第3話 復讐を誓った少女
「瑞樹くん。私と付き合ってよ」
私と瑞樹くんが出会ってから1ヶ月が経過したときのことだった。その間、私と瑞樹くんの中はより深いものになっていた。
瑞樹くんは相変わらず続く私へのいじめを、助けてくれた。そのおかげもあり、いじめの数はだんだんと少なくなっていった。
そして、瑞樹くんも自分の魔法の秘密を唯一知る私に、それなりに気を許してくれていた。
一緒に過ごす時間も長くなり、お互いが両想いになるのは時間の問題だった。そこで、ついに私は告白したのだった。
「俺でよければよろしく」
それが瑞樹くんの返事だった。そうして、私たちははれて恋人同士になったのだった。
今日もいつものように二人で帰途に着いていた。
「瑞樹くんはどうして魔法が使えるようになったの?」
「日本に存在する魔法を使えるものは七人。だけどその魔法は代々親から子へと引き継がれていくものなんだ。俺の場合は父親がそうだったんだけど、父親が任務中に事故死した。それで魔法が俺に引き継がれたんだ」
「そうなんだ。それで瑞樹くんが魔法を使えるんだ」
正直、会話の内容はどうでも良かった。今の私は瑞樹くんと話をすることができるだけで幸せだった。これからは輝かしい日々が待っているとそう思っていた。
数日後。今日、瑞樹くんは、用事があるということで高校を休んでいる。だから、私一人での下校となった。そこで事件は起こった。
「おい、結愛」
「お前、瑞樹くんと付き合い始めたってのは本当かよ」
「何してくれてんだよ、てめぇ」
私の進む道を阻むようにそこに立っていたのは恵、智枝美、千鶴の三人組だった。最近は絡んでくることも少なくなっていたので完全に不意打ちだった。それに、今日は瑞樹くんいない。おそらく、タイミングを狙ったのだろう。
「あなたたちには関係ないでしょ。私行くから」
そう言って、この場を切り抜けようとした。だが三人の横を通ろうとしたとき、恵美に腕を掴まれた。
「しばらく、絡まないうちに偉くなったもんだなぁ。えぇ?」
そのまま、私は智枝美と千鶴に取り押さえられいつもの体育倉庫へと連れていかれた。
「お前、マジで調子に乗ってんじゃねぇぞおらぁぁ」
「ぐはっ」
恵美の蹴りが私の頰に直撃する。胸倉を掴まれ、何度も顔を殴られた。
「服脱げよ」
「はっ、はんで」
歯が折れているのだろう。まともに喋ることも出来ずに彼女らは無理やり服を脱がし始めた。
「いいよなーお前はこんなに立派なおっぱいがあってな!」
「そうだ。これ動画に撮ってみんなに拡散してあげよ」
「いいじゃん、みんな喜ぶよ」
上半身のセーラー服を無理やり脱がされ、下着姿になった私をスマホで撮影し始めた。
ああ、やっぱり私は無力なんだ。こんな状態になっても何もできない自分が嫌になる。
(お願い…瑞樹くん、助けて…)
その時だった。
「お前ら、何してんだ!」
体育倉庫のドアが勢いよく開かられた。中に入ってきたのは瑞樹くんだった。私のあられもない格好を見た瑞樹くんは恵美たちを敵を狩る猛獣のような目で射竦めた。
「また、お前らか……。いい加減にしろよ!」
「ちぇ、来やがったか。ずらかるぞ!智枝美!千鶴!」
瑞樹くんの威勢に負けたのか、恵美たちは体育倉庫から出て行った。
彼女らに構わず、瑞樹くんは私に駆け寄ってきた。そして、いつかしてくれたように私の傷を治してくれた。
「ごめん、俺がいなかったばっかりに」
「瑞樹くん…。私もう無理…」
「…」
「瑞樹くん…。お願い。あいつらを魔法で殺して」
「…。結愛。それはできない。俺の魔法は人を救うためのものだ。誰かを傷つけるためには使いたくない」
「あいつらを殺して私を救ってよ!」
「結愛…!」
「私もう我慢できないよ…」
私は泣きじゃくった。そして下着姿のまま、瑞樹くんに抱きついた。瑞樹くんは私の涙を拭い、優しく抱き返してくれた。
「慰めて」
瑞樹くんの耳元で私は囁いた。もう、何もかもが嫌になって、ただ快楽だけを求めて。
「わかった」
私たちはそこで唇を重ね、そして、交わった。
