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風の歌は雲の彼方に  作者: yaasan


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突撃前

 やがてジェロム・クリストフ曹長に連れられて、ルーシャとラルクが姿を見せた。イェンスはジェロムを見ると、懐かしそうに目を細めて口元を綻ばせた。


「クリストフ曹長、まだ生きていたか。悪運の強い奴だ」


「悪運が強いのはお互いさまでしょうに。それにこいつらの面倒を最後まで見るって、ゴーダの奴と約束しましたからね」


 ジェロムは志願兵のルイスと共に戦場で散った重装歩兵、ゴーダ・クライブ一等陸兵の名前を口にした。


「クライヴ一等陸兵か……立派な最後だったと聞いている」


「死んじまうのに立派も何もありませんが……でも、立派でしたよ。志願兵と単身で突っ込んで行きましたからね」


「そうか……」


 イェンスは頷くとルーシャとラルクに視線を向けた。


「名前は?」


「第四特別遊撃小隊所属、ラルク・ローレン三等陸兵です」


「同じく、ルーシャ・アスファード三等陸兵です」


「今回、この小隊を援護する第三軍重装歩兵第七小隊隊長、イェンス・ロンラッド少尉だ」


 ルーシャとラルクが同時に頷く。


「もうすぐ突撃戦が開始される。見ての通りこの激戦だが安心しろ。俺たち第七小隊が、きっちりとお前らの小隊を守ってみせる」


 イェンスがそう力強く言い放った。次いでジェロムが言葉を続けた。


「大丈夫だ。俺が知る限り重装歩兵の中では、この少尉が率いている小隊がガジール帝国の中で最強だ。もっとも力比べでは情けないことにそこの少尉、ゴーダの奴に負けていたけどな」


 うるせえと言ってジェロムを軽く睨むイェンス。その様子にラルクとルーシャは少しだけ笑ってみせた。


「ローレン三等陸兵、そしてアスファード三等陸兵、後は……頼むぞ!」


「はいっ!」


「はいっ!」


 ラルクとルーシャがそれぞれに返事をする。それに敬礼を返すと、イェンスは自分の隊へと戻って行った。


「いいか!」


 ボルドが声を張り上げた。そして第四特別遊撃小隊の皆の顔を一人一人見ていく。


 志願兵のルーシャ・アスファード三等陸兵とラルク・ローレン三等陸兵。

 副官のタダイ・リドル准尉。

 重装歩兵のジェロム・クリストフ曹長。

 抜刀兵のダネル・エルトーン一等陸兵。

 衛生兵のハンナ・セネット一等兵。

 通信兵のマーク・モリス二等陸兵。


 皆の視線がボルドに集中している。どの顔にも恐怖は浮かんでいないようだった。


 いいだろう。いい覚悟だとボルドは思う。この身に代えても、自分が誰一人として欠けることなく城門まで到達させてやる。

 

 ボルドは大きく息を吸い込んだ。


「一四一五、一四一五に突撃を決行する! 必ず俺たちが城門まで辿り着くぞ! いいな、遅れるなよ!」


 決意を込めたボルドの声がそう周囲に響き渡るのだった。





 ……いよいよだ。

 突撃を決行する。 


 その言葉がボルドから発せられた瞬間から、自分の喉が酷く乾くのをルーシャは感じていた。気がつけば小銃を握る両手も小刻みに震えている。


 セシリア……。

 ルイス……。

 ゴーダさん……。

 マジェスさん……。

 ホールデンさん……。


 ルーシャは心の中で順番に彼らの名前を呼んだ。

 少しだけ勇気を下さい……。


 すると不思議と震えが止まる。

 ありがとう、皆……。


 ルーシャはもう一度、心の中で呟いた。


 視線の先にはボルドがいる。中腰で突撃開始の時を待っていた。突撃が始まれば、いつものように小隊の誰よりも先にその身を戦場に投げ出すつもりなのだろう。

 

 戦場ではいつも小隊の先頭にいて、撤退の時には必ず小隊の最後尾にいる。ボルドはそんな隊長だった。

 

 ルーシャはその広い背中を凝視していた。


 逃げてもいい。自分が匿ってやる。

 そう言われた時は嬉しかったなとルーシャは思う。そんなことはできるはずもないのだけれども、そう言われたことだけでも嬉しかったのだ。


 自分にそう言ってくれたボルド。死んでほしくないとルーシャは心から思っていた。


 ボルドがこれまでに受けてきた悲しみ。そして、これから受けることになる悲しみを分かってあげるなんて言えないのだけれども、それでもボルドには死んでほしくないとルーシャは思う。


 自分が死ぬことでボルドが助かるのなら、それで構いはしなかった。


 そして、それと同時にもう少し一緒にいたかったなとも思う。

 もう少し色々な話ができたのならと思う。


 あれ? ルーシャちゃん、顔が赤いんだよ?

 ふにゃっと笑いながら、そう言うセシリアの声が聞こえた気がした。


 少しだけルーシャ目尻に涙が滲んだ。

 だから、涙が溢れないようにルーシャは目尻に力を込める。


 そんな様々な思いを飲み込みながら、ルーシャは突撃開始の時を待つのだった。

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