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風の歌は雲の彼方に  作者: yaasan


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幼馴染み

 ボルドが病院に運び込まれてから、一か月が経とうとしていた。治癒魔法の効果もあって、失われた左腕も含めて傷はほぼ完治している。


 そろそろ病院を追い出される頃合いだった。身の振り方を決めなければならないとボルドは考えていた。


 こんな腕では軍には戻れるはずもなく、選択肢としては実家に戻る他にない。僅かばかりの支給される傷病手当も含めて、そこで慎ましく暮らしていくか。

 そんなことを考えていたボルドの前に意外な人物が現れた。


「ボルド・テオドール少尉、具合はどうだ?」


 魔族特有の赤い瞳を向けて自分の視界にいたのは、ガジール帝国幕僚本部に所属するカイネル・エアリー大佐だった。およそ軍人とは思えない白皙の顔。そして濃い灰色の長髪を肩まで伸ばしている。

 

 歳もまだ二十七歳と若く、その出自も現ガジール帝国皇帝の一族に連なる者であった。


「エアリー大佐、これはまた意外ですね。お会いするのは一年ぶりですか」


「意外か。ふん、そうでもないだろう」


 カイネルは面白くなさそうに鼻を鳴らして、言葉を続けた。


「負傷して病院の個室に入れられているんだ。何かしらの予感はあったのだろう?」


 カイネルはベッドの横にあった丸椅子に腰掛けた。カイネルの言う通りだった。ボルドが望んだわけでもないのに、個室の病室に入れられているのだ。その理由に何かしらの事情が働いているのは予想していた。


「まあ……そうですね」


 ボルドはそう言いながら、上半身をベッドの上で起こした。それによって、二の腕から先のない左腕が露わになった。


「その腕は残念だったな」


「いえ、命が残っただけでもよかったですよ」


 ボルドは失った片腕に視線を向けながら言う。


「テオドール少尉、お前は小さい頃からそうだった。変なところで妙に諦めがいい」


「そうでもないですよ。ただ、多くを望める境遇でもなかったので」


 ボルドのその言葉にカイネルは苦笑する。


「そして、臍も曲がっている」


「大佐ほどではないと思いますがね。で、今日はどういったご用で? まさか旧知の間柄だからお見舞いに……ということではないのでしょう?」


 ボルドはそう言って、黒色の瞳をカイネルに向けた。


「お前に相談があって来た」


「それは幼馴染みとしてですか? それとも軍務の一つとしてでしょうか?」


「両方だ」


 ボルドはカイネルの表情から何かを読み取ろうとしたが、そこからは何の情報も引き出せなかった。ボルドは短い溜息を吐いて、カイネルに言葉を促した。


「それで、相談とは?」


「我々ガジール帝国とイスダリア教国との間で、大陸の覇を争う戦端が開かれてからすでに三十年以上だ」


「そうですね。我々が生まれる前から始まっている戦争です」


 今さら何を言い出すのだとボルドは思ったが、取り敢えず相槌を打った。


「両国ともに決め手もないままで一進一退。互いに人的にも、社会的にも疲弊の極みに達している」


 それはそうだろうとボルドも思う。大した成果もないままに四十年間も継続して戦争をしているのだから。


「戦況も好転しない今、帝国の上層部は和平に持ち込みたい考えだ」


「和平……」


 カイネルの不意な訪問も驚いたが、これはまた驚く言葉が出てきたようだった。


「ただし和平となれば当然、こちらに有利な条件で結ばなければならない」


「まあ、それはそうでしょうが……」


 ボルドは言い淀んだ。ボルドが負傷した戦いもそうだが、ここ一年ほどの間、ガジール帝国は劣勢を強いられていた。


 劣勢を強いられている理由としては、一年前に東西を結ぶ交通の要であった要塞都市グリビアが陥落したのが大きい。ここが陥落したことにより、帝国内で東西への物資の移動が円滑に進まなくなってきたのだった。


 先ほどカイネルは両国の攻防が一進一退と言っていたが、実際はガジール帝国がイスダリア教国に押されつつあるというのが現状だ。和平の話ももしかすると、この辺りの状況から出てきたのかもしれない。


「言い方や見方は色々あるのでしょうが、現在の戦況は歓迎すべきものではないと私は思いますが……」


 ボルドが言葉を濁しながらそう言うと、カイネルは面白くなさそうな顔で頷いた。


「ここだけの話だが、確かに今は少尉が言うように劣勢だ。グリビアが落ちたことで東西が分断されつつある。なので、まずはグリビアの奪還。そしてイスダリア教国の主要都市の奪取。これらは和平交渉に必須だ」


「それはなかなか厳しい話ですね……ま、私にはもう関係のない話ですよ。こんな体では戦場に立てないので」


「そう慌てるな、ボルド。ここからが相談の本題だ」


 階級を付けずにカイネルはボルドをそう呼ぶ。

 単純に懐かしいなとボルドは思う。思えば四歳違いのこの幼馴染みと、幼い頃はなんの忖度もなく遊べたのだ。そこには身分などの立場の差なんてものはなかった。


 ボルドがガジール帝国屈指の名家である大貴族の子供であること。ボルドの母親が魔族ではなく人族であること。カイネルが皇帝の一族に連なる家の者であること。そんなことは一切関係なかった。


 それが今では立場に、そして身分に見上げることができない程の差を意識しなければ、相対することができない。少尉と大佐。身分上では平民でしかない二等国民と、純粋な魔族の証である一等国民。


 通常であればボルドが平伏しなければならない立場と身分の差だった。ボルドはそこまで考えると、口の中に苦い味が広がるのを感じて思考を押しとどめた。

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