……あなたはこれからどうするの?」
出にくなった声を懸命に絞り出して、なんとか龍弥くんに疑問を投げかけた。
「あなたを殺します。智枝美と同じようにね」
そう言い、私が反応する前に龍弥くんは右手の手のひらを広げ、私の方に向けた。
「ぐはっっ!!」
何も抵抗することができずに、私は吹っ飛んだ。やばい。殺される。そう思い、抵抗しようとして、私も右手の手のひらを広げ、龍弥くんに向けようとする。
「い、いない……!?」
先ほどまで、私の目の前にいた龍弥くんの姿が消えていた。
「うっ……!」
すると、突然後ろから腕を首に回され、そのまま締め付けられる。いつのまにか、龍弥くんは私の後ろに回っていたのだ。なんて、素早い動きなんだ。
「ですが、簡単には死なせませんよ。智枝美が味わった以上の苦しみを与えてから、殺してあげます」
龍弥くんは後ろから私の耳元に口を近づけ、そう呟いた。そして、舌を出し私の頰を舐めた。
「うっっ!?」
全身に寒気が走った。それでも、龍弥くんの舌は私の顔を舐め回し続ける。
「……はぁ……はぁ……どうして……あげましょうか……」
龍弥くんは顔を紅潮させ、興奮した様子でそう言った。
反撃をしようにも、首をガッチリと閉められている以上身動きが取れない。全身に力が入らない。それでも、なんとか力を振り絞り、魔法の力で後ろにいる龍弥くんに衝撃波をかます。
「なにっ!?」
龍弥くんの体が後ろに吹っ飛ぶ。よし、このまま反撃だ、と思うもつかの間、龍弥くんの体が消える。そして、私の体に、突如痛みが走る。
「ぐはっっ……」
私は血を吐き出した。そして、その場に倒れこんだ。見ると、お腹が切り裂かれ、血が海のように流れ出ていた。
「その体では、もう反撃は不可能ですね」
そう言い、龍弥くんが私の目の前に現れた。にんまりと、うれしそうな顔をほころばせながら。ゆっくりと私の方に近づいてくる。だが、私は傷の痛みで動くことができない。魔法を使おうにも、力が入らない。
「あっけないですねぇ。いいでしょう。もうあなたをいたぶるのも飽きてしまいました。殺してあげますよ」
龍弥くんが手のひらを広げると、そこに大きい釜のようなものが出現した。そして、ゆっくりとそれを振り上げる。
「さようなら、水瀬さん」
目の前にいるのは、もう人間ではない。復讐に心を支配されてしまった悪魔だ。
だが、人のことを私が言えるだろうか。つい先日まで、私も復讐に心を支配されて人を殺したばかりじゃないか。
どうしてこうなったのだろう。
私は、世界を変えたかった。弱いものが虐げられ、強うものが力を振るうこの世界を。そして、そのために取った手段が復讐だ。私をいじめていたクラスメイト、生徒に暴力を振るっていた教師。その人たちを私は無慈悲に殺した。
本当にそうするしかなかったのだろうか。
弱者を虐げる強者を力を持って私は殺した。それでは、私が憎んだ世界そのものではないか。
その結果がこれだ。私の復讐心が、本当なら幸せに暮らしていた龍弥くんにまで復讐心をたぎらせ、そして、何も関係のない私の家族までもが犠牲になった。
これは、私が望んだ世界ではない。
瑞樹くんが殺されたのも私が虐められるのも生徒が暴力を振るわれるのは、決して正しいことではない。だが、それに対して取った私の行動は正しかったのだろうか。いや、正しくないのだろう。
そこで、昔、瑞樹くんと交わした会話を思いだす。
『瑞樹くん…。お願い。あいつらを魔法で殺して』
『…。結愛。それはできない。俺の魔法は人を救うためのものだ。誰かを傷つけるためには使いたくない』
そうだ。力を手にした私がすべきことはそんなことではなったのだ。誰かを傷つけるために使うべきではなかったのだ。弱者を救うために、もっと他の方法で力を使うべきだったのだ。
だが、それに気づくのが遅かった。私はもう殺される。
ああ、取り返しのつかないことをしてしまったな。
朦朧とした意識の中でそんなことを考えていた。
そして、龍弥くんの釜が振り下ろされる。
その瞬間。
「な、なんだと!?」
龍弥くんの釜が私に届くことはなかった。。そう、何者かにより、釜が私に届く前に遮られたのだ。
「な、なんで……」
そんな、こんなことがあり得るのだろうか。
「悔やむのはまだ早いよ。結愛」
私の目の前に瑞樹くんが立っていた。