この事件の後、私は今よりも瑞樹くんに依存するようになった。登校下校は毎日必ず一緒にして、瑞樹くんに用事があるときは学校を休んだ。両親は心配していたけれどなんとか誤魔化していた。
もう、私には瑞樹くんさえいればいい。瑞樹くんと一緒にいれば、私はそれだけで幸せなんだ。そう、自分に言い聞かせ毎日を過ごしていた。
だが、この世界は私が思っていたよりも残酷だったようだ。私のそんなささやかな幸せさえもそう長くは続かなかった。
瑞樹くんが死んだ。
いつものように朝、高校に登校するために待ち合わせ場所で待っていたが、なかなか瑞樹くんは来なかった。用事があるときはいつも事前に連絡をくれていたし、寝坊することもなかったので少し不安になった。そこで、待ち合わせ場所からあまり離れていない瑞樹くんの家に迎えに行くことにした。
そこで私は発見した。瑞樹くんが家の前で倒れていたのを。仰向けに倒れており、お腹の辺りから血がドロドロと流れていた。私は慌てて駆け寄った。
「み、瑞樹くん!ど、どうしたの!?今救急車を!」
「待て…結愛…」
ほとんど聞こえないような声で瑞樹くんが言い、私の携帯を持っていた腕を掴んだ。
「ど、どうして!早く救急車を呼ばないと!」
「俺は、もう助からない…。ちっ、しくじったぜ…」
「どうして!誰かにやられたの!?ねぇ!?そうだ、前私にしてくれたように傷を治す魔法を…!」
「わりぃ、もう、力が入らないんだ…。結愛…お前は、お前は、俺がいなくても、強く、生きて……」
それが瑞樹くんの最後の言葉だった。私の腕を握っていた力が消えた。
その後何が起こったのかはよく覚えていない。私の泣き声を聞きつけて出てきた近所の人が救急車を呼んでくれたらしい。だが、もう遅かった。それから瑞樹くんが目を覚ますことはもう二度となかった。
後日、警察の捜査の結果、他殺であることが判明したがまだ、犯人は見つかっていない。
どうして、どうして瑞樹くんがあんな目に合わないといけないんだ。高校生なのに、まだ子供なのに、偶然魔法の力を手にしたがためにこの国を守るために犯罪者と戦ってきた瑞樹くんが。そして、どんなに悪人でもその人を傷つけることはなかったのに。
ああ、この世界はなんて不条理なんだ。なんで正しいことをしてきた人間がこんな目に遭わなくちゃならないんだ。
その日から私は塞ぎ込んだ。家の自分の部屋に閉じこもり、周りとの関係を全て断った。高校にも行かなかった。両親も私の境遇を憐れみ、口出ししてくることはなかった。
私は、瑞樹くんがいないと幸せになれない。
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私が周りとの関係を断ってからどれくらい経過しただろうか。いつものように、特に何かをすることもなくただ自分の部屋で過ごしていた。
そのとき、突然、私に不気味な力が湧いてくるような感覚がした。最初は、ただの気のせいだと思っていたがやはり気のせいではない。
私はそれがなんなのかを本能的に理解した。そう、これは“魔法”の力だ。どうして、私は魔法を手にしたのだろう。
あぁ、そうか。瑞樹くんは魔法は代々親から子へと受け継がれるものと言っていた。だが、瑞樹くんには子供はいない。そこで、以前瑞樹くんと肉体関係にあった私が魔法を継承したのだろう。これは推測に過ぎない。だが、そんなことはどうでも良かった。
私は抗う力を手に入れたのだ。昔から、求め続けていた抗う力を。私はこれでなんでもできる。そんな謎の自信が体の底から湧いてくるような不思議な高揚感に満たされた。
思えば、この時から私はおかしくなったのだろう。色々なものを失い過ぎて、冷静な判断力を失っていたのかもしれない。
そう。私はこのとき決意したのだ。この力で、世界に“復讐”してやると。ただほんの小さな幸せでさえも私から取り上げた、この世界に。正しいことをしていた瑞樹くんを殺したこの世界に。不条理なこの世界に。
ここから、私の世界への復讐劇が始まった。