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風の歌は雲の彼方に  作者: yaasan
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出撃前

 小隊長との顔合わせから休む間もなく、ルーシャたち第四特別遊撃小隊は最前線のエレガスタ地区に派兵された。


 このエレガスタ地区を東に進むと、ガジール帝国が何としてでも奪還したい要塞都市グリビアがある。ガジール帝国は幾度となく、イスダリア教国に奪取されたこの要塞都市グリビアを奪還しようとしてきた。だがその都度、占領後に設置された巨大砲塔によって敗走を余儀なくされてきた。


「お嬢ちゃん、緊張してるのか? あまり緊張すると碌なことがないぞ」

「お嬢ちゃんじゃないです。ルーシャ・アスファード三等陸兵です」


 ルーシャがそう反論する。気軽にそう話かけてきたのはオーク種である重装歩兵のジェロム軍曹だった。第四特別遊撃小隊にはルーシャたち志願兵三名の他に三名の重装歩兵と三名の陸兵。そして、一名ずつの救護兵と通信兵が配属されていた。


「今回の任務は、最前線の基地に向かう補給部隊の護衛を主とした後方支援だ。俺たちが実際に戦う訳じゃない」


 ジェロムの言葉にそれは分かっているのだけれどもとルーシャは思う。しかし、後方支援とはいっても流れ弾や遠距離魔法、遠距離砲による砲撃などの危険もある。


 自分も含めて目の前で人が死ぬかもしれないと思うと、どうしても足が震えてくる。セシリアなどは酸素不足なのか、さっきから青い顔をしながら口をぱくぱくさせていた。


「しかしお国も酷なことを考えやがる。こんな子供まで引っ張り出して……」

「軍曹、その辺で……」


 やんわりとジェロムの言葉を遮ったのは救護兵として配属されたハンナ一等兵だった。その細身の体と金色の髪の毛から覗く長い耳は彼女がエルフ種であることを示していた。


「大丈夫よ。あなたたちの初陣は、この怖い顔をしたおじさんたちが絶対にあなたたちを守ってくれるから」

「そんなことを言ったってよ。俺はこいつらを見てると不憫でよ……」

「気持ちはわかりますけど……でも、だからこそ軍曹もこの作戦に志願したんですよね?」

「ふん、こんなの作戦でも何でもねえよ」


 ジェロムはそう吐き捨てるとそっぽを向いた。ルーシャはこれらの会話を複雑な気持ちで聞いていた。彼らが言おうとしていることはわかる。しかし、同情はされたくなかった。同情をされたくない理由は自分の中でも明確ではないのだが、それをされると何故か自分が貶められている気分になってくるのだった。


「ジェロム軍曹、上層部への批判は軍法会議ものだぞ」


 そう言って現れたのは、この第四特別遊撃小隊を率いるボルド少尉だった。


「ふん、好きにして下さい。今更、軍法会議も何もないでしょうに」


 未だにそっぽを向いてそう言うジェロムにボルドが苦笑を返している。


「少尉、出発する時間は決まりましたか?」


 ハンナの言葉にボルドは軽く頷いた。


「これより三十分後、一三一五に補給部隊の護衛任務で最前線基地に向かう」


 隣のセシリアが、ごくりと唾を呑み込む気配が伝わってきた。ルーシャも緊張によるものなのだろう。胸の動悸が早くなるのを自分で感じていた。


「ルーシャ三等陸兵、そんなに怖い顔をするな。戦場に慣れるための任務だ。気楽に行け」


 ボルドがそう言って、僅かに口元を綻ばせた。ルーシャは急に自分の名前を呼ばれて何と返していいのかが分からず、黒色の瞳でボルドを凝視する。

 ボルドはその様子を見て、もう一度だけ微かに笑みを浮かべると口を開いた。


「以上だ。他の者への伝達を頼む。特に新兵、装備の確認を忘れるなよ」


 ボルドはそう言うと踵を返した。腕を通されることのない左袖がそれに合わせて悲しげに揺れたようにルーシャには感じられた。

 噂ではこの小隊に配属される前の戦闘で左腕を失ったとのことだったが、これまでにボルドからそれが語られたことはなかった。


「やれやれ、相変わらず無愛想な少尉さんだな」


 ジェロムがそうぼやいた。


「あら、そうでもないですよ。今だってルーシャに笑っていましたしね」


 ねえ、と言ってハンナがルーシャに視線を向けた。ルーシャは何故かどぎまぎしてしまい、そのまま俯く。


「あれ? ルーシャちゃん、何か顔が赤いよ」


 セシリアが黒い瞳を丸くしてルーシャの顔を覗き込んだ。そんなことをされると余計に自分の顔が上気してしまうのを感じる。


「あらあら、そうね。お年頃だものね。少しだけ暗い気もするけど、素敵な上官さんだものね」


 ハンナがそう言ってルーシャに微笑む。馬鹿にしている感じではなくて好意的な微笑だった。

 そんなんじゃありません。

 更に顔を上気させながらルーシャは俯いたまま口の中で、もごもごと言うのだった。

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