悲しい結果だと分かっていても……
ボルドと会話を交わしたその日の夜、ルーシャはなかなか寝つくことができなかった。穏やかな寝息を立てていたハンナを横目にして、ルーシャは天幕の外へと向かった。天幕の入り口近くにあった木箱にルーシャは座って夜空を見上げる。
綺麗な夜空だった。幾多の星々が濃い藍色を背にして白く瞬いている。手を伸ばせば掴めてしまうような気がして、ルーシャは片手を伸ばした。
もしこの星を掴めることができたのならば、何かが変わるような気がした。そんな何の根拠がない考えが不意にルーシャを突き動かしたのだった。
「眠れないのか?」
気がつくとラルクが傍に立っていた。夜空で輝く星々に向けて片手を伸ばしていたことに気恥ずかしさを覚えて、ルーシャは慌てて手を下ろす。ラルクは無言でルーシャの隣に腰を下ろした。
「ラルクも眠れないの?」
「まあな……」
ラルクがぽつりとそう言って、沈黙が二人の間に訪れた。やがてその沈黙をラルクが破った。
「いよいよ決まったみたいだな」
「そうだね……」
再び沈黙が訪れる。次にその沈黙を破ったのはルーシャの方だった。
「怖い?」
「そうだな……怖いな。でもルイス、セシリアも頑張ったんだ。俺だけが怖いなんて言っていられないかな」
「うん……そうだね」
ルーシャは呟くようにして頷いた。
「なあ、ルーシャ、俺は魔族が嫌いだ」
「うん……」
そのことは日々の言動から何となく感じていた。
「俺がまだ小さかった頃、俺の父親は出稼ぎに行っていた帝都で殺された。殺した奴は魔族のどうしようもない奴だったらしい。だけども殺されたのが人族で、殺したのが魔族だったから、父親を殺した奴には大したお咎めもなくて無罪放免になったんだ……」
「うん……」
よくある話だった。三等国民の人族にとっては珍しい話ではない。この国にはもっと酷い話だって、きっとたくさんあるはずだった。
「働き手をなくした俺の家は酷く貧乏だったよ。毎日食べるものもなくて……弟も俺もいつも腹を空かせていた」
「うん……」
自分の家も似たようなものだ。一番の働き手である父親が病で伏せていたのだから。ルーシャの家だけではない。人族の家の事情なんてどこも同じなはずだった。
「毎日食べるものがなくて、それが魔族のせいで……でも、これに志願すれば家族が助かる。だけど、この戦争に勝ったところで、喜ぶのは魔族だけだ。俺たち人族には関係がない。それで人族の何かが変わるわけじゃないんだ」
「そうだね……そうかもしれない」
「でも、そうするしかなくて……」
ちくしょう……。
そう呟いてラルクは両手で頭を抱えて俯いた。
「俺は魔族の連中を喜ばせるために死にたくない」
「うん……でも、ラルクの家族は救われる。それだけを考えるしかないよ。私だって同じだよ。家族を助けるため。だから……」
「そうなんだ……そんなことは分かっているんだ。俺だってそう考えてここまで来たんだから。ルイスだって、セシリアだってきっとそう考えて死んでいった。本当は嫌だったろうに。本当は死にたくなかっただろうに。でもやっぱり、それでも俺は魔族のためには死にたくない……」
ラルクの絞り出すかのような声には、微かに嗚咽が混じっていた。ラルクの肩が小刻みに震えている。
「うん……」
同意をしたルーシャの言葉は、どこに届くでもなく宙で霧散していくようだった。多分、ラルクは肯定も否定も望んではいない。
どうすることもできないことはラルクも分かっているのだ。でも今は、今だけはその思いを吐露せざるを得ないのかもしれない。
ラルクの思い、ルーシャ自身の思い。それだけじゃない。ボルドの思い、ハンナの思い……。
きっとそうなのだ。人の数だけ思いはある。でも全ての人々がその思いを遂げられる未来、望む未来を手にできることなどできはしない。
そんな都合のいい世界なんてありはしない。だから、少しでも望むそれに近づけるように人は前に進んでいくのかもしれない。
そこに近づくための対価が、例え悲しい結果だと分かってはいても……。




