初陣後
ルーシャの初陣は、第四特別遊撃小隊に限って言えば被害もなく無事に終わった。覚悟はしていたものの、初めての戦場は純粋な恐怖を覚える過酷なものだった。
「やっぱり凄かったな……」
エレガスタ地区の後方補給基地に張られたテントの中で、ルーシャと同じ志願兵のラルクが呟くように言う。ルーシャはそれに無言で頷いた。セシリアにいたっては、帰還の頃からひと言も口を開くことがなかった。
そんなセシリアの反応も無理はないのだろう。補給物資を届けた最前線は酷い有様だった。基地内は次々に運び込まれる負傷兵で溢れていて、砲弾などの爆発音が止むことなく響いていた。
最前線の基地から見える土煙や遠距離魔法の煌きが見える度に、その下ではいくつの命が傷つき、失われたのだろうか。そう思うと自然にルーシャの両足は震えてくるのだった。
「俺たちは、あの中に突っ込んで行かないと駄目なんだ……」
ラルクの言葉にセシリアが、はっと顔を上げる。そして、可愛らしい顔を大きく歪めた。でも、涙を流すことはなかった。
セシリアが小さく震えているのは、溢れようとする涙を必死に堪えているからなのか。
そう思うと、セシリアが可哀想でルーシャ自身にも涙が込み上げてくる。
そして、ラルクの言葉通りだった。自分たちは行かないといけないのだ。何度となく覚悟をしたし、その想像もして納得していたつもりだった。
でも、その現実を突きつけられると、やはり泣き出したくなる。逃げ出したくなってくる。でも、そのどちらもできなかった。セシリアでさえこんなにも我慢しているのだから。
家族のためではない。家族を救いたい自分のために覚悟を決めたはず。
でも、今またこうして臆してしまう自分がいた。
ルーシャは両手でセシリアの両手を包み込んだ。皆、同じ気持ちなのだ。ラルクもセシリアも、そして自分も……。
何度決意しても、その度にまた気持ちが揺らいでしまう。
そして、その度に悲しくなる。
「ルーシャちゃん、ごめんね……いつも泣いてばかりで」
ルーシャは無言で首を左右に振る。
ラルクが、ばーか、気にすんなと言って少しだけ笑う。
そうやって励まし、慰め合う以外に自分たちが何もできないこと。それがまた少しだけルーシャは悲しかった。
「失礼します」
その言葉とともにボルドがいるテントの中にハンナ・セネット一等兵が入って来た。
この救護兵とも奇妙な縁だとボルドは思っていた。最初に会ったのは片腕を失った時、運び込まれた野戦病院の看護師としてだった。
「帰還早々にすまないな」
ボルドがそう声をかけると、ハンナが無言で首を左右に振った。
「新兵たちの様子はどうだ?」
「肉体的には問題ないですが、精神的な看護は必要かと思います」
「そうか。無理ないな。初めての戦場だったんた。俺があの歳だった頃は、まだ鼻水を垂らしていたからな」
「少尉でもそういう冗談を言うのですね」
ボルドは思わず顔が赤くなるのを感じた。特に笑わそうと思って言ったわけではないのだが、にこりともせずに正面からそう言われてしまうと恥ずかしさを覚えてくる。
「冗談ですよ、少尉」
ハンナはそう言って微笑を浮かべた。
「人が悪いな、セネット一等兵」
ボルドは苦笑を浮かべた。
「少尉、一つ訊いてもよいでしょうか?」
「任務に関することならな」
ボルドは軽く頷いてみせた。
「少尉はなぜ、この作戦に志願したのでしょうか?」
「正直……まだ分からないな。この体で自分がなぜ戦場に戻ろうとしたのか。俺にもまだ答えが出ていない」
実際、なぜカイネルからの要請を受けてしまったのか。
自分の中でまだ答えは出ていなかった。
片腕をなくしてもまだ戦えると思ったのかもしれない。
先に死んでいった戦友に続くために死に場所を探しているのかもしれない。
自分の体に半分だけ流れる人族の血が、他の人族の身を案じてそうさせたのかもしれない。
これらのどれもが正解であるような気もするし、どれもが間違いである気もした。
「分かりました。ですが、死ねために戦場に立つことはお止め下さい。それは必ず死ななければいけない彼らに対して不誠実です」
確かにそれはハンナの言う通りだとボルドは思う。
彼らが志願するにあたって、彼ら自身の中で生と死の折り合いをどのようにつけたのかは知る由もない。だが、ひとつだけ言えることがあった。彼らだって死にたいはずはないのだ。
ならば生きられる自分が死に向かって急ぐことは、生を諦めるしかない彼らに対して不誠実であること。それは間違いなかった。
「そうか……そうだな。それだけはしないと約束する」
ボルドは人族の血が流れる証である黒色の瞳をハンナに向ける。




