第1話 魔法
いつものように、通っている高校の教室で授業を受けていたとき。後ろの席に座っている子に肩を叩かれた。後ろを振り向くと、一枚の紙切れを渡された。誰かが人伝いに送ってきたようだ。それを受け取って中を見た。内容は簡単。
ー放課後、体育倉庫に来いー
私はそれなり顔も可愛いという自覚はあるし、スタイルも良い。しかし、それに加えて頭といい。定期テストではいつも上位にいる。そんな、誰もが羨むようなものを兼ね備えている人間がこうなるのは、至極当然のことだった。
放課後、指定された通り体育倉庫に行く。誰も見てないことを確認し、中に入る。
中で待っていたのは同じクラスの、新井恵美、安藤智枝美、横田千鶴だ。クラスではトップのカーストを築き、実質彼女ら三人がクラスを支配している。
「結愛、ちょっと顔が可愛いからって最近調子乗ってない?」
「今日、龍弥くんと楽しそうに話してたよねー。私の彼氏なのに」
「私聞いたよ。あんたのそのでっかいおっぱいを使って、いろんな男とやってるって」
また、身に覚えのない言いがかりをつけられる。なんでこう人間は自分に持ってないものを持っているものを妬み、蹴落とそうとするのだろうか。なぜ、努力して追い抜こうとしないのだろうか。
「何黙ってんだよおらぁ!お前ら、やれ」
恵美の合図に智枝美と千鶴が私の体を取り押さえる。逃げようとするが、二人の力に私はどうすることもできなかった。
「勘違いしないでよ。これは、あんたをいじめてるわけじゃない。悪いことをした奴には、罰が必要なんだよ!おるぁぁ!」
恵美が私の顔をビンタする。痛い。そんな私の気持ちも知らず、次々と私に攻撃する。
「ご、ごめんなさい、許してください」
どれだけ謝っても恵美の攻撃は止まらない。むしろ強くなっていくようだ。
このいじめは今に始まったわけではない。
高校生になるとスクールカーストというものが自然と形成される。この序列は、容姿やスタイルで決まるわけではない。その上位に来るのは、コミュニケーションが得意だったり、メジャー系運動部に所属していたりするものたちだ。
私は、コミュニケーションはあまり得意ではなく、教室内ではわりと静かなほうだった。だが、容姿はそれなりに良かったのでたまに、男子の方から話しかけてくれたりすることもあった。その時は、普通に私も楽しんで会話をした。
だが、カーストの低い私がそんな風に男子と話していることをよく思わないものもいたのだ。それが、トップカーストの恵美、智枝美、千鶴だった。
きっかけは些細なことだ。当時恵美と付き合っていた男子が私をデートに誘ってきたのだ。私は、特に気にすることもなく、それを承諾した。これがいけなかったのだ。それが恵美にばれ、私は呼び出された。そして、殴られた。
それから、数日に一回、彼女らにとって良くないことが起こると私を呼び出して、暴力を振るうようになった。
あぁ、こんな時、私に抗う力があればなぁ。カーストが低い私が、彼女らを訴えたところで意味はない。逆に、暴力が発展するだけだ。そう、私にはどうすることはできないのだ。
そう思って、今日も殴られていた。そんなときだった。
「失礼しまーす」
なんの前触れもなく、誰かが、体育倉庫に入ってきた。
「あれれー。恵美たちはこんなところで何をしているのかな」
「瑞樹くん…?鍵をかけておいたはずなのに。どうやって入ってきたの?」
恵美が驚きの声を上げる。私を取り押さえている智枝美と千鶴も困惑の表情を浮かべている。
“雨宮”と呼ばれた男を私は知っていた。彼の名前は雨宮瑞樹。私や恵美たちと同じ1年6組に所属する生徒だ。彼とは話したことはないが、クラスではコミュニケーション能力も高く、バスケットボール部に入っていたりなにかと目立っているので知っていた。彼も、恵美たちと同じクラスのトップにいる。それ故に、恵美たちも強い態度を取らないのだろう。
「普通に、職員室から取ってきただけだよ。俺、バスケ部で、体育倉庫のカギ当番なんだ」
瑞樹くんがカギを見せながらそう言った。すると、私を押さえていた千鶴が慌てて、自分のポケットの中を探り始めた。
「…カギがない!?先に職員室から取ってきたはずなのに…」
「何してんのよ千鶴!カギを隠すのはあんたの役割でしょ?」
「いや、ちゃんと取ってきてポケットに入れてたはずなのになぜ入ってないのよ!」
「そんなことあるわけないでしょ!」
恵美と千鶴が何やら、言い合っている。なにやら、体育倉庫のカギの管理のことでトラブルがあったようだ。そんな、彼女らの言い合いも気にする素振りも見せず、瑞樹くんが続けた。
「ここで何してたか知らないけど、そろそろ部活始まるからさ、出てってくれない?」
「そ、そうね。もうこんな時間だわ。行くわよ、結愛。」
そう言って、恵美が、私の手を取り体育倉庫からそそくさと出ようとする。なんて都合のいい奴なんだ。まぁ、いいや。どうせ他の場所に連れていかれて殴られるんだ。そう思ったときだった。
「あぁ、それと水瀬さん。尾関先生が水瀬さんのこと探してたよ。まだ教室にいるんじゃないかな」
水瀬結愛。それが私の名前だった。
「尾関先生が?ありがと、瑞樹くん。教室に行ってみるよ」
そう瑞樹くんに返事をして、恵美の手を払いのけて、体育倉庫を出て行く。恵美が私を呼び止める声が聞こえたが構わず、体育倉庫を出た。
教室には誰もいなかった。先生もう帰っちゃったのかな。職員室に行ってみようか。そう思ったとき。
「水瀬さん」
教室を出ようとした私を誰かが呼び止めた。
「瑞樹くん…?」
どうやら、瑞樹くんが私の後を追いかけてきたらしい。
「どうしたの?」
私のその疑問に答えることなく、瑞樹くんはゆっくりと私に近づいてきた。誰もいない教室に瑞樹くんの足音だけが響いていた。
「水瀬さん。さっき、いじめられてただろ」
「なんのこと?」
「とぼけても無駄だって。その顔の傷。それが証拠だ」
いじめのことを人に隠していたのでとぼけてみたがそれは無駄だったようだ。口の中に血の味がする。かなり、傷があるようだ
「……」
「まぁ、水瀬さんが言いたくないならいいけどさ。これくらいのことはさせてくれよ」
そう言って瑞樹くんは右手をわたしの方に掲げ、手のひらを開いた。そのまま目をつぶり何かを唱え始めた。
すると不思議なことが起こった。みるみる、全身の痛みが消えていく。そして、学校の指定服であるセーラー服の汚れも消えていく。
「じゃあ、このことは内密に」
そう言って、瑞樹くんは私の元から離れ、教室から出て行こうとした。あまりに一瞬のことだったので何が起こったのかわからなかった。ただわかるのは瑞樹くんが私の傷を治してくれたということだけだ。
「あ、あの!これはどういうことなの…?」
聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず頭に浮かんだ疑問を口にする。
私の呼びかけに気づいた瑞樹くんは足を止めてゆっくりとこちらに振り返った。
「俺、魔法が使えるんだ」
そう言って、再び去っていく。
しんと静まり返った教室に一人取り残された私はその言葉の意味を理解しかね、その場にただ、立ちすくむことしかできなかった。