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風の歌は雲の彼方に  作者: yaasan


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別離と温かな感触と

 城壁の壁際でジェロムは静かにボルドを地面に下ろした。気を失っているボルドは呻き声ひとつ漏らさない。


「少尉、少尉!」


 ルーシャはそう呼びかけながら、ボルドの傍で片膝を着いた。


「ごめんなさい、私のせいで……」


 そう詫びるルーシャの声もボルドには届いていないようだった。ボルドの瞳はそれまでと変わらずに固く閉じられている。


「アスファード三等陸兵、少尉の傷をこいつで固く巻いてくれ」


 ジェロムがそう言ってルーシャに包帯を差し出した。

 

 そうだ、傷が……。

 そう思いルーシャはジェロムが指し示すボルドの脇腹に瞳を向けた。

 

 ボルドの左脇腹は赤黒く染まっていて、そこから流れ出ている鮮血が今も大地を赤黒く染め上げていた。


「早くしろ!」


 唖然としてそれを凝視していたルーシャだったが、ジェロムに怒鳴られて慌てて包帯を受け取りボルドに巻き始める。だが三重、四重に包帯を巻いても、瞬く間に白い包帯が赤く染まっていく。


「曹長、血が、血が止まりません!」


 悲鳴に近い声を出すルーシャに代わってジェロムは包帯を握ると、それをさらに強く結び直した。


「私のせいで……」


 そう呟くルーシャにジェロムが濃い茶色の瞳を向けた。


「気にするな。少尉はすでに負傷していた。あの爆発でその傷が大きくなっただけだ」


「でも……」


 なおも何か言おうとするルーシャをジェロムは押しとどめた。そして副官のタダイに顔を向ける。


「リドル准尉、血を止めないと、こいつはさすがに……」


「俺たちの隊長だ……本人がいくら死にたがっていても、こんな形で死なすことはできないな。それに皆で死ぬ必要なんてどこにもありはしない」


 タダイは少し考える素振りを見せたあと、再び口を開いた。


「エルトン一等陸兵、セネット一等兵を呼んできてくれ。セネット一等兵の回復魔法であれば、血を止められるかもしれん。まったく、最後の最後で迷惑をかけてくれる隊長だ」


「分かりました……」


 タダイの言葉にダネルは少しだけ何かを言いかけたが、最後には黙って頷いて城外に向かって走っていった。タダイはそれを見送った後、再びルーシャとジェロムに顔を向ける。


「クリストフ曹長、そしてアスファード三等陸兵、俺たちは行くぞ。あの三連装砲を爆破してこの戦いを終わらせる」


「でも、でも……」


 そう言い淀むルーシャにタダイは首を左右に振った。


「少尉は大丈夫だ。もうすぐセネット一等兵がきっと来る。俺たちの隊長は、こんなことで死んだりはしない」


「はい……」


「片腕もないのに、ずっと俺たちと戦ってきたんだ。もう十分だ。少し休ませてやろう」


「そうですね……」


 ルーシャはタダイの言葉にもう一度頷くと、固く目を閉じているボルドの首に両腕を回した。


 そしてボルドの頬に自分の頬を重ねる。重ねられた頬からボルドの温もりが伝わってきた。その温もりに触れたら、不思議と少しだけ安堵する自分がいることに気がつく。


 これが最後になるのかもしれない。

 ボルドとの別離がこんな形になるとは思っていなかった。


「少尉、今までありがとうございました。志願兵の皆も最後の時までちゃんと守ってくれて。最後は私だけになっちゃいましたね……私……行って来ますね」


 タダイはその光景からそっと顔を逸らすと、声を張り上げた。


「俺が血路を切り開く。三連装砲の塔まで一直線に進むぞ!」


 ルーシャとジェロムが頷く。タダイがさらに言葉を続けた。


「竜人種の能力を見せてやる! クリストフ曹長は、何があってもルーシャを守れ。塔に突入後はアスファード三等陸兵、お前に任せる! 第四特別遊撃小隊、最後の突撃だ!」





 首筋と頬に温かな感触があるとボルドは思う。

 不思議と安らぐ温かさだった。

 それにこの匂い……何だろうか? 


 血と硝煙と血の匂い。

 その中にあるかすかな誰かの髪の匂い


 懐かしい匂いだ。

 どこで嗅いだ匂いだったろうか。

 遠い、遠い昔だった気がする。


 もう起きなくてはいけない。目を覚さなくてはいけない。唐突にボルドの中でそんな思いが浮かび上がってきた。


 でも、もう疲れたのだ。もう少しだけこの温もりと匂いに包まれていたいのだ。


 だがその思いに反して、起きなくてはいけない、目を覚さなければいけないという思いが、ボルドの中で少しだけ勝ってしまったようだった。


 ボルドはゆっくりと黒色の瞳を開く。

 徐々に自分が置かれている状況がはっきりとしてくる。


 周囲は喧騒で満ちていた。爆発音、叫び声、悲鳴。それらが入り混じっている。


 自分がどこにいるのか、何をしていたのか。まだ分からない。ボルドはゆっくりと周囲を見渡した。


 ここは紛れもなく戦場だった。ある意味、自分が慣れ親しんだ場所だと言ってもよかった。そして腹部には焼けつくような痛みがある。


 そう思った瞬間、ボルドは直前までの全てを思い出した。

 そうだった。爆発の際、志願兵のルーシャを庇って、それで……。

 

 どうやら自分は今まで意識を失っていたようだった。

